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第四十八話 鳥の目

 彼は中性的な顔立ちで、長い銀髪を腰まで伸ばしていた。


 首から下はつま先まで悪魔のように黒い。

 レザージャケットにぴちぴちのレザーパンツ。


 そして黒を彩る無数のシルバーアクセサリー。

 両耳と左目、下にピアス。

 ネックレスにごついリング。


 よく見るとジャケットにもパンツにも無意味なベルトが幾重にも取り付けられている。


 彼の姿は、倒錯したビジュアル系というか、ゲームキャラというか、そんな感じだった。


 いい歳した大人が夜な夜なこんな衣装を自作していたのかと思うと、面白いを通り越して気の毒になってくる。 


 ヤツは俺に向かって歩きながら、低い声で言った。


稀能者インフェリオリティというからどんなものかと思ったが、ピザの一枚もろくにしょくすことのできぬ小僧だとはな」


 何者か知らないが、どうして俺が稀能者インフェリオリティだと知ってるんだ?


「フッ……私が恐ろしいか?」

「なんだと!?」


 何を言ってやがるんだ?

 どうして俺があいつを恐ろしがらなくちゃいけねーんだ?


 ……いや、ある意味恐れてはいるな。

 羞恥心しゅうちしんのなさそうな厨二全開の生き様を。


(やべえな、こいつ……完全に自分の世界に入ってやがる)

(頭おかしいのが空気感染したら困るから、離れておこう)


 俺は、立ち上がってあとずさる。


 するとヤツは、少し驚いた様子を見せた。


「警戒心だけは人一倍あるようだな」


 ……多分こいつが思っているのと理由は違うが、警戒心たっぷりです。


「そこで止まれ! それ以上近づいたら敵とみなすぞ!」


 これ以上近づくなと意思をこめて、人差し指をヤツに突きつけた。

 しかしヤツは俺の警戒など意に介さずに足を止めない。


「敵ならばどうするというのかね?」


 この野郎……!

 どんなタネを隠してるのか知らねーけど、俺に通用すると思うなよ。

 俺はJJだって倒したほどの男なんだぜ。


(間合いに入ったら、ぶん殴ってやる)


「やめときな、坊や」


 拳を構えた俺の肩に、ぽんと手が置かれた。

 振り返ると、赤いチャイナドレスの女がそこにいた。

 昨夜マフィアみたいなヤツらから、俺を助けてくれた女だ。


「おちんちん……さんでしたっけ?」

「呉鎮鈴だよ」


 鎮鈴さんは俺の前に回りこんでヤツと対峙した。

 ヤツは鎮鈴さんの前に立ち、にやにやしながら話し始めた。


「君は、誰だ? データにはない存在のようだが、私の邪魔をするのはやめておいたほうがいい」


 そして鎮鈴さんのあごに手をやった。

 そしてチューしそうなほどに顔を近づける。


「美しいお嬢さんだ……それに度胸もある。君は何者だい?」

「あんたが名乗るのが先じゃないのかい? それと、あんたファスナーが開いてるよ」

「……何?」


 ヤツが自分の股間に目をやった隙に、鎮鈴さんが動いた。


(速っ!?)


 ダンッ、と地面を踏みしめる音が響き、稲妻のような突きがヤツのみぞおちに入った。


 ヤツは体をくの字にして吹っ飛ぶ。


「あっ!」


 ヤツの落下地点にはピザがある。

 背中に押しつぶされピザがぐしゃぐしゃに潰れるだろう。

(これで食わずに済む! 変態野郎が現れたお陰で助かったぜ!)


 俺はガッツポーズした。


 しかしヤツはくるりと空中で回転し、ピザの手前に着地した。

 けろりとした顔で股間のファスナーを閉める。


(なんちゅー運動神経だ。猫じゃねーか!)


「ブラボー!!!」

「サイコーニCOOLダゼ、チンポヤロー!」 


 ギャラリーたちがはやし立てる。


 あいつら……褒める時もチンポヤロー扱いなんだな。

 よくわからずに日本語を使っているに違いない。


「鈴木。今のうちに逃げろ」


 鎮鈴さんが俺にだけ聞こえるように言った。


「な、何言ってんすか? こっちは俺と葵姫たんもいるんすよ? 逃げることなんてねーっすわ」


「あいつはあんたが稀能者インフェリオリティだと知っていた。葵姫の稀能パーソナリティも知られているだろう」


 そういえばそうだったな。


「あんたたちの弱点は知られているだろう。しかし、あたしの稀能パーソナリティはNHJのデータにはない」


 なるほど。


「だからといっても逃げる必要はないっすよ。鎮鈴さんメインでいいから、俺も戦いたいっすよ」


 大勢のギャラリーの前で俺のすごさをアピールしたい。

 ていうかJJを倒した時のエクスタシーをもう一度味わいたい。


「内緒話は終わりかね?」


 ヤツはにこにこと笑いながら再びこちらに歩いてくる。

 鎮鈴さんの突きのダメージはないのか、余裕の表情だ。


「早く逃げろ。足手まといだと言ってるんだ」と鎮鈴さん。


「大丈夫っすよ。俺は絶対に負けない。稀能パーソナリティを知られても、俺を殺すことはできないっすから」


 鎮鈴さんは心配性すぎる。

 ドクトルのデータに俺の絶対時間モラトリアムは載っていても、攻撃に使えることはないはずだ。

 ヤツが打たれ強いなら、なおのこと俺の攻撃力をギャラリーに見せ付けてやりたい。


 うへへへへ。


「凡ちゃん、この人の言う通りだよ。逃げよう。葵姫さんも」


 凛夏が腕にまとわりついてきた。

 ……余計なのがしゃしゃり出てきやがって。


「おまえだけ逃げてろ。俺が無敵なのは知ってるだろ?」

「ダメ! いやな予感がするの! ここは彼女に任せて、早く!」

「大丈夫だって。おまえも心配性だな」

「いいから、早く!」


 必死な面持ちでぐいぐいと俺の腕を引っ張る。

 なんなんだよ。


「大丈夫だよ――」


 と言いかけた瞬間、急に絶対時間モラトリアムが発動した。


 え? なんで?


 どこから攻撃を受けてるんだ?


 周囲を見回すも、あるのはギャラリーと、店と、噴水と、壁……あとはピザだけ。

 ……あっ!



 凛夏が俺の腕を引っ張っている。

 初めて見るような必死な表情だ。


「プッ」


 それがあまりにもおかしくて噴き出してしまった。

 葵姫たんほどじゃないにせよ、こいつもそれなりに顔立ちは整ってたはずだけど、こうして見るとウケるな。

 アニメを一時停止すると動画だけ顔が崩れてる現象によく似てる。


(こりゃ傑作。あとでからかってやろう)


 と、スマホで凛夏の変顔を撮影。

 ……おや?


 俺の後ろのほうにいた葵姫たんがしゃがもうとしていることに気づいた。

 中腰だ。いい体勢だ。

 パンツ見えるかな、パンツ……見えた!!


 これも撮影、と。



 ――ふう。

 これで今夜のおかずは安心だ。


 ところで、葵姫たんはどうしてしゃがんでるんだ?


 葵姫たんは何かを避けようとしているように見える。

 なんだ?


「……あっ!」


 よーく見ると、変態イケメン野郎と俺の間に小さな粒のようなものが飛んでいるのがわかった。


 何だこりゃ。

 弾丸?


 それが顔の前まで迫ってきたところでわかった。

 ……コインだ。一セントコイン。


 なんでこんなもんが飛んでるんだ?

 ヤツが投げたのか?


 そこで冷静になる。


 絶対時間モラトリアムが発動したってことは、これが命中したら死ぬんじゃね?



 やばい! 当たる!


 凛夏の方向に体をそらして、コインを回避。


 時間の流れが元に戻ると同時に、コインは俺をかすめていって後方の銅像をぶちぬいた。


 ワァオ!



「残念。外れてしまったか。それが君の絶対時間モラトリアムというわけだね」


 手を広げ、アメリカ人みたいなオーバーアクションで残念がる変態野郎。



「……危ねーな、この野郎!!」


 葵姫たんはさすがというか、ヤツの動きに気づいてしゃがんでかわしたようだけど、凛夏に当たったら死んでたに違いない。


(この野郎……!)


 今回はたまたま狙いがそれたけど、貧乳とはいえ凛夏に死なれては目覚めが悪い。


 ……ん?

 たまたま?


 本当にそうなのか?


 凛夏は俺の腕を引こうとしていた。


 まさか凛夏こいつ、ヤツの攻撃に気づいてたのか……?



「凡ちゃん、早く! 逃げよっ!」



 そういえばチャールズが言ってたな。

 凛夏も稀能パーソナリティに目覚めたと。


 こいつは一体どんな稀能パーソナリティを……?



「早く! 葵姫さんも!」


「俺は逃げるわけにはいかねーよ! 大勢の目の前で危険なことしやがって。あいつをぶっ倒さねーと気が済まねー!」


「ダメ! お願い! 一生のお願いだから、逃げて!!」


 何、必死になってんだこいつは?





「なめられたもんだね。あんたの相手はあたしだって言っただろ」


 鎮鈴さんが指でヤツを挑発した。


「よし、二人でボコボコにしてやるっすよ!」


 腕まくりした俺の背中に、意外な声がかかった。



「早く。逃げよう」



 ……葵姫たん?


 どうして?


「葵姫たんも逃げたほうがいいと思う?」


 彼女はうなずいた。



 ……マジか!!!



「早く!!」


 凛夏が駆け出し、葵姫たんが続いた。



 え?

 どうして?

 逃げなきゃいけねーの?


「男だろう。君は逃げないよな?」


 変態野郎が目を細めた。


 この変態をぶちのめしてやりてえ!!!


 しかし葵姫たんを裏切るわけにはいかないので、逃げることにした。



「おちんちんさん、後は任せたっす」

「呉鎮鈴だ。あとで電話を入れる」



 俺は葵姫たんの尻を追って駆け出……「ぬおおおっ!!?」



 地面を踏む感触が急になくなった。

 な、なんだ……?


 葵姫たんが、地面が遠ざかって……。


(お、俺、浮いてる!!?)


 俺の体は宙に浮き上がっていた。


「凡ちゃん!」


 凛夏の声が遠ざかる。


 店の屋根が小さくなっていく。

 ギャラリーも豆粒のようになった……っていうかあんなに人数いたんか。百人以上いるぞ。


 なんて悠長ゆうちょうなことを言っている場合じゃない。

 十階建てくらいの高さまで持ち上げられてしまった。



「聞こえるか!? これが君の絶対時間モラトリアムの弱点だ!」


 変態野郎がこちらを見上げてきやがる。


 飛行系の稀能パーソナリティに目覚めたかと思ったのに……まさか、あいつがやったってのか!?


「そこから落ちたら君は死ぬ」






 ――な、なんだって!!!!!?






「死ぬ前に風景を目に焼き付けておけ! それが鳥から見た視点だ!」




「ちょっ……マジで!!? ここから落とす気かよ!!!」

「ああ」

「嘘だろ!!?」

「嘘ではない。十秒だけ時間をやろう。仲間に別れを言うがいい」


「十」


「ち、鎮鈴さん! 助けて!!!」


「九」


「どうやって助けろ言うんだ?」


「八」


「トランポリンとかクッションとか!!」


「七」


「やめて! 凡ちゃんを殺さないでください!」


「六」


「葵姫たーん! 助けてー!」


「五」


「凛夏! クッション用意!」


「四」


「お願い! 凡ちゃんを助けて!!」


「三」


「ドッキリだろ!? ドッキリだろ!!?」


「二」


「HAHAHA! バンジージャンプダナ!」

「チョーウケルンデスケドー」


「一」


「うるせー! くそギャラリーども! 死ね!」


「〇」


「やめれえええええええええええええええ!!!!!!」


 見えない糸が切れたように、俺の体は落下しはじめた。

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