第四十七話 ピザ・オブ・デス
腹が減った俺たちは、ホテルを出て裏のオープンカフェに向かった。
澄んだ青空と暖かい陽の光が気持ちいい。
噴水近くのいい席をキープして、メニューを選んでいく。
「じゃあ私たちはこれね。凡ちゃんは?」
「これ。一番でっけーピザ」
「凡ちゃん、これってかなり大きいよ……絶対食べきれないと思う」
「うるせー! 朝飯食ってねーからいくらでも食えるんだよ」
「でも、残したらお店の人に悪……」
「大丈夫、絶対残さねーから問題ねー!」
「……知らないからね」
レジへ向かう凛夏の後姿を見送る。
これで葵姫たんと二人きりだ。
彼女は頬杖をついて遠くを見つめている。
――可愛いのう。
何を考えているのかな?
切れ長の瞳に長いまつげが美術品のように美しい。
「いい天気だね、葵姫たん」
「……」
「葵姫たーん?」
「……」
彼女の目の前で手のひらをひらひらさせてみる。
――反応はない。
目を開けたまま寝てるのかな?
つんつんしてみようかな。
でも死んじゃったら困るな……。
ああ、好きな相手に触れることすら(物理的に)許されない俺。
しかし愛とは耐えるものなのだ。
性的な意味では耐えたくないけど。
もやもやした気持ちをもてあましていたら、凛夏が戻ってきた。
「はい、葵姫ちゃんはこっちね」と、トレーを置く。
「……ありがとう」
しゃべった!
「葵姫たーん、起きてたの? 無視されると僕ちゃん寂しいでごわす」
「……」
何か様子がおかしい。
いつも以上に無口な気がする。
「リンポコ! 俺のピザは?」
「もう少しかかるって」
「もう少しって、どんくらい?」
「知らないわよそんなの」
席につこうとした凛夏を引っ張って隣に座らせる。
「なっ、何?」
慌てる彼女にそっと耳打ちする。
「俺、葵姫たんに嫌われるようなことしたっけ?」
「さあ?」
「何か聞いてねーの?」
「自分で聞けばいいでしょ」
とても冷たいです。
自分の席に戻ってサンドイッチにぱくつく凛夏。
「なあなあ、葵姫たんさー」
「……」
目すらあわせてくれない。
「葵姫たーん」
「おーい」
「聞こえるー?」
無神経なことに定評のある俺でも、さすがに心が折れそうになった頃、葵姫たんは一瞬だけこちらを見てすぐに目を逸らした。
――!
ほのかに頬が赤いような気がするようなしないような……でもやっぱするような。
俺はぴんと来た。
これはまさか……!
葵姫たんは俺に惚れてる!?
そうだ、そうに違いない!
JJをぶっ倒した俺のかっこよさに惚れまくりってことか!
なんてことだ。
世界一美しい女をこうまで虜にしてしまうとは。
自分が怖くなった。
「ぷっ……」
あ?
凛夏がサンドイッチをくわえながら口を押さえた。
何だ?
「あははははっ!」
そしていきなり笑い出す。
「な、なんだよ。とうとう気がふれたか?」
前々からやばいとは思っていたが、とうとう一線を超えてしまったか。
「失礼ね!」
今度は怒り出す。
「失礼も何も、おまえのほうが失礼だわ。何を笑ってんだよ、いきなり」
「っ!」
はっとした様子で視線を俺と葵姫たんの顔を行き来させてから、彼女は再びサンドイッチを口にやった。
「……何でもない。ただの思い出し笑い」
しれっとした顔でメシ食いやがって。嘘くせえな。
こいつ、何か隠してやがる。
「ヘイ! ピザモッテキタヨ、チンポヤロー」
小太りの店員さんが背中に何かをかついできた。
ビニールプール?
どこにピザがあるって言うんだ?
「オマタセシタネ」
彼はドシン、とプールを置いた。
プールには巨大なピザが載っていた。
な、なんだこりゃあ。
でけーってレベルじゃねーぞ。
直径一メートル以上あるじゃねーか。
「ゴユックリ」
満足そうな顔で彼は店内へ戻っていく。
周囲の席に座っている連中がざわついてる。
「り、凛夏……おまえ俺をギネスに挑戦させるつもりか?」
「凡ちゃんが一番大きいサイズって言ったんでしょ」
「限度があるだろうが!」
「アメリカでは普通なんじゃない?」
「普通じゃねーだろ!」
外人さんたちも大はしゃぎだ。
「サムライボーイ!」
「ザ・ゴッド・オブ・ピザ!」
思いっきり写メ撮られまくってるし。
「おい凛夏! どうすんだよこれ!」
「冷える前に食べたら?」
「クソが!」
大体どうやって食うんだよ。
上に乗るのか? 火傷しちまうぞ。
「ハヤク食エヨ、チンポヤロー!」
「HAHAHA、キサマノチョンマゲハ、ヤクタタズカ?」
ギャラリーどもがまくしたてる。
こいつら他人事だと思って好き勝手言いやがって。
「凛夏、こういうのはどうだ? お持ち帰りにしようぜ、これ。持ってくの手伝ってくれ、な?」
「やだ」
ちっ。調子に乗りやがって。
「葵姫たんは手伝ってく……ん?」
葵姫たんの視線はピザに釘付けだった。
心なしかちょっと輝いているような……。
「葵姫たん」
呼びかけると彼女はすぐに顔を上げた。
「興味あるの?」
「……」
彼女は、ゆっくりうなずいた。
「食べたいの?」
顔を振る彼女。
食べたくはないらしい。
「……まさか、俺が食ってるところ見たいの?」
「……」
葵姫たんは、しっかりと俺の目を見て、うなずいた。
マジかよ……。
「葵姫たん、大きさは見えてるよね? 目、悪くないよね?」
「……」
彼女は、こくっとうなずいた。
「このサイズを一人で食えると思う?」
「……」
再びうなずく葵姫たん。
いや、食えねえだろ!
寝ぼけてるのか? ……いや、違う。
彼女はいつもの眠たそうな目をしていない。
ぱっちり開かれた瞳からは、強い意志を感じられた。
彼女は本気だ。
「質問を変えよう。もしも一人でこれを食ったら、俺のことかっこいいって思う?」
「……」
葵姫たんは、かすかに首を縦に振った――ような気がする!
おっし!!
男の見せ所だ!!!
やってやる!!
ていうかこれ、どんだけカロリーあるんだ……。
厚さは普通のピザと同じだが、直径は二メートルくらいある。
直径二十センチのピザが一〇〇〇キロカロリーとすると、百枚分として十万キロカロリーくらいか。
じゅ、十万キロカロリー!!!?
一〇〇メガカロリーじゃねーか!!
「き、葵姫たん……これ、ネオジオもびっくりの一〇〇メガショックなんだけど……」
弱音を吐きそうになったが、葵姫たんが視界に入った。
いけねえ、いけねえ。
お姫様をがっかりさせるわけにはいかねーんだよ!!
「おい! アメ公ども! 大和魂をしっかりと目に焼き付けろよ!!」
俺は両腕を上げ、ギャラリーに向かって宣誓する。
「ウオオオオォォ!!」
沸きに沸きまくるギャラリーたち。
「サムライジャップ!」
「ハヤククッテミロヤ、チンポヤロー!」
「チンチンデチャッタヨォー!」
俺は、どっかりとピザの前に腰を下ろした。
(それにしても、馬鹿みてえにでけえ――!)
子どもが数人入れそうなビニールプールが紙皿代わりだ。
改めて見ると、その大きさに圧倒される。
いや、すごいのは大きさだけではない。
ピザは全部で八つに切られており、それぞれのピースごとに違ったトッピングがなされている。
ちょうど俺の正面がサラミやトマト、チーズなど、比較的ベーシックなエリアとなっていた。
そこから時計回りに視線を進めていく。
マッシュルーム、ベーコンやシーフード、ピーマン、ウインナー、そして半分程度進んだあたりから具材に変化が現れる。
ポテトチップス、スイカ、寿司、ガム、ゴルフボール、チャッカマン……後半に行くほどまずそうな具材が増えていくのだ。
(こいつはやべえかもな――)
ピザが乗せられたビニールプールの前に座ったまま、体が震えだした。
残念だが、武者震いじゃない。
「ヘイ、ドーシタボーイ。キサマハコシヌケカァ?」
「HAHAHA! ガンバレニポンジン!」
くそどもが!
好き勝手言いやがって!
俺の本気を見せてやる!!
俺は、手前のピースを持ち上げた。
これ一枚でビート板の二倍くらいのサイズだ。
「南無三!」
そしてそれにかぶりついた。
このエリアなら比較的ベーシックなピザだ。
やべえのは後回しにして、ここから――。
「ぶぼッ!」
思い切りピザを噴き出しそうになる!
(な……なんて不味さだ! 真の敵は量よりも、味かもしれん!)
バーベキューソースだと思っていたものは、蜂蜜と醤油を混ぜて煮詰めたような液体だった。
出鼻をくじかれた気分だ。
(まともなのは見た目だけってわけか……!)
「HAHAHAHAHA! ヨソ者ニ食エルワケガネー!」
「早ク日本ニ帰ッテ、ママニ泣キツキナ!」
文句を垂れるギャラリーどもをにらみ付ける。
(好き勝手言いやがって……これがどんなに不味いのかわかってるのか!?)
しかし、ここで吐いては男がすたる。
俺はプライドが高いんでね。
吐き気をこらえながら、ピザを口に押し込む。
「凛夏っ! ジュース!」
「う、うんっ! はい」
渡されたドリンクとともに、無理やりピザを喉に流し込む。
「……ぶぼふ!!!」
……危ねえ。吐き出すところだった。
ドリンクはコーラだった。
炭酸なんて渡すんじゃねーよあのアマ!
ギャラリーを横目で見やる。
ニヤニヤしてやがる。
(負けるものか!)
両手で口を塞いで退路を断つ。
そしてコーラをさらに口いっぱいに流し込む。
黒い液体とピザが食道を流れていく。
しかし俺の本能が必死にそれを押し返そうとする。
その苦しさに、思わず涙が浮かぶ。
暗いトンネルに閉じ込められてしまったような息苦しさだ。
「……ぐっ……!」
コーラをもう一杯流し込む。
(いけえええええええェェェェ!!!)
「…………!」
さっきまで野次を飛ばしていたギャラリーどもも、静かになった。
(吐くな、こらえろ……! どんなに不味かったって、食い物には違いねえ。耐えるんだ……!)
「オ、オイ。アノニポンジン……」
「アア、モシカスット、アイツ……」
脂汗が頬を伝う感覚が、虫が這う感触のように感じられる。
ピザの生地と、トッピングが少しずつ喉を通り……。
(は、吐きそうだ……だが、俺は負けねえ!)
トンネルを抜け、光が見えた!
ゴックン!
「!!?」
「アノジャップ、ヤリヤガッタ!!!?」
俺は涙目で口を拭った。
「……へへ。なんとかこらえたぞ」
「ワァァー!!」
歓声が上がる。
いつの間にかギャラリーが増えている。
JJの時もそうだったが、奴らの野次馬根性は日本人以上らしい。
それとも、祭り好きなだけか。
まずは一切れ、食ってやったぞ。
「げぷっ」
あと、七切れ――!
っていうか、無理じゃね……?
絶対時間が発動する瞬間のざわつきみたいのを感じたし。
確実に死ぬ気がする……。
注文しておいて申し訳ないが、ここらで勘弁してもら――。
「――その程度かね!?」
どこからか、はっきりとした日本語が聞こえてきた。
「な、何者だ?」
ギャラリーをかきわけ、現れたのは二十代後半くらいの男だった。




