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第四十六話 ブラ紐の朝

「――夕方ぁ?」


 芝居がかった声で俺は聞き返した。


「うん、どうしても外せない事情があって日中は動けないんだって」

 そう言って凛夏は髪をとかし続けた。


「どうしても外せない事情って、何だよ」

「そこまでは聞いてないからわからないよ」

「どうして聞かねーんだよ! そういうところに気が利かねーから、胸が成長しねーんだよ、アホが」


 凛夏は手を止め、振り返った。


「胸は関係ないでしょー!?」

「大アリだろーが! 開き直ってんじゃねーぞ貧乳!」

「どこが大アリなわけ!? 大体チャールズさんからメールを受けたのは葵姫さんなのよ?」

「マジで?」

「うん」

「許す」


 そうだったのか。まあ、そうだよな。

 葵姫たんを責めるわけにはいくまい。


「で、葵姫たんはいつ帰ってくるんだ?」

「わかんない」

「今の質問には『葵姫たんはどこに行ってるのか』ってのも含まれてんだよ。そんくれー読み取れハゲ!」


 ああ、寝起きの葵姫たんを見られると思ったのに、朝から最悪な気分だ。

 こんなことじゃ時差ぼけに耐えて早起きした意味がない。


「あー、くそっ!」


 ムカついたので冷蔵庫を開けて七ドルのミネラルウォーターのペットボトルを開封しまくる。

 それに気づいた凛夏が、ブラシを放り投げて走ってきた。


「ちょっと! 何やってるの! 高いって言ったでしょ!?」

「うるせー!」


 キャップを外し、凛夏に水をぶっかける。


「きゃっ!」


 パジャマはショッキングピンクの染みを作った。


「冷たい! 何すんの!」

「うるせー! 何のためにアメリカまで来たと思ってんただ!」

「ドクターを探すためでしょ?」

ちげえわ! 葵姫たんと一緒に過ごすため――ん?」


 ドクトルを探すため?


「……」


 俺は腕を組んだ。


「……なに急にマジな顔しちゃってるのよ?」


 いちいちうるせえ貧乳だなあ。


 確かに、俺がアメリカに来た理由をしっかり整理しておく必要はありそうだ。


 チャールズの話だと、俺たちの目的は、組織を裏切ったドクトルをとっ捕まえ、ウンモ星人をぶっ殺すことだったはずだ。

 裏切ったというけれど、ドクトルは一体何をしたのだろうか。


「なあ、凛夏」

「なによ」


「ドクトルが裏切ったっていうけど、一体ヤツは何をしでかしたんだ?」

「え? 聞いてないの?」

「ああ……って、どこ行くんだよ」


 バスへ向かった凛夏はドライヤーを持って戻ってきた。


「えーとね。現在までに確認されてる稀能者インフェリオリティの名簿を持って逃げたらしいわ」

「名簿?」


「うん」


 凛夏はドライヤーをパジャマに当てた。


「おまえ、乾かす気か? ドライヤーは電気食うんだぞ」

「あんたのせいでしょ!」

「わかったわかった。続けてくれ」


 俺も凛夏のベッドに腰掛ける。


「で、何だっけ? 名簿つってもビグザムさんとか葵姫たんしか載ってねーんじゃねーの?」

「ううん、稀能者インフェリオリティは百人以上いるそうよ」

「百人!?」


 そ、そんなに……?

 知らなかった。


「NHJやNEETSに所属してるだけでその人数だから、国内で見たらもっといるかもね」


 そうだったのか……。


「で、あのハゲは名簿を持って何したんだ?」

「それだけよ」




「……は?」


 思わず声が出てしまった。


「それだけ? それって裏切りなの?」

「重大な裏切りでしょ? ウンモ星人に稀能者インフェリオリティの情報が渡ったら、大変じゃないの」

「そうかな?」

「そうよ。たとえば葵姫さんの稀能パーソナリティは、『どんなものでも手刀で切り裂く』ものよ」


 おおっ、すげえ!

 どんなものでも切り裂くことができたのか。


「さすがマイエンジェル! 無敵じゃん」

「ううん、そうでもないのよ。弱点があるでしょ」

「弱点? 葵姫たんに?」


「ひとつは、手刀でないと攻撃ができないってこと」

射程距離リーチが短いってことか」

「うん。もうひとつは……」


「あっ、あれか。男に接触すると死んじゃったり仮死状態になったりしちまう」

「そうそう。これって、男の子から数十人いっぺんに襲われたらやられちゃうってことだよね」

「そっか――敵に知られたら深刻だな」


 葵姫たんが死んじまった世界など生きている意味がない。


「なるほどなあ。確かに弱点が流出したらやべえよなあ」

「でしょ?」

「ビグザムさんは? あの人は稀能パーソナリティなんか使わなくてもつえぇだろ」


 頭の中にビグザムさんの巨大なシルエットが浮かんだ。

 筋肉の塊……JJといい勝負できそうな気がする。

 いや、もしかしたらJJより強いんじゃ?


「婦長は常に稀能パーソナリティを使ってるのよ?」

「へ? そうなの?」


 そりゃ意外だ。


「へえー、どんな? あんなバケモンが稀能パーソナリティを使ったら無敵じゃね?」

「凡ちゃん失礼すぎ! 婦長は、本当は優しくて綺麗な人なのよ」


 凛夏が真面目な顔で話すので、噴き出してしまった。


「あれが綺麗だったら世の女はおろか男まで全員美人だわ」

「茶化さないで! っていうか失礼すぎ。凡ちゃん、そういうのやめてよね。知らないうちに傷つけてる人がいるかもしれないでしょ」


 ……いや、いないだろ。

 俺は自分に正直なだけだ。


「『いない』って思ったでしょ? いるから!」


 何を怒ってんだ、このアホは。

 誰が傷つくんだよ。変なお世辞言うより正直なほうが良いに決まってる。


「一応言っておくけど、私は傷ついてるからね?」


 凛夏が?


「なんで?」

「それは、その……あの……」


 なんだ、嘘か。

 必死に考えてやがる。


「嘘じゃないからね!? その……ひん、とか……」


 ……?


「声が小さくて聞こえねーよ」


「ひん……とか」

「聞こえません」


「貧乳とか!!!」

「ぐわっ!」


 ドライヤーを顔に向けられた。

 熱風も驚いてベッドから転がり落ちる。


「何すんだこのヤロー!」

「それはこっちの台詞よ! あんた、いつも自分が言ってること自覚してるの!?」


 凛夏はベッドの上に立ち上がった。


 ……あれ、マジで怒ってる?


「マジで怒ってるわよ! 凡ちゃんちょっと無神経じゃない!?」


 俺が、無神経?

 そこまで言われるとさすがに仏の俺でも怒る。


「バカヤロー! 神童と呼ばれた俺が無神経だと!? 俺のハートには亀頭の先ほどの神経が集まってるわ! 訂正しろ貧乳!」

「そーいうとこよ! そーいうとこが無神経なの! 下ネタ! セクハラ! それしか言えないの!?」

「どこが下ネタだ!!? 日常会話だろーが!」

「あんたの日常がおかしいのよ!!」

「この貧乳がぁーっ!」

「なによっ! 無神経バカ!」


 俺はベッドに駆け上って凛夏につかみかかった。

 しかし、ヤツの体はするりと抜け、俺の両手がつかんだのは布団だった。


「訂正してっ!」


「うげっ!」


 背中に重いものがのしかかった。

 やばいっ、うつぶせ状態でマウントをとられてしまった。


「もう我慢ならない! 昔の凡ちゃんはあんなにかっこよかったのに、どうしてこんなになっちゃったの!?」


 ――俺が、かっこいい?

 童貞の帝王、『童帝』と呼ばれたこの俺が?


 ドサクサに紛れてすげーこと言いやがったな、こいつ?


「ぶべらっ!」


 後頭部に強烈な一撃をくらった。


「別に今はかっこいいとか思ってないからね!? 昔の話よ!」


 昔と言っても……こいつのじいちゃんにカンチョーして問題になってたような……?

 かっこいいか?


「はべらっ!」


 追撃が一発。


「かっこよかったの!!」


 何か、勢いで押し切られているような……。

 ま、まあ、俺の魅力を理解してくれていたことだけは認めてやろう。

 でも……。


「今はかっこよくねーってことかよ!?」

「当たり前でしょ!」


 ストレートに言いやがった。


「かっこいいだろーがボケ! 格闘技世界一のJJを倒したんだぞ!?」

「かっこ悪い!」

「んなバカな! 葵姫たんに聞いてみろ! 俺の魅力は伝わってるはずだ!」

「伝わってないし!」


 く、くそ……!

 ムカつく!


 大体この女、そういう自分は俺のことをボロクソに言える立場「やめてっ!」


 ……ん?


 凛夏の手が、俺の胸と布団の間に差し込まれた。

 何する気だ?


「それ以上、考えるのはやめて……」


 今度は悲痛そうな声。

 やっぱりこいつ、頭がおか「やめてっ!」 


「……」

「……」


 無言が続く。

 背中に凛夏の胸の感触を感じる。


「……怖いから、やめて」


 何を言ってるんだ?


「……ごめん。私のことはいいの。でも、覚えておいてほしいの。凡ちゃんの言葉が誰かを傷つけてることを……」


 なんだなんだ。

 どうしてこんなに弱々しい声なんだよ。


 さっきまであんなに攻撃的だったくせに……?

 メンヘラか!?


「ほんと、ごめん……きつい言い方したのは悪かったと思う。でも、知ってもらいたかったの……」


 ……はあ。

 やばいな、こいつ。情緒不安定だ。


 凛夏は、俺の背中から離れて後ろを向いた。

 俺は体を起こして凛夏の背中を見る。


 肩が小刻みに震えてる。

 ……泣いてる?

 やっぱこいつイカれ……。



 ……そこまで考えたところで思考をストップした。



(俺の一言が、誰かを傷つける、か……考えたこともなかったな)


 凛夏の背中を見ていたら、奇妙な感覚が心に芽生えるのを感じた。


 なんだろう。


 こいつが情緒不安定であることを差し引いても、俺の何かが引き金になったのは間違いない。

 よくわからないが、自殺されても困るから『貧乳』と呼ぶのは控えるか……。


 いや、自殺とか関係ないし、控えよう。

 それが、俺自身のためにもなるような気がしたのだ。



「……」

「……」


 沈黙が続く。


 無言で凛夏の背中を見つめた。

 腰まで落ちる長い髪の隙間に、ブラ紐を発見。


(おっ……さっきの水で透けたのか。こんな貧乳のブラを見ても嬉しくなんか……)


 いや、やめよう。こういう考えは。

 やめると決めたのだった。


 じゃあ、どうすればいいんだよ。




「……」


 どうしていいかわからず、俺は両手をあわせてブラ紐を拝むことにした。


「ちょ、ちょっと!?」


 突然振り返って胸を押さえる凛夏に驚いて、思わずのけぞる。


「な、何見てんの?」

「……ブラ紐」



 パンッ!



 久々に強烈なビンタが直撃する。


「あいたたた……」


「今度はそういう目で私を見るわけ!? セクハラもやめてって言ったでしょ!?」

「そんなこと言われてもなあ。貧乳って言うよりいいだろ?」

「どっちもイヤ! ……あっ」


 何かに気づいた凛夏につられて俺も振り返る。


 部屋の入り口に葵姫たんが立っていた。


「葵姫たん、お、おはよう! こ、これは違うんだ! 俺は葵姫たん一途だから……こんなヤツのブラ紐なんて嬉しくもなんとも……」



 パンッ!



 本日二発目のビンタが、朝のホテルに鳴り響いた。


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