第四十三話 せっかくの外泊なので女子の部屋まで遊びに行ってみる
「というわけで、自分の体と他人の体を入れ替えられるらしいんだよ。その鎮鈴って女は」
「うん」
凛夏は気の抜けた返事をしながら寝返りを打った。
「『うん』ってなんだよ!? もうちょいなんかねーのかよ! 『それはすごいね』とか『それはないよね』とか!」
「へー、それはすごいね」
せっかく俺が興味深い話をしてやっているというのに、なんと気の抜けた返事だ。
背を向けたままベッドでスマホをいじっている凛夏に苛立ってきた。
「貴様ーッ!」
俺は左右の手のひらを組んで、人差し指で凛夏に尻に強烈なカンチョーをぶちこんだ。
「きゃっ!!!!」
凛夏は悲鳴を上げて飛び上がり、そのままベッドの反対側に転がり落ちた。
「話を聞けって言ってんだよ!」
「~~~! 聞いてるって言ってんでしょ!」
ベッドに飛び乗ってそのままこちらにキックをかましてきたので、ひょいとそれを避ける。
今度は俺の横に落ちたので脇腹に手刀を入れる。
「最悪最悪最悪っ! 変態!」
両手で俺をつかもうとしてくるので、後ろに下がりながらそれをかわす。
「HAHAHA! そんな攻撃で俺を倒せると思ってるのかね……イテッ」
スマホを投げつけられたところで飛びかかられ、倒されてしまった。
「あんたねーっ! いい加減部屋に戻ってよ! うるさくて眠れないでしょっ!? ね、葵姫ちゃん?」
「……」
葵姫たんは隣のベッドで寝息を立てていた。
「眠ってるじゃん。つーか、テメー俺の話全然聞いてなかっただろ! 葵姫たんが寝てたからテメーに話しかけたんだろーが! 俺だって不本意なんだよボケ!」
「だからってお尻触ることなんてないでしょ!」
「バカヤロー! 俺だって汚ねーケツなんざ触りたくねーわ! うぬぼれんなや! 葵姫たんを触ったら死ぬかもしれねーだろーが!」
パァン!!
今までで一番強烈な平手打ちをくらった。
「……いててて。んがっ!?」
パンッ、パンッ!
稲妻のようなビンタが二度、三度と続く。
マウントポジションをとられたのはまずかった。
「あいたたたた! ごめんごめん! 俺が悪かった! 許してくれ!」
「うるさいっ!」
パンッ!
「ソーリーソーリー! 違うんす、長旅で疲れてたんす! 凛夏ちゃんに癒してもらいたくてつい……」
……。
「……つい? つい、何なの?」
攻撃が止んだ。
たまにはでまかせを言ってみるのもいいものだ。
パンッ!
「うがっ……なんで……」
「あんたの考えてることくらい、お見通しよっ!」
「……あー、すっきりした」
凛夏は俺から降りて、ベッドに腰掛けた。
ジンジンする頬に手を当てると、熱を持っていた。
「おまえ攻撃力が上がったな……マジで痛いんだが」
「自業自得よ。ばか」
俺は窓際のチェアに座って冷蔵庫を開ける。
「おー、水がいっぱい入ってんじゃん。一本くれ」
「ダメよ! 後払いで高いんだから」
値札には七ドルと書かれていた。
な、七ドル!!?
一ドル三〇〇円で計算すると……えーと。
「二一〇〇円!? これ一本で!?」
「凡ちゃん。異世界だと一ドルは一〇〇円くらいだから、七〇〇円だよ」
「一ドルが一〇〇円!?」
一〇〇円ってなんだよ!
そっか、異世界では日本人の人口激減が起こってないから超円安にはなってないのか……。
なるほどなるほど、どうりで異世界は物価が安かったわけだ。
永住しようかな。
いや、それよりこっちでドルを大量にゲットしてから元の世界に戻って円に両替したらクソ儲かるんじゃねーの。
よし、あとで真剣に検討しよう。
「ま、確かに高ぇけど、七〇〇円くれーならいーだろ。どうせ経費で落とすんだしよ。下の自販機には炭酸しか売ってなくてよー」
「自分の部屋の冷蔵庫使ってよ」
「だから、俺の部屋は便所なんだって言っただろ」
「あ、そうだっけ」
「おまえも文句言う前に人の話聞けよ」
「……ふんっ」
ミネラルウォーターのペットボトルの風を開けて飲み干す。
七ドルが身体に吸収されていく。
「ぷはーっ。生き返ったわ」
「はいはい、わかったから。飲み終えたんなら、早く戻ってよね」
「便所に?」
「うん」
俺はベッドに飛び乗って凛夏を押し倒した。
今度は俺がマウントポジションをとる。
「貴様ァー! どうしてアメリカ着いて連戦した俺が便器で寝て、何もしてねーテメーがふかふかベッドで寝るんだよ!」
「文句はチャールズに言ってよ!」
「チャールズはFBIとどっか行っちまったんだよ!」
「じゃあ電話してみなよ! 私はもう寝たいの!」
「……反抗的だな。自分が置かれてる立場がわかってないように見える」
俺は低く言い放った。
「え……叩くの? 暴力反対!」
「そんなことするわけねーだろ!」
「じゃあ、何する気よ!?」
ていうか、何してやろう……?
俺も考えてなかった。
「うーん……」
腰の下の凛夏の体は柔らかいことに気がついた。
やべえ……やわこいのう。
急に胸が高鳴りはじめた。
いかん、いくらJKといっても、相手は凛夏だ。あのリンポコだぞ。
葵姫たんが隣のベッドにいるというのに、こんなヤツにドキドキするのは俺のポリシーに反する。
でも……。
下を見たら、凛夏と目が合う。
「……っ! おまっ、なんで顔を赤らめてんだよ!」
「そっ、それはあんたでしょっ!」
……いかんいかん、ペースを乱されるな。
落ち着け。
下にいるのはリンポコや……ぶっちゃけガキの頃知り合って最初の一年くらいは男だと思ってた相手だぞ。
そんなの相手に何を考えてるんだ、俺は。
凛夏がじたばたと暴れはじめた。
「おい、やめろっ!」
「うるさいっ!! 早く下りてよっ!!」
「暴れるなって」
暴れる凛夏を押さえつけようとすると、ずり下がったシーツの裾が床に落ち、巻き込まれるように俺たちも床に転げ落ちた。
「ぎゃっ!?」
「いってー……」
いつつ……もろに後頭部を打ち付けた。
凛夏といると、怪我するリスクが高いような気がする……。
目を開けたら目の前に凛夏の顔。痛いのか、ぎゅっと目をつぶっていた。
「うおっ!?」
頭をぶつけた俺に覆いかぶさるように凛夏の体が乗っかっていた。
……いかん、パイパイの感触が……。
鎮まれ!
これは葵姫たんじゃない、葵姫たんじゃない……!
脳内で必死に念じる。
「ひゃっ!」
一瞬遅れて気づいた凛夏は俺の体からパッと離れた。
「へっ、変態! いやらしいことしようとしたでしょ!?」
俺は舌打ちして、ずり落ちたシーツと布団をベッドに戻した。
「……自意識過剰なんだよ、おまえ。俺が葵姫たんにしか興味ねーことくれえ知ってるだろ?」
「……ふん。女なら誰でもいいくせに」
「はあ? 俺は一途なことで定評があるんだぞ! 適当ぶっこいてんじゃねー! 取り消せ!」
「どうせ鎮鈴さんも美人だからドキドキしたくせに」
ギクッ。
こいつ、鋭いな……。
「おめー鎮鈴のこと知ってたのか」
「えっ? あ、う……うん! えっと、その、チャールズさんが美人って言ってたから」
……?
何を焦ってんだか。
「それより、やっぱりドキドキしてたんじゃない!」
「バカヤロー! 美人と思うことと恋愛感情はまた別だ!」
「ふうーん? 私のことは?」
「は?」
「私のことは……その、なんというか……」
「嫌い」
「っ!! そーいうんじゃなくて! 私のことは……その、び、美人とか思ったことはないの?」
何言ってんだこいつ。
「おまえ頭おかしいんじゃねえの? 思うわけねーだろーが。どうしてそんなこと聞くんだよ」
「ねっ、念のため言っとくけど、別にあんたのことが気になるとかじゃないからね! い、一般論の話よ」
「一般論でおまえをどう思うか?」
「……うん」
……。
一般論ねえ。
俺は床に座り込んだ凛夏をじっくり観察した。
少し乱れたパジャマの胸に意識がいってしまう。
「っ! 変態!」
凛夏は顔を赤らめて胸を隠した。
……貧乳って思っただけなんだけど。
やっぱり自意識過剰だ、こいつ。
「ほ、ほら。黙ってないで何か言ってよ」
「貧乳」
「~~~!! ほ、他には? かわいいねとか、ないの?」
「ありませんな」
俺はちらりと横に目をやった。
葵姫たんは綺麗な姿勢で眠っている。
うーん。まさに眠り姫。
どうして男に触れたら死んじゃうのかな……体質というよりは、男が苦手だからって話だったよな。ドクトルは大丈夫みたいだったし、
つーことは、そろそろ俺も触っても大丈夫なんじゃね?
つーか、寝てるから触ってもバレないのでは?
凛夏が寝るまでここでねばって、あとで葵姫たんに触ってみようかな。
「いてっ!」
凛夏に殴られた。
「葵姫ちゃんのことそういう目で見るのやめたほうがいいよ」
「なんでおまえに言われなくちゃいけねーんだよ。葵姫たん本人が決めることだろ」
「えっ……あの、その……じゃあ、葵姫ちゃんが嫌だと言ったらやめるの?」
ぬっ。
む、難しい質問をしやがる。
まさか葵姫たんは俺のこと嫌ってたりするんじゃねえだろうな。
急に不安になってきた。
「あ、あのさ……葵姫たん、嫌がってたの?」
ニヤリと笑う凛夏。
「何、知りたいの?」
「そりゃー知りてえよ!!!」
「どうしよっかなー」
「お、おまえ何か知ってるだろ!?」
「うーん、どうでしょー?」
くそっ。
形勢逆転された。
葵姫たんが俺のことを嫌がってるのだとしたら、今後の接し方を変えないとまずい。
「頼む! 教えてくれ!!」
「えー? 私は何か知ってるとは言ってないよ?」
「でも、アメリカで一か月も一緒にいたんだから、少しくれーは俺の話は出てただろ?」
「うん。そりゃあね」
「どんな話!?」
俺は座ったまま一歩前に進んだ。
「教えてくれ!! 葵姫たんは俺のことどう思ってるんだ?」
凛夏は一歩後ずさって立ち上がった。
ちょっと嫌そうな顔をしている。
「な、なんだよ……」
「別に」
「悪い話題が出てたのか?」
「別に。っていうか部屋に戻って」
こいつ、急に冷たくなったような感じがするな。
「何なんだ、おまえ。情緒不安定なんじゃねーの」
「……」
凛夏はベッドに戻った。
「寝るから。出てって」
「つーかさ、話の途中……」
「出てって」
……。
「はいはい、わかりましたよ」
俺は重い腰をあげた。
できればもうちょい葵姫たんの寝顔を見たかったんだけどなあ。
あわよくば布団に入って――。
「早く!」
「はいはい。おやすみ」
部屋を出てた俺は、最悪なことを思い出した。
――俺の部屋、トイレなんだった。
ため息をつきながら俺はロビーへ戻り、ソファに横になって眠りについた――。




