第四十二話 呉鎮鈴
なんだ、このドクロハゲ――どうして俺の名前を知っているんだ。
ひょっとしてJJを倒した一件で、アメリカで名が売れたのだろうか。
だから俺は親指を立てて、得意げに自分のあごを指した
「ああ。俺がJJを倒した世界最強の男、鈴木様よ。貴様は誰だ?」
「フッ。威勢がいいな坊主。俺の部下はどうした?」
「威勢より異性のほうがいいと思ってるぜ。特にJKな。貴様の部下は今頃仲良くホモってるぜ。次は貴様の番だ!」
俺は腕を伸ばしてヤツらを指した。
……決まった。
「ボス、アンナコトホザイテマスゼ」
「殺ッチマイマスカ、ボス?」
「……なんだ、自力で脱出しちゃったの。つまらないの。じゃあ、大暴れは私の役目ね」
ドクロハゲは薄ら笑いを浮かべ、女言葉でつぶやいた。
「ボ、ボス…?」
「はッ!」
ドクロハゲが動いた――と思った瞬間、隣のハゲ二人が吹っ飛んだ。
そして鉄の塊を落としたような巨大な音と震動がアスファルトに響く。
「ヒデブッ!!」
「ブベラッ!」
一人は近くの自動車に勢いよく激突し、それをぶっ潰した。
もう一人は倉庫の壁を貫通しゴロゴロと転がっていった。
「お待たせ、鈴木くん。助けに来たんだけど、いらなかったみたいね」
ビールっ腹を揺らしながらドクロハゲは握手を求めてきた。
よくわからないが味方のようなので、それに応じる。
「ど、ども……。す、すげえパンチっすね」
「え? ああ、中国拳法よ。やっぱり男の体はいいわね。体重があるから威力が桁違い。でもちょっと汗臭いかな」
何を言ってるんだこのドクロハゲは。
「あ、あんたは誰っすか?」
「あたしは呉鎮鈴。よろしくね」
似合わない笑顔を浮かべるドクロハゲ。
「おちんちん?」
「ごちんりん!! ……噂通りの変態下ネタ野郎ね。いい度胸してるわ」
鎮鈴と名乗るハゲは、目を細めて軽蔑の視線を向けてきた。
こんなオカマ言葉のハゲに変態と言われるのは癪に障る。
「あんたもなかなかの変態だと思うんだすが…またホモっすか?」
しかし鎮鈴はきょとんとしたかと思うと、腹を抱えて笑い出した。
「あっははは!! あたしがホモ? ウケるー。まあ、こんな小汚いおっさんの姿してたらそう思っても仕方ないよね」
否定してるんだが肯定してるんだか、微妙にわからん……。
最近出会う男は大体ホモかハゲだから、当たってると思うんだが。
鎮鈴は可愛くデコられたスマホでどこかに電話をかけた。
「……もしもし、チャールズ? 片付いたわ。うん、やっぱり心配いらなかったみたい。倉庫前にいるから、あたしの体、持ってきて。二分以内ね。はいはい、じゃーね」
チャールズ?
「チャールズと知り合いなんすか?」
「当たり前でしょ。あんたたち、あたしを頼って米原さんとこまで来たんでしょ?」
「は?」
「まーまー、詳しいことは元の体に戻ってから、ね」
「……はあ」
前言撤回。
俺が出会うのは、ホモかハゲか頭おかしいヤツの三パターンだったな。
こいつはどうやら『頭おかしい枠』の選手らしい。
チャールズも交遊関係を見直したほうがいいんじゃねえかな。
ドクトルといい米原老人といい……世界を最底辺から支える縁の下の力持ちみてーな変態ばっかじゃねーか。
そうこう考えていたら、車のエンジン音が近づき、暗い倉庫街にヘッドライトのまばゆい光が差し込んだ。
チャールズだ。
「鈴木くん、無事で良かった」
「まあ、余裕っすよ。このおちんちんって人、チャールズとどういう関係なんすか?」
「馬鹿者!」
チャールズにゲンコツをくらった。
「鎮鈴さんは米軍とスーパーフリー・メーソンでトップのエージェントだぞ。NHJに移籍してほしいくらいの人材だ」
「金にならないのはイヤっていつも言ってんでしょ」
「ううむ……残念だ」
「それより、あたしの体は?」
チャールズは後部座席のドアを開いた。
手錠と縄で拘束された若い女性が乗せられていた。
目隠しと猿ぐつわをしているので顔はよくわからないけど、肩にかからない程度の黒く短い髪が、さらさらと揺れている。
赤のタンクトップにホットパンツという格好は少し寒そうだ。
チャールズが誘拐したのか?
まさかJK二人と行動している間にムラムラしてしまい、とうとうやっちまったのか!!
(マジか……ラッキー! このことを警察と葵姫たんにチクればチャールズの信用は地に堕ちるはず。そしたら俺が葵姫たんと一番近い存在になれるはずだ!)
俺は勝機を確信し、ガッツポーズした。
「チャールズ。あたしを縛って」
「任せてくれ」
チャールズは慣れた手つきで鎮鈴に手錠をつけ、縄でがんじがらめに縛り上げた。
鎮鈴の野郎、ドクロタトゥーを入れたハゲの上にホモで、しかも縛られる趣味があんのか……やはり通報したほうが良さそうだな。
アメリカの警察って何番だっけ。
スマホを取り出した俺をチャールズが制止した。
「鈴木くん! 通報は待ってくれ、君は色々と誤解している!」
「誤解と言われても……誘拐ホモは人間的に救えないっすよ……」
「だから誤解だ!」
必死なチャールズを見て、(今のチャールズ相手なら俺はもう少し調子に乗れる)と思った。
「……チャールズ、俺をさっき殴りましたよね?」
「本当にすまなかった! 私が浅はかだった!」
「……それだけっすか? 俺の心は海より深い傷を刻まれたというのに……」
「わかった。この通りだ。だから通報しないでくれ」
チャールズは土下座した。
正直ドン引きです。
「い、いや、そこまでしなくとも……顔を上げていいっすよ」
「うむ……どうしても誘拐ホモの仲間とは思われたくなかったのでな」
たいして変わらないじゃん、と思った。
「チャールズ、何やってんのよ。早くあたしの目隠しとってあげてよ」
グルグルに縛り上げられた鎮鈴は、地面に寝転んだままチャールズに指示する。
偉そうだなあ、こいつも。
ていうかおまえ目隠ししてねーだろうが。
本当にイカれてるわ、こいつら。
鎮鈴を無視して後部座席に乗り込んだチャールズは、女の目隠しと猿ぐつわを外した。
「…………っ!!」
マジか!! チョー美人じゃねーか!!
年齢は二十代半ばくらい。
葵姫たんとはまた違った大人の魅力……こんな美人、テレビでも見たことねーぞ!!
しかもよく見りゃーとんでもなくスタイルがいい!
腰のくびれからは想像できないほど大きな胸。
半端ねー!!!
チャールズめ……こんないい女を誘拐してチョメチョメしてやがったのか。
許さん!!!
絶対通報してやるからな!!
猿ぐつわを外された美人は、縛られたまま暴れ始めて凄味のある声で怒鳴った。
「き、貴様! 私の体を返せ、雌豚がっ!」
あらま、怖い怖い。マフィアみたいな迫力がある。
ていうか雌豚って誰だ。
そう思った直後に、女はこれまた凄味のある声で怒鳴り出した。
「雌豚だあ? あたしがどれだけ苦労してこのプロポーションを維持してるのか知らねえで調子ぶっこいてんじゃねえぞ?」
何言ってるんだこの女。
二重人格? 独り言?
せっかく美人だと思ったのにやはり頭おかしい系か。
チャールズの交遊関係は、やっぱりダメなヤツしかいねー。
「鎮鈴くん、まずは手錠を……」
「ああ、そうだった。早く外して」
手錠と縄を外してもらい車から降りてきた女性はやはりクソ美しかった。
いかん、俺には葵姫たんがいるじゃないか……心を落ち着かせるんだ。
彼女は縛られた鎮鈴の横に歩いていってしゃがみこむ。
「おい、あたしが雌豚だって!? もう一度言ってみろ!」
雌豚って言ったのは彼女で、言われた相手は鎮鈴なのにどうして鎮鈴が凄まれるんだ。
まあ、こんなドクロハゲが凄まれようがどうでもいいけど。
「雌豚が……! 今回は私の負けだが、いい気になるなよ。BALD SKULLを敵に回して命があると思うな。必ず探し出して、おまえと家族、友人に至るまで全員ぶち殺してくれるわ!」
鎮鈴はさっきまでとは別人のようなドスの利いた声でにらみをきかせた。
怖っっ!!
しかし美人さんは笑い飛ばした。
「あっはははははは!!」
「何がおかしいんだ! ハッタリじゃねえんだぞ!」
ハゲ頭に血管が浮き出た鎮鈴におびえる様子もなく、彼女はチャールズに顔を向けた。
「チャールズ、こいつ殺していいよね?」
物騒なことを口にしているのに、目は笑っている。
「……ああ。抵抗する場合は射殺して良いとのことだ」
チャールズの返答ににっこりうなずいた彼女は鎮鈴に向き直った。
「だって。あんたに次はないってさ。バイバイ」
鎮鈴の血の気が引くのがわかった。
「わ、私が悪かった!今のは訂正する」
「ふふ……死にたくないの?」
「し、死にたくないです!」
「あたしの言うこと何でも聞く?」
「は、はい!」
彼女は立ち上がって、冷たい声を投げかけた。
「……あんた、そうやって命乞いしてきた人を何人殺してきたんだっけ?」
「……え? あ、あれには事情が……ぐべっ!!」
鎮鈴の腹を蹴り上げる美人さん。
蹴られた鎮鈴は口から血の塊を吐き出した。
「へえー、命乞いする相手を殺すのってこんな胸糞悪いんだ。ほんとあんたって最悪!」
今度は左目をつま先で蹴る。
「ぶごっ!」
「覚えてる? 三ヶ月前にバス停であんたが射殺した男を」
彼女は喋りながら鎮鈴を何度も蹴り続けた。
胸が陥没し、大量の血が地面を汚しても。
「ぶごっ! ぐがっ!! ぐべぇぇぇっ!」
「横でずっと泣いてたのがあの男の息子」
「げぺっ! やめ、やべでっ!」
変形した鎮鈴の顔は、血と吐しゃ物とよくわからない体液でぐちゃぐちゃになっていた。
「奥さんと生き別れて、二人で強く生きてきたのに、あんたはすべてを奪ってしまった」
「ぎゅぶっ」
「頼まれたのよ。あんたを殺してって。なけなしのお小遣いでね」
「ぶっ……ぷぅ……」
「覚えといて。自分のしたことは返ってくるって」
「……ヴぁい」
それを最後に鎮鈴は返事をしなくなった。
残虐な光景に俺は身震いした。
この人多分漫画とかアニメとかばっか見てる私刑大好きな人だ――怖っ。
彼女はにっこり笑って俺たちのほうへ歩いてきた。
思わず俺はチャールズの背に隠れた。
「……ふう。チャールズ。その後始末はよろしくね」
「ああ。こいつは逃亡した死刑囚だ。死体はしかるべき機関に引き渡す」
彼女は返り血で汚れた手をハンカチで拭って俺に差し出した。
「嫌なところを見せちゃったわね。鈴木くん。改めてよろしく。鎮鈴です。リンリンって呼んでね」




