第四十話 天使の涙
米原老人は異形の姿をしていた。
顔の半分が人間で、もう半分が機械。
体は全部機械。しかもバッタの形。
「……わしのこの姿を見てどう思うっぺ?」
どう思うと言われても……。
笑わせに来ているのか、そうでないのかで反応はだいぶ異なってしまう。
チャールズにこっそり耳打ちする。
「ここは笑うとこっすか?」
「……わからん。私だって彼の体は初めて見たんだ」
「どうしたらいいっすか?」
「君に任せる。感想を聞かれているのは、君だからな」
ずるい!
ポーカーフェイスを装ってもバレバレなんだよ。
真っ赤な顔して笑いをこらえているくせに。
立場上チャールズは平然を装ってるけど、やっぱ笑うべきかな?、
でも、他人を笑わせるために自らサイボーグバッタになるヤツなんていねえよな。
かっこいいと思って自らを改造していた場合、笑うのは非常に失礼だ。
どっちなんだよ……くそ。
コミュニケーション能力が高すぎる俺は、こういうところで気を遣いすぎてしまう。
「そんな考え込まなくてもいいっぺよ。率直な意見を聞きてえっぺ」
うーん……やっぱり笑わせに来てるっぽいよな。
どう考えても面白いデザインだし。
失敗したな……笑うより引いちまったからな。
今から「最高に笑えます」と言っても信じてもらえる自信がない。
「どうしたっぺ?」
正直に言うしかないか……。
「よ、米原さん……俺にはちょっと……なんというか……笑えませんでした。すいません」
せっかく体を張って笑わせようとしてくれたのにウケなかったことが申し訳なくなって、俺は頭を下げた。
「んんんー? そりゃーこんな体にされたのに笑われたらたまらねーっぺよ」
米原老人はちょっと低いトーンでつぶやいた。
……へ?
「あの……ご自分で改造されたのではないのですか?」
「当たり前だべ。やるわけねーっぺよ。これはウンモ星人にやられたんだべ」
――ウンモ星人にやられた?
改めて米原老人を観察してみる。
身長一五〇センチ程度。
顔は半分生身で半分サイボーグ。
体は金属製のバッタ。
割と作りこみが凝っていて、プラモ化したら一部の変態にバカ売れしそうなデザインだ。
「ブッ!」
思わず俺は噴き出しそうになった。
よくよく観察してみたら、なんちゅー格好してんだコイツは!
こんな面白い格好ねえぞ!?
俺は『他人の不幸は蜜の味』という言葉が大嫌いだった。
そんなレベルの低い思想で生きている愚民どもが憎らしかった。
しかし、今、俺はこの言葉の本当の意味を知ってしまった。
自分が人面バッタにされたらキレる。
ウンモ星人だろうがバルタン星人だろうが全力で根絶やしにしただろう。
しかし、これが他人事となるとどうだ。
面白すぎるじゃないか!!!
……いかん!
こんな邪悪な心は捨てるんだ!
俺は聖人君子のはずだ……他人の不幸を笑うような低俗な連中と一緒になってはいけない。
落ち着け――落ち着いて受け入れるんだ。
こらえればこらえるほど笑いそうになってしまった。
深呼吸して、気持ちを鎮める。
口を開くだけで爆笑してしまいそうだったが、全力で我慢し、会話を続けた。
「う、ウンモ星人にやられ、たんすか……それは災難っすね。あいつら……許せねえ! 俺がカタキとってやるっす! 必ず根絶やしにするっす!!」
笑いをこらえ、神妙な表情と声を演じ……られたはず!
「んだんだ。あいつらにアブダクションされ、改造人間にされたっぺよ。バッタの力を移植するっちゅーからヒーローになれるとワクワクしてたのに、このザマだっぺ」
米原老人の悲痛な声が心に刺さった。
かわいそうに。
バッタの力を移植されると期待してたのにバッタ人間にされたら誰だって怒るよな……。
もっともっと米原老人に感情移入しよりリアルな演技を……と思ったところで、米原老人の尻のあたりから何かがはみ出ていることに気が付いた。
「……?」
よく見ると、それは金属製の卵だった。
精巧に作られたリアルな卵。
機械の卵から子供が孵るわけはないだろうから、ただの遊び心でつけられたと考えて問題ないだろう。
この人を小馬鹿にしたようなデザイン。
ウンモ星人は、アブダクションした米原老人をオモチャにしていたのかもしれない。
失礼かもしれないが、一応忠告しておいてあげよう。
「あの……卵が出てますよ」
「ブふーーーッ!」
卵のことを口にした途端に誰かが噴き出した。
思わず振り返って凛夏を見ると、顔の前で手を振って「私じゃない」アピールしてやがる。
チャールズは笑いがこらえきれない様子で目に涙を浮かべていた。
俺と目があうと、やっぱり必死に「私じゃない」アピールをしやがった。
じゃあ……?
視界の隅に葵姫たんが目に入った。
ああ、その能面のような無表情すら美し……ん?
葵姫たんが泣いていた。
口元を両手で押さえ、瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。
「……くっ、うっ……」
「ど、どーした葵姫たん!?」
「…………んぐっ、ん……」
葵姫たんは首をぶんぶんと振りながら下を向いてしまった。
何かよくわからないけど聞いてはいけないらしい。
「すまん。よぐ聞こえながったべよ。もう一度頼むっぺ」
「あ……はい」
米原老人が話を戻した。
「いやー、あのっすね、あなたの尻に卵がですね……」
「プーーーッ!」
また誰か噴き出しやがった。
「誰だよ!」
やっぱり凛夏とチャールズは「俺じゃないアピール」をする。
そして葵姫たんは……顔を隠したまましゃがみこんでしまった。
「葵姫たん……?」
「……」
下を向いたまま背中を小刻みに震わせている。
こぼれ落ちた天使の涙が床に染みを作る。
……。
「……もしかして……笑ったの葵姫たん?」
ビクッと肩をすくめる葵姫たん。
まさか……。
「あのおっさんに卵がついてたのが面白かったの?」
「ブッ」
一瞬息が漏れるような音がしたと思ったら、しゃがみこんだまま必死に首を振る葵姫たん。
……ああ、やっぱり。
葵姫たん、だったのか。
あのじーさんの卵が泣くほどツボだったのか…。
そうだよなあ。いつもポーカーフェイスで過ごしてちゃあ楽しいことなんてねーよな……。
ちょっとだけ葵姫たんのことがかわいそうになった。
よし、葵姫たんにはぞんぶんに笑っていてもらおう。
俺はこのまま会話続行。
「卵の話はナシ。終わり。いいっすね?」
「ん? ああ……わかったべよ」
「話が進まなくてイライラしてるんで、ここからは早めでお願いします。俺たち、とっととエリア5.1に行きたいんス」
俺がそう言うと米原老人は黙ってうなずいた。
「そうすっぺ。ウンモ星人相手に油断するとオラみてーになると言いたかったっぺよ。それでもおめーたずが本気でエリア5.1に乗り込むんなら止めやしねえ。エリア5.1の情報を教えるっぺよ」
バッタの手足を動かしながら真面目な顔で語る米原老人の姿は、この世のどんな生き物よりも不気味だった。




