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第四話 えろいパンツとぐろいパンツ

何か最初と作風が変わってきてしまった気がしますが、気のせいです。

 看板の周囲に大量の血液が広がっていた。

 真ん中にドス黒い何かが横たわっているが、植え込みの死角になっていてよく見えない。

「ああ……あ」

 凛夏りんかは力が抜けた様子でストンとへたり込んでしまった。全身が傍目から見てわかるくらい小刻みに震えている。

 怖いのだろう。さっき腰を抜かしたばかりの俺は凛夏の気持ちがよくわかる。

「ここから動くな」

「う、うん……」

 凛夏を座らせたまま慎重に看板へと近づいていく。

 俺は靴が血だまりに浸らないギリギリの場所からそれを見下ろした。

「…………なんだ、こりゃあ」

 横たわっていたのは人ではなかった。巨大な魚だ。

「マグロ……?」

 鋭利な刃物でズタズタに引き裂かれてはいる。

 作り物か? こんなものが病院前に放置されるわけないもんな。

 ったく、どこのアホだ。こういう悪質なイタズラしやがって……ん?

 よく見ると、エラの辺りが微かに動いている。

 も、もしかして生きてるのか?

 どうなってんだこりゃ。

 け、警察に通報すりゃいいのか? それとも、獣医? 水族館?


 いや、落ち着け、俺。

 まずは凛夏を落ち着かせないと。

「凛夏」

 振り返った俺の前に広がるのは、信じられない光景だった。

 座り込む凛夏を、背後から巨大なヘビが呑み込もうとしていた。

「危ねえッ!」

 意識するより先に、体が勝手に動く! 跳ぶ! 

「うりゃあ」

 アニメなんかでトラックから子供を助けるシーンみたいな要領で凛夏を突き飛ばす。

 そのまま倒れこむ俺に、ヘビの大口が迫る。

 視界の隅で凛夏が悲鳴をあげた。


 ――ああ、今度こそ死ぬんだな、と思った。

 ヘビの歯の一本一本、喉の奥の粘膜ねんまく凹凸おうとつまでスローモーションのようによく見える。

 こんなもんか。俺の人生。

 今日あの店に行かなかったらここに来ることもなかったし、こんな目にも遭わなかったのに。

 まあそれでも幼馴染の女の子を助けるって最期さいごは俺の人生的には上出来かもな。

 ああ、異世界に行きたかったな。


 死を覚悟した俺は目をつぶった。


 ……。


 …………。


 ………………あれ?


 ……おいおい、早く食ってくれよ。苦しいのはいやだよ。早く。

 恐る恐る目を開けると、ヘビの大口は目の前で停まったままだった。

 

 ん? 死んだのか、こいつ?

 いや、違う。

 よく見るとヘビはわずかずつこちらに近づいている。亀のような鈍さだけど。


 何か知らんがいきなり弱ったのかな?

 凛夏を見ると、こちらに尻を向けてうつ伏せで倒れてる。

 厳密には顔がちょっと見えるので、「突き飛ばされて倒れたけど、顔だけこっち向けましたー」みたいなポーズ。

 そんなことより重要なのはパンツが丸見えであることだ。

 ナース服は丈が長かったのでガードが固いと思っていたが、彼女も俺もうつ伏せで倒れているので真下から見放題なわけでござる。

 影が暗くてはっきりしないけれど、白……いや、水色か。

 なんかよく見るとシワまでわかるような……。

 素晴らしい。死ぬ前に良いものをありがとう。

 しかし、少しずつパンツが見えづらくなっていくのがわかった。

 なぜだ!

 よく観察するとわかった。

 倒れた時にめくれあがったスカートが、重力に引かれゆっくりと下りているのだ。

 このままでは光量不足でスカートの中が真っ暗になってしまう。

 なんてこった……っていうか、重力無視してね?

 スカートが下りるまで何十秒かかってんだよ!


 そう思った瞬間に、気づいた。

 スカートだけじゃない。

 身の回りのもの全てがスローモーションになっているのである。

 ヘビも、凛夏も、スカートも、全てが通常の何千・何万分の一くらいのスローモーションになっているのだ。


 そういえば聞いたことがある。

 バイク事故を体験した知人が、吹っ飛ばされた瞬間スローモーションのような時間を感じたと。

 まさに今が、その状態なのではなかろうか。

 じゃあ、死ぬ瞬間までパンツを見ることにしよう。どうせ現実の一秒後には俺はヘビの胃袋の中だ。

 俺は全力でパンツを凝視した。

 しかし無情にも、重力に負けたスカートは『終幕』と言わんばかりに凛夏の尻を隠していく。


 ふざけるなあああ!

 人生で初めてなんだぞ! 生パンをここまでじっくり見るのは。

 アンコールだ、アンコール。


 俺は凛夏のもとまでダッシュして、パンツをめくろうとした。

 その瞬間、後ろでものすごい轟音ごうおんが聞こえた。


 スローモーションは解除されていた。

 目の前は凛夏のパンツ。右手はスカートをめくりあげている。

 振り返るとヘビが、さっきまで俺のいた場所の地面をえぐり取っていた。


「きゃーーー!?」

 凛夏は体をひねって俺の手を払うと、立ち上がった。

『何するの!?』と言いそうな顔だったが、その瞳にはすぐに恐怖の色が灯った。

 悲鳴を上げて走り始める凛夏。

 俺も走る。

 

 地面から頭を引っこ抜いたヘビは再び鎌首をもたげ、こちらに狙いを定めた。

 俺たちは病院のロビーに駆け込んだ。

「何なの!?」

「俺が知るかよ!」

 ガラスが砕け散る音を後ろに聞きながら、廊下を駆け抜ける。


「コラ! 廊下を走っちゃダメよ。あら、何の音?」

 曲がり角から、さっきの婦長が現れた。

「ビグザム婦長! 助けて!」

 凛夏は婦長の背中に回りこんだ。

 俺も隣に並び、ヘビへと向き直る。

「な、何なの、あれは……化け物!?」

 さすがの婦長も驚いた声をあげたが、すぐにロッカーを蹴り破ってモップを取り出した。

「下がってろ、凛夏」

 俺もモップを手に持って構える。うーん、カッコいいな俺。


 ヘビは体をうねらせながら廊下を進んできた。

 婦長はモップをくるくると振り回し、ヘビを威嚇しながら言った。

「……なんて大きなウナギ。食べ応えがありそうね。 葉月ちゃん、非常ベルを押して、警察を!」

「は、はいっ!」

 凛夏は転びそうになりながら廊下の奥へ走っていった。

 ウナギ?

 確かに……よく見るとウナギだな。ぬるぬるだし。

 そう思うと少し恐怖心がやわらぐような気がした。さすが婦長。俺に死の絶望を味わわせてくれただけある、頼りになるぜ。

「あなたは消火器を! この化け物をこれ以上進ませないのよ」

「えっ? えと、どこに?」

「葉月ちゃんのほう!」

「は、はい!」


 間もなく院内に非常ベルが鳴り響いた。

 俺は凛夏から消火器を受け取る。

「警察へ電話は?」

「まだしてない!」

「急いでくれ!」

「う、うん!」


 消火器を持って婦長のところへ戻ると、婦長はモップを槍のように扱っていた。

 ヘビ……いや、ウナギが首を伸ばすとギリギリでかわして打つ。首をもたげたら一歩引いて攻撃を誘う。

 何者なんだ、この人は。


 よくわからないが非常に心強い。

 そして、彼女の間合いが思いのほか広いので、近づけない。


「鈴木くんっ」

「うすっ!」

 彼女は俺の姿を確認すると片手を伸ばした。

 消火器を手渡す。


 手馴れた手つきで安全装置を解除し、消火器を構える婦長。

 ウナギが口を開いたタイミングにあわせ、

「くらいなさぁい!」

 婦長は消火器を発射した。

 ノズルから凄まじい勢いで粉末が噴射される。

「やった!」

 その大口で全てを吸い込んだヤツは苦し……んでない?

 どころか、勢いを止めずにパックリと婦長に噛み付いた。

「ぬわッ!?」

 一本釣りのように勢い良く持ち上げられた首。口からは婦長の両足がはみ出している。

 ヤツは凄まじい勢いで首を振り回した。

 恐怖で腰が抜けた俺は、その様子を見ながら『ワニが首を振って獲物を引きちぎる仕草に似ているな』などと考えていた。

 今度こそダメだな……。


 そう思った時、ヤツの左頬がメリメリと膨張していくのがわかった。

 そして張力に耐え切れなくなった皮膚が破れ、体液にまみれた消火器が飛び出した。

 続いて破れた箇所をちぎるように拡げながら、婦長が這いずり出る。

 白衣は出血で真っ赤に染まっていたが、白い歯を見せ笑っていた。

「たかが一匹のウナギに、やらせはしないわよ」

 痛いんだろうか。痛いんだろーな。ウナギはのたうちまわっていた。


 外からはサイレンの音。

 警察が来たんだ。


 安心した瞬間、婦長の体が巨大化し、目の前が真っ暗になった。

 うなぎに吹っ飛ばされた婦長が俺の体にのしかかったと理解できたのは、数瞬後のこと。

 しかも大股開きでスカートの中が丸見えになっていた。

「ぐおぅええっっ!」

 見ちまった……ふんどしみてーなショッキングピンクのパンツを。

 網膜と脳細胞が深刻なダメージを受けた。高層階行きのエレベーターみたいな猛スピードで胃液がこみ上げてくる。内臓ごと吐いてしまいそうだ。

 今日一番の致命傷かも……。


 婦長は完全に気を失っていた。

 下敷きになっている俺も身動きがとれない。

 警察が突入するまでまだ時間はあるだろう。

 婦長グロパンが邪魔で見えないが、ウナギが擦り寄る音が気配がわかる。トドメを刺そうというわけか。


 今日、何度目のピンチだろう。

 今度こそおしまいだ。脂汗がにじんできた。


 俺にできることと言えば神に祈ることだけだった。

いつもこんな変な話をお読みいただきありがとうございます。というかすみません、って気分になります。

今後ともよろしくお願いします。

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