第三十八話 封じられし地下通路
タイニーズシアターを進んでいくと、たくさんの人々でごった返すエリアに着いた。
「到着だ」
先頭を歩いていたチャールズが振り返って言った。
「は?」
思いっきり観光地って感じの場所じゃねーか。
ここで一体何をするってんだ?
「床を見て、凡ちゃん」
「ん?」
ぎっしりと敷き詰められたパネルには手形や足跡が印刷されていた。
……いや、印刷じゃないな。
「何これ?」
「ハリウッドスターたちの手形なんだって。ほら、ひとつひとつに名前が入ってるでしょ」
なるほど。
確かにそうそうたるメンバーの名前が並んでいる。
「ここで何するんすか? エリア5.1はどうなったんすか?」
「まあ聞きなさい。我々は在米米軍のメンバーや様々な専門家に取材をし、ドクトル近藤がエリア5.1にいることはほぼ確信した」
「じゃあエリア5.1行こう! 何が出たって俺がぶっ倒してやります!」
「いや、それはまずい」
「なぜっすか?」
「いくら君たちが戦闘に特化した稀能者とはいえ、軍隊を相手にするのは不可能だからだ」
「??」
「エリア5.1は米政府非公開の秘密基地だ。世界でもっとも鉄壁の守りを持っている場所のひとつ。正面突破など誰にもできん」
「そっすか? 軍人つってもしょせん人間なんだし、俺の前には敵なしっすよ」
「普通の人間のJJに苦戦していたのは忘れたのかね?」
「あいつは……稀能者じゃないんすか?」
「残念だがヤツは生身の人間だ。異世界には稀能者は我々しか存在しない」
そっか……なるほど。
「じゃあ、エリア5.1に行かずにどうやってドクトルを捕まえるんすか?」
「安心したまえ。エリア5.1には潜入する。ただし、しかるべき手順を踏んでからだ」
「しかるべき手順……?」
「ああ……」
チャールズは足元を見ながら歩き続ける。
「大佐。ありました」
少し離れたところで同じように足元を見ていた葵姫たんが声を上げた。
「おお、よくやってくれた。どれどれ……ああ、これだ」
「……?」
チャールズ、葵姫たん、凛夏はとあるパネルを囲むようにして立った。
「……間違いないな」
なんだなんだ?
他のパネルの数倍は大きい。
表面には『トーマス・ヘントン』という聞いたこともないハリウッドスターのサインと手形、足跡が刻み込まれていた。
「鈴木くん、右手の手形にチ●ポを摺り付けたまえ」
……は?
「聞こえなかったのかね? さあ、ここにチ●ポを擦り付けるのだ」
チャールズが壊れた。
こんな何百人も観光客がいる場所で?
「や、やるわけないじゃないすか」
「命令だ。やりたまえ」
……くっ。
命令だと……?
なんで葵姫たんの前でそんなことしなくちゃいけねーんだよ。
どんな罰ゲームだ。
「あの、凡ちゃん事情がよくわかってないみたいなんで……その……」
凛夏が言いにくそうに口を挟んだ。耳まで真っ赤だ。
何なのこの人たち。
「おお、そうだったな。すまんすまん。ここにチ●ポを擦り付けることでウンモ星人に反抗している秘密組織のアジトへ行けるのだ」
「はあ……あの、その……頭大丈夫っすか?」
「私は正常だよ。鈴木くん。さあ、やりたまえ」
「……嫌なんすけど」
「何?」
「嫌なんですけど」
「……嫌? どうして?」
「そりゃあ……こんな人目の多いところでそんなことするわけないでしょう」
「だからこそ秘密のアジトになっているのだよ。羞恥心を克服せねばアジトへは行けん」
「……じゃあ、チャールズがやればいいじゃないっすか」
「わ、私が……?」
「そうっすよ。俺は事情も知らなかったわけだし……そこまで言うならチャールズがやってくださいよ」
「……」
葵姫たんと凛夏の視線がチャールズに集まる。
「わ、私は彼女ら二人の保護者代わりだ。そんな私が反社会的なことをできるはずなかろう」
「反社会的なことを俺にはやらせるんすか……?」
「……」
「……」
「……」
「……」
無言のまま数分が過ぎた。
「わ、わかった。ジャンケンで勝負しよう。それでどうかね?」
「負けたほうがやるってわけっすか?」
「そういうことだ。それならフェアだろう」
ジャンケンか……。
確かにフェアだが、負けたらやらなくちゃいけないんだろ?
まあ、逮捕されそうになったらチャールズのせいにすりゃいいし、考えようによっては合法的に葵姫たんに見せ付ける好機とも言える。
よ、よし。やってやろうじゃないか。
「わかりました。いいっすよ、ジャンケンで」
「うむ。あとでほえ面をかくなよ」
「それは俺のセリフっす」
「じゃあ、いくぞ! ジャーンケーン……」
「ちょっと待って!!」
凛夏が割って入った。
「な、なんだよ。凛夏」
「……私がチャールズの後ろに立って目で合図するから。あっちを見たらチョキ、逆ならグー。上ならパーを出して」
凛夏はチャールズに聞こえない小さな声で言った。
「どうしてだよ?」
「この一ヶ月でチャールズのジャンケンの癖がわかったのよ」
「本当かよ?」
「私を信じて……」
「……」
俺の返事を聞き終えず、凛夏はチャールズの後ろに回りこんだ。
「どうした? 鈴木くん。怖気づいたのかね?」
凛夏は無言でうなずいた。
……ちっ、どうとでもなれ!
「よっしゃ! いつでもいいっすよ!」
頬を二度叩いて気合を入れ、俺は勝負に臨んだ。
「いくぞ! ジャーンケーン……」
凛夏が上を見た。
「パー!!」
俺はパーを出した。
チャールズは……グー。
「おっしゃあああああああ!!!!」
俺は勝った。
「な、何……!? ジャンケンのヒカちゃんと呼ばれた私がこんなド素人に負けるとは……」
「約束っすよ! チャールズが手形にチ●ポを当ててくださいよ!」
「……くっ。や、約束は約束だ……」
チャールズはがっくりとうなだれながら、ズボンを脱いだ。
「凛夏、葵姫たん、見るなよ」
俺は二人とともに数歩離れて後ろを向いた。
「チ・●・ポ! チ・●・ポ!」
「チ・●・ポ! あそーれ、チ・●・ポ!」
観光客たちから雨のようなチ●ポコールが浴びせられる。
うーむ。アメリカ、恐ろしい国よ……。
「わいの生き様、見さらせェーーーッ!」
チャールズの叫び声が響く。
続いて周囲が大きくどよめき、盛大な拍手に包まれた。
「やったのか?」
後ろを振り向くと、ズボンを履くチャールズと、ヘントンのパネルが音を立てて沈んでいく光景が目に入った。
「ち、地下室……?」
「そう、この地下に秘密のアジトがあるのだ。降りるぞ」
チャールズは吹っ切れた様子でハシゴを下っていった。
葵姫たんも続いていく。
観光客たちは歓声を上げながらパシャパシャと写真を撮り続ける。
どこが秘密のアジトだよ。
ヌイッターで世界中に拡散されてるぞ、きっと。
「凡ちゃん、恥ずかしいよお」
「……顔を隠せ、映らねーように降りるぞ」
「もう、本当にヤダ……」
俺たちはマスコミに追われる犯人の気持ちでハシゴに足をかけた。
……はっ!
しまった、チャールズめ……あいつ葵姫たんのパンツ見放題だったんじゃねえの!?
くっそー、やられた!
仕方ねえ、不本意だがちょっとくらいは元をとっておくか……。
「凛夏、俺が先に下りるぞ」
「ダメ」
「なんでだよ」
「絶対にダメ」
凛夏は俺をはねのけてハシゴを下りていった。
くそっ! どいつもこいつも……。
好奇の目にさらされながら、しぶしぶ俺もハシゴに手をかけた。
「ワーイ! オラモ、ツイテクデ」
「こら、来るんじゃねー」
好奇心旺盛な野次馬を追い払い、数段下ったところで天井のパネルが音を立てて閉じた。
真っ暗になってしまい、俺は足を踏み外して落ちた。
ドサッ。
「あいてて……」
思っていたより高くなくて良かった。
地下二階くらいか?
野次馬に時間をとられたせいか、凛夏を巻き込まずに済んだようだ。
真っ暗で何も見えない。
「チャールズ! 葵姫たん! 凛夏! どこ行った?」
俺の声は反響しながら奥へと消えていった。
「凡ちゃん、こっちだってー」
凛夏の声が山彦のように帰ってくる。
どうやら、トンネル状の通路になっているらしい。
「灯りくらいつけろよ……ったく」
真っ暗で、湿度がやたら高い。
水はけが悪いのか、時々水溜りを踏んでしまって嫌な気分になる。
「おっと」
何かにぶつかった。
「凡ちゃん?」
――凛夏か。
「立ち止まるなよ。前見えねーんだから」
「怖いから一緒に行こ?」
「ヤダ」
「~~~~~っ!!!」
「いてててててっ! つねるなっ!」
「君たち、イチャつくのはもう少し我慢してくれんかね?」
チャールズの言葉に、二人の反論がハモる。
「イチャついてねー!」
「イチャついてません!」
ったく、葵姫たんが聞いてるってのに、チャールズの気の利かなさは何なんだ。
まさか、いい歳こいて葵姫たんを狙ってるんじゃねーだろーな。
娘ほどの年齢に手を出そうとは、ひでえロリコンだ。
今度からそれとなく警戒しておかねえとな……。
少し進むと、灯りがついた。
「うわっ」
しばらく暗闇の中にいたので、ひどくまぶしく感じられた。
目が慣れてきて、ようやくそれが天井に取り付けられた電灯だったとわかる。
目の前には巨大な扉がそびえていた。
道幅十メートル程度のトンネルの奥に、壁のように巨大な扉。
脇に取り付けられたボタンをチャールズが押した。
ピンポーン……。
静寂に響くチャイム音が妙に不気味だ。
『はーい、どちら様?』
天井に備え付けられたスピーカーから、中年女性の声が響き渡った。
「あ、NHJの山田と申します。軍平さんいらっしゃいますか?」
『ちょっと待ってくださいねー。軍平ー! 軍平ー! 山田さんがいらしたわよー』
しばらくすると、低い音を立てて巨大な扉が左右にスライドした。
扉の奥には薄暗い廊下が続いていた。赤色の非常灯が静かに道を照らしていた。
『どうぞ上がってちょうだい』
俺たちは顔を見合わせた。
誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。
チャールズが無言でうなずいてから、「お邪魔します」と口にだし、奥へ進んだ。
俺たちも、ゆっくりとそれに続いた。




