第三十四話 チャンスは一瞬
「チャールズ! 葵姫たん! ヘルプミー!!」
俺は人ごみに向かって叫んだ。
「ドコ見テルンダ、ボーイ!!」
JJが、跳んだ。
巨体からは想像もつかない凄まじい瞬発力だ。
「あぶねっ!」
絶対時間のお陰で際どいところでタックルをかわす。
勢いあまったJJは野次馬の群れに突っ込んだ。
「オーノー!?」
「キャー!!」
……おい! 誰か死んでないだろうな!?
もしも死傷者が出て『事件のきっかけはJJのタトゥーを笑った日本人』なんて報道されたらシャレにならんぞ!
野次馬に駆け寄る。
JJのタックルの衝撃波で髪が巻き上げられたらしく、地面には大量の毛髪。そしてハゲ頭を押さえて英語でなきわめく観光客たち。
なんて残酷な……!
俺のせいで罪のない人たちが禿げてしまうなんて……。
JJがようやく起き上がった。
俺のことしか見えていないらしく、顔を真っ赤にして怒号を上げた。
「ファッキュー!! ボーイ!!」
この野郎、逆ギレしてやがる。
さすがの俺もプツンと来た。
俺には絶対時間がある。
敵を倒す能力はないが、注意さえ怠らなければ絶対に負けない。
これだけ騒ぎが大きくなれば葵姫たんやチャールズが助けに来てくれるはずだ。
その前に俺はこいつを挑発し、怒り狂わせ、悔しがらせてやる。
心の勝負では俺が勝つのだ!!
「カマーン! JJ」
絞り出すように声を上げた。
クイクイ、と指を曲げて挑発する。
「ファッキューー!!」
ほほー、怒ってる。
ファッキューって『殺す』って意味だよな。
えーと『殺すのは俺の台詞だ!』ってなんて言うんだっけ。
『ミー・トゥー』が『私もです』みたいな意味だったはず……ってことは、こうか。
「ファックミー! JJ!」
俺は自分が出せる最大の声を上げた。
野次馬たちの顔色が変わったような気がするが、気のせいだろう。
「カマーン!」
「ヌオオオオッ!!」
JJはロケットのように加速する。
あいかわらずの瞬発力だ。
振りかぶって……右ストレート。
絶対時間が発動し、俺は腕の外側に身体をひねってかわす。
「シット!?」
異物とは違って人間の動きなら予測はしやすい。
余裕。
「コノチンポヤロー!」
身体を回転させ裏拳を放つJJ。
余裕でお見通しだっての。
しゃがんでかわす。
……お、隙だらけ!
だったら攻撃してギャラリーの皆様に俺のかっこいいところを見せてやろう!
くらえ、俺様の渾身の拳を!
「ファァァァックミィィィィィ!!!!」
わき腹にフックをぶちこむ。
全体重をかけて殴ったんだ、さすがにちょっとは痛いだろ。
……あれ?
手首に何かが……ゲッ、JJに腕を掴まれてる!?
「HAHAHAHAHA! ソンナンジャ、オレハタオセネー!」
「うっ!」
もう片方の巨大な手が俺の身体を握り締めた。
「マジかよっ!?」
ていうかどんだけ手がでけえんだよ!
「やめろ! 俺は猫じゃらしじゃねーんだぞ――うおおっっ!?」
大根を引っこ抜くように俺の身体をやすやすと持ち上げられた。
に、人間じゃねえ!
「トートー、ツカマエタゾ、ボーイ……」
ヤツが高く上げた左腕から俺はJJの頭を見下ろしていた。
「ちょっ、タンマやで! それは汚いっす! は、放せえ!!」
抜け出そうと必死にあがく。
JJの力は物凄く強く、抜けられそうにない。
「お願い! ゆ、許してっ!! なんでもしますから!」
「サラバダ。ニンジャボーイ……!」
にっこり笑いながら右腕をゆっくり引くJJ。
隆起した筋肉が死の宣告のようにうごめいた。
ちょっ!
マジか!? 殺る気すか!?
タトゥーを笑っただけで!?
マジで!? 本当に!? そんなんあり!?
「やめてください! 土下座しますから!!」
「ダ~~メ」
つーか、何が絶対時間だよ……!
身動きとれなくなったら全く役に立たねーじゃねーか!!
無敵だと思ってたぼくがバカでした!
「許して! お願い! JJイケメン! グッドマッスル!」
「ダ~~メ」
も、もうダメだ。
あのパワーでこのままぶん殴られたら首ごと吹っ飛ばされてしまうに違いない。
「凡ちゃん!!」
……こ、この声は!
「チャールズ! 葵姫さん! こっちです、凡ちゃんを助けて!!」
野次馬の中に見えるあの姿は……!
「リンポコォォォ!!」
うおおお……今回ばかりはお前は俺の女神だ!
よく助けに来てくれた!
葵姫たんはどこだ……いた!
五十メートルほど先の人ごみの中に葵姫たんとチャールズの姿を見つける。
「マイエンジェル!! 早くこいつをぶっ殺してくれえ!!」
熱烈なラブコールを葵姫たんに送る――しかしその直後、
「チョイエエエエエエ!!!」
JJが叫んだ。
マジかよ!!?
絶対時間が周囲の時空を捻じ曲げる。
ゆっくりと眼前に迫る拳。
指に生えた毛まで見分けられる。
「うおおお!」
俺は必死にあがいた。
しかし、きつく身体を締め付ける巨大な手のひらからは逃げられそうにない。
足で左腕を蹴りあげようとしたけれど、角度的に届かない。
チャールズは? 何してるんだよあの野郎!
――懐に手を入れている?
拳銃を抜くのが遅いんだよ!
葵姫たんはリーチが短いんだから、テメーがやらねーでどうすんだよ!
あと二秒早く撃てアホー!!!
葵姫たんは、今まで見せたことのない意外な表情で俺を見ていた。
目を丸くしている葵姫たん……かわいい!
だが、すまない……どうやら俺はここまでだ。
葵姫たんの愛に応えることができなくて……ごめん。
凛夏は……なんで転んでるんだあいつは。
焦り過ぎだ、アホが。
せめて後ろ向きに転んでくれ。最後にパンツくらい拝ませろ!
貴様にはそのくらいしか存在価値はないと言うのに!
徐々に、拳が迫りくる!
「くそっ!」
ヤツの太い指を振り払おうとしても、ガッチリ押さえられていて一ミリも動かすことができない。
今ほど絶対時間を恨んだことはない。
絶対に死ぬとわかっているのに、亀のようにゆっくりと死刑台に上る気分を味わわなくちゃならないこの最悪の気分。
くそー!
放せ、放せっ!!
――そうだ!
どんなに暴れても、振りほどくのは無理。
しかし、タイミング良くヤツの拳にあてられれば、もしかしたら拳の軌道を逸らせられるかも……。
失敗したら脚を折られるのは間違いない。
タイミングと角度だ。
一か八か、やるしかない。
ヤツの拳が迫る。
左上だ。左上に蹴り上げるんだ!
まだだ、まだ早い――!
空振りしたらおしまいだ。
もう少し、あと少し――。
三、二、一……
今だ!!!




