第三十三話 ジョンソン・オブ・ジョイトイ
窓の外は変わり映えのしない景色が続いていた。
「ふああ……」
退屈すると一瞬で眠くなるのが俺の特殊技能だ。
ある意味、稀能と言ってもいい。
子供の頃は授業中に寝るのは漫画だけと思っていたが、中学にあがった頃からこの能力に開花し、熟睡できるようになったのだ。
今ではすべての授業で眠っている。おそらく大学に入学してから、授業中に起きていた時間はトータルで一時間に満たないだろう。
そんな俺に狭苦しい車の中で起き続けていろというのは無茶な話だ。
……ああ、眠い……。
「凡ちゃん、見てみて! あそこの丘にハリウッドって描いてあるでしょ? あれはね……」
「うるせー……」
さっきからこの調子だ。
俺が眠ろうとすると凛夏がタイミングよく邪魔してきやがる。
本当に目障りな……女だ。
乳は目障りになれないくらい……小せえ……く、せに……あ、このまどろみ気持ちい……。
「起きてよっ!」
パァンッ!
発砲音のような乾いた音が車内に響く。
「……痛えだろうが」
「着いたって」
頬を膨らませプイとそっぽを向く凛夏。
こいつアメリカに行ってから頭のおかしさが加速したらしい。
チャールズと葵姫たんは無言で車を降りた。
なんだあ……?
どこに着いたんだ? ここがエリア5.1?
「ほら、早く降りてってば」
「はいはい、わかりましたから引っ張るなっつーの」
眠気を押さえ込みながら、いやいや車を降りる。
「……」
さすがの俺でもここがエリア5.1ではないことはすぐにわかった。
片道二車線の道路の両側は店が立ち並び、観光客であふれていた。
ファーストフード、土産屋……どう見ても商店街のラインナップで、秘密基地とは程遠い。
「葵姫たん、どこここ?」
「……」
彼女は無言で看板を指した。
「タイニーズ・シアター?」
何のこっちゃ。映画館があるのか?
「有名な観光地なのよ。バカデミー賞もここで授与式をやるんだって」
頼んでもないのに凛夏が解説を始める。
ありがたい話ではあるが、無知を他人に知られることを恐れる見栄っ張りの俺にとっては気分の良い話ではない。
「はいはい、わろすわろす」
適当にいなして、チャールズたちについていく。
うーん、それにしてもすげえな。
これがアメリカかあ。
うおっ! なんだあいつ!
「おい、凛夏」
「えっ、なあに?」
何かちょっと嬉しそうな顔がムカつく。
別に貴様の話を聞きたいわけじゃねーからな。
単純に俺の発見を共有させてやろうと思って声をかけただけだ。
「……何よ、早く言ってよ」
「あいつ見てみろよ」
「ちょっと、人を指差すのはやめてよ……えっ!?」
俺が指したのは身長二メートルはあろうかというマッチョマン。
ドラゴンボールのパチモンみたいなピチピチのTシャツからは、倍くらいのサイズの筋肉がはみ出している。
ビグザムさんと同じくらいの筋肉量はあるだろう。
その男の腕に『肛門科』という日本語のタトゥーが入っていることに俺は気づいてしまったのだ。
「こ、こうも……えっ?」
凛夏は顔を赤らめ最後まで言わなかった。
「プププ……傑作だろ?」
「……わ、笑っちゃダメでしょ! 気を悪くしたら申し訳ないでしょ」
「いやいや、あんなタトゥー見せられた俺のほうが気ぃ悪くするっつーの。よーし、近くで写メ撮ってくるわ」
「やめなよっ!」
「うるせー、放せ!」
俺はマッチョマンの隣に行ってタトゥーを撮影した。
ちゃんと顔も入れてやらねーと……カシャッ。
……よし。
あとで葵姫たんに見せてやろっと。
さすがの葵姫たんでもこれ見たら笑うべ。
プププ……。
「ヘイ、ボーイ」
ビクッ!
こ、この声は……。
おそるおそる振り向くと、マッチョマンが腕を鳴らしながら俺を見下ろしていた。
「も、もしかして、お気に障ってしまいました……?」
「……ファックユー」
ちょい待て!
いきなりファックユーは気が早すぎだろ!
ここは気持ちよく帰っていただかなくては。
「あ、あのですね! えーと、ユーのタトゥー最高ね!」
「ホワット?」
「えー……ユア・タトゥー・イズ・クール! オーケー?」
マッチョマンはニッコリと笑った。
よ、よし。喜んでいただけたかしら。
「オマエ……ウソツキネ! ミーヲ、ワラッタ。チガウカ?」
「ノ、ノーーー! め、滅相もございません!」
「ホワッツ・ザ・ミーニン?」
マッチョマンは自分の腕を指しながら言う。
こめかみがピクピクしている。
……まさか、意味もわからずに彫ってしまったのかしら?
「え、えーと。ジャパニーズ」
「シットルヨ。ドンナイミネ?」
「え、えーと……肛門科なんですけどね? わ、わかります?」
「ワカルワケネーダロ! ファックユー!!!」
ひいいっ!
「ちょ、タンマタンマ! えと……GOD! GOD!」
「ウソツクナ……! ホントノコトイワナイト、コロスネ……」
「え、えと……その、あのですね……あ、Anus Department……??」
「チョアアアアアアアアア!!!!!」
マッチョマンが奇声を上げた直後、目の前に何かが飛んできた。
「うおッ!!!?」
拳だ!
絶対時間が発動。
おかげで猛スピードで眼前に迫った拳をギリギリでかわすことができた。
マッチョマンの拳はそのまま近くに停車していた車を撃ち抜いた。
……こいつのパンチは一撃でも食らうと致命傷ってことか。
ま、マジかよ……!?
「キャー!」
誰かが悲鳴を上げ、わらわらと集まってきた野次馬が俺たちを取り囲んだ。
見失ってしまったのか、チャールズや葵姫たんの姿はない。あと貧乳も。
「ヘイ! ヤッチマエ! ニポンジン!」
「ファイトイッパーツ」
「アイムゲイボーイ!」
歓声に気を良くしたのか、マッチョマンは口元に笑みを浮かべた。
「ヨクヨケタナ。ダケド、ツギハコロスヨ……ウオオオオオオ!」
「ちょ、ちょい待ってくださいよ! 誤解っす!」
「ダマレ。ハアアアアアア……!」
マッチョマンが息を吐くにつれ、ボコッ、ボコッとあちこちの筋肉が隆起し、彼のシルエットが大きく膨らませていく。
「ッシャアアア!!!」
ドラゴンボールのパクリTシャツがちぎれ飛んで上半身が露になった。
上半身には銃創と思しき傷痕があちこちに刻まれている。
「JJ、ヤッチマエー!」
「ニポンジンモガンバレー」
外野は無責任に盛り上がる。
JJってなんだよ?
頼むから勘弁してくれよ!
「あ、アイムソーリー!!! 許してください! 出来心だったんです!!」
「モウユルサナイ……! メイドノミヤゲニ、オボエトケ……!」
「冥途の土産は間に合ってますから、お許しを……」
「オレノナハ、ジョンソン・オブ・ジョイトイ」
「い、いい名前ですね。じょ、ジョンソンさん、お許しを……!」
「ヒトハオレヲ『JJ』ト、ヨブ……ハァーーーッ!!」
「類は友を呼ぶ」という俺の大嫌いな言葉がある。
どうして俺の前にはこんなヤツしか現れないのか。
俺はこんなのと同類なのだろうか。
神を呪っても俺が生命の危機に置かれている事実は変わらない。
万事休すだ。
「死ヌ覚悟はデキタカナ、ボーイ」
巨人のように膨れ上がったJJが、シャドウボクシングしながら俺に近づいてきた。




