第三十二話 入国審査
空港に着いた俺を待っていたのは入国審査の厚い壁。
「オー、スズキサン。アンタ、ナニシニアメリカキタノ? カンコウ? ベンキョー?」
「え? えーと、観光ってことになるんすかね、一応」
「ホウ。アンタ、タイザイキカンハ?」
「いやー、とりあえず一か月くらいっすかね」
「ホウ。ドコニトマルノ?」
Mr.ビーンによく似た審査官はじろじろと俺を見ながら、次々と質問を浴びせてくる。
「とりあえず今日はロサンゼルスに」
「ホウ。アンタ、トイレイッタトキ、ヒトリデフケル?」
「……まあ、人並みには」
なんだこの野郎。
「ホウ。アンタオトコトオンナ、ドッチニコーフンスル?」
「女に決まってんすけど」
「ホウ。アンタ、マチナカデチンチンダシタリシナイ?」
「……出さねーけど?」
だんだんイライラしてきた。
「ホウ。アナタノアタマ、オカシーネ」
「は?」
「コーンナ、パスポートデ、ニュウコクデキルワケネーダロ。コノツルッパゲガ!」
審査官は俺のパスポートを勢いよく床にたたきつけた。
堪忍袋の尾が切れたり!!
「この野郎ーーーっ!! うぼァ」
殴りかかったらいい感じにカウンターで吹っ飛ばされました。
ダメだ、外人に勝てるわけねー。
「アンタ、ナニスルカ? タイホスルデ」
「やってみろこの野郎!」
「オー! ナマリダマ、ブチコンデヤルネ! アスタ・ラ・ビスタ、ベイベー!」
「あー、ストップストップ!」
ビーンが腰の拳銃を抜いたところでチャールズが慌てて飛んできた。
「放してくれ、チャールズ! こいつ俺のことなめてるんだ!」
「落ち着け鈴木くん! なめてるのは君のほうだ!」
「……は?」
「よく見たまえ。君のパスポートは本物ではない」
床に落ちたパスポートをチャールズが指した。
「……なんだこりゃ?」
パスポートはよく見るとコピー用紙のようにペラペラだった。
「いやー、二時間で君のパスポートを用意するのは無理だったからね。試しにコピー機で作ってみたんだが、やはり無理だったか。すまんすまん」
コピー機……?
「じゃあ、俺のパスポートは?」
「すまんが、もう一度日本に戻ってやり直してもらってもいいかね?」
「はあ?」
「すまん!! よろしく頼むよ」
「……いや、ちょっと、何とかならねーんすか?」
「国内ならともかく、アメリカじゃ無理だなあ。ハッハッハ」
「……!」
俺はチャールズを強く睨み付けた。
「何だね? その目は。葵姫くんと一緒にミッションをこなしたいのではなかったのかね?」
「……くっ!」
卑怯だ。
チャールズがまさかこんなイジワルをしてくるなんて!
「嫌ならいいんだよ。私が葵姫くん、葉月くんと三人でミッションをこなすだけだ。こなすのはミッションだけとは限らんがね……」
なんて野郎だ!
葵姫たんを毒牙にかけようというのか……!
「どうするんだね? 君は日本でビグザムくんとお留守番をするか。おとなしく日本からやり直して、私たちとアメリカ旅行~ポロリもあるよ~を楽しむか。二つにひとつだ」
くそっ……!
「……ポロリでお願いします」
俺は唇を噛んだ。
「声が小さいよ、君。もう少し大きな声で言ってくれたまえ」
「ポ・ロ・リ・で!! お願いします!!!」
「……うむ。よろしい」
チャールズはご満悦だ。
「おい、そこのMr.ビーンに似ている君。そういうわけでこのバカは日本に強制送還するから、よろしく頼むよ」
「アイヨー! コッチキヤガレ、コノスットコドッコイ!」
「チャールズ、覚えてろよチャールズ……!」
……ん?
ゲートの向こうに凛夏の姿が見えた。
心配そうな顔でこちらを見ていた。
葵姫たんはどこだ、葵姫たんは……! いた!
凛夏の後ろだ。
凛夏のツインテールが邪魔だ!
どけ、もうちょい右、右に動け!
バカ、逆だよ! 葵姫たんが見えねーよ!!
ビーンに連行されながら未練がましく後ろを見る俺が最後に見たのは、『あっかんべー』と舌を出す凛夏の姿だった――。
――と、ここまでが先月の話。
苦しい試練とパスポート発行を乗り越え、俺はアメリカへ戻ってきたのだ。
ロサンゼルス空港に降り立つと同時に先月の屈辱が脳裏によみがえった。
この数週間、凛夏からは毎日LIMEが届いていたが、観光名所の写真ばかりでムカついたので最近は既読をつけていない。
俺が一人で発電に勤しんでいた頃、奴らは観光を楽しんでいやがったのだ!
「ヘイ、ソコノチンポヤロー! パスポートヲダシナ!」
入国審査官が俺の番を告げた。
……こいつは。
奇遇にもあの日と同じ男の姿を見つけ、俺は少し嬉しくなる。
久しぶりだな、Mr.ビーン。
「ハヤクシロ、テメーダ、チンポヤロー! タイムイズマネー!」
……失礼な審査官だぜ。
はるばると太平洋を越えて、俺がアメリカを救いに来てやったというのに。
「おらよ!」
本物のパスポートを叩きつける。これで文句ねえだろ。
「コ、コレハ……ホンモノノ、パスポート!」
「目的は観光だ。滞在期間はわからん。行っていいな?」
「ウ、ウム……アメリカヘ、ヨーコソー!」
「ご苦労」
とうとう、俺はゲートを越え、ロサンゼルスに地に降り立った。
「ハヤクパスポートヲダセ、チンポヤロー!」
ビーンが元気に仕事する声を背に感じながら、俺は進んだ。
空港を出ると、素晴らしい青空とからっとした空気が俺を包んだ。
これがアメリカか――。
とうとう来た。
チャールズを倒し、俺はこの地で葵姫たんと結ばれるのだ。
「さて、まずはどうすっかな」
大通りに出て、左右を見渡す。
日本では考えられないほど道が広い。
「へえ……すげえな」
何より俺の心を震わせたのは、道端に生えている背の高い木だ。
細い幹のごく先端にのみ歯が生えている。
ナメック星に生えているアジッサの木そっくりだ。
まさか実在していたとは。
思わずスマホを取り出して写真を撮りまくる。
こりゃすげーぞ、自慢できる。
……誰に?
俺には友達いねーし……誰に自慢すりゃいいんだろ。
そんなことを考えていたら、後ろからなじみのある声が聞こえてきた。
「あれはパームツリーだよ。凡ちゃん」
振り返ると凛夏が手を振っていた。
「えへへ。ひさしぶり! 待ってたんだからね」
「あれ、凛夏? 何してんだおまえ」
「何って……凡ちゃんを迎えに来たの」
「今日俺が到着することをよく知ってたな」
「ビグザムさんがメールで教えてくれたの」
そうだったのか。
「じゃあ、チャールズも知ってるのか?」
「もちろん、ほら」
凛夏が指した車の運転席でチャールズが手を振った。
助手席には葵姫たんが座ってる。
あの野郎!!!
いくらアメリカが開放的だからって、まさか車の中でことに及んだんじゃねえだろうな!!?
許せん!
「ちょ、ちょっと待って!」
「邪魔するな!」
「チャールズさんに何する気よ!!? 言っとくけど、私たち三人、何ひとつやましい関係じゃないからね!?」
何……?
「おまえもチャールズに洗脳されたのかね?」
あの野郎、女なら何でもいいってのか。
マニアックな野郎だ――うごふっ!!!
「そういう関係じゃないから!!」
……いてて、久々にこいつのビンタをくらった気がする。
「凡ちゃんが来るまでの間、私たちだって情報を集めてたんだから」
「情報?」
「そ! エリア5.1に関する証言もあったよ。やっぱりあそこは黒だと思う」
う……こいつら、ちゃんと仕事してやがったのか。
「報告したのに、LIME見ないからだよ! ちゃんと見てよね!」
「す、すまん……」
そっか……俺はチャールズのことも誤解してたのかもしれないな。
入国できなかった俺を楽しい気分にさせるためにわざと明るく振る舞ったのかもしれないし。
うん、やっぱ人を疑っちゃいけないよな。
「ヘイ! ココハ、チューシャキンシダヨ! ジョーダンハ、カオダケニシトキナー、チンポヤローガ!」
やべっ。警官だ。
「凡ちゃーん! ここ駐車禁止なんだって。早く乗って」
はいはい、わかりましたよっと。
「チャールズ、お待たせっす。葵姫たん、新婚旅行の予行練習ってことで、アメリカでもよろしくな!」
俺たちを載せた車はアメリカの大地を走り始めた。




