第二十八話 EBE -イーバ-
「いただきます!」
仮眠室を出た俺たちは食堂で遅い朝食をとった。
昨日の夜から何も口にしていないので、腹ペコだ!
食堂で出た食事は彩り鮮やかで、見た目も味もこれまで食べたことがないほど凄まじいほどひどさだった。
調理人は使用色が多ければ多いほど優れた料理だという偏執的な思い込みでもあるのか、まるで前衛芸術のような朝食だ。
目玉焼きの黄身は蛍光ピンクだし、イクラかと思って口にした赤い物体は納豆だった。
焼き鮭の切り身なんてパープルとグリーンのマジョーラカラーで塗装されていてわざとやっているとしか思えない。
メロンソーダのオマージュのつもりか知らないが、味噌汁にはアイスが乗っていた。しかも七味をふりかけてある。
パンにぶっかけられた白ジャムが良心的に見えてくるレベルだった。
いくら腹ペコでもこんなもの食べられない。
「どうした鈴木くん。具合が悪いのかね」
チャールズはライスにマヨネーズをかけて食べている。マヨをひねり出すたびに「ブリッ」だの「ビチッ」だの聞こえて非常に不快だ。
「……ええ、ちょっと信仰上の理由で食べられないものが含まれていまして」
あてつけのように言うと、チャールズは驚いた様子で
「それは失礼した。遠慮せず言ってくれれば良かったのに。食べられないのはどれだね?」と聞いてくれた。
「全部……っすかね。なんというか、もうちょいノーマルというか、ビギナー向けの食べ物ないすか?」
「ビギナー? 何のことを言ってるんだね?」
……ダメだ、チャールズにはこれが普通なのかもしれない。
「いや、なんでもないっす。ご馳走様でした」
俺は食器をテーブルの隅にどけた。
「あ、そのまま食べてていいっすよ。ここ、どこなんすか?」
「ここは米軍基地だ」
「在日米軍(基地っすか。どうりで異国情緒たっぷりのメシが出るわけっすね」
「違う。米軍基地だ」
米軍基地? 米軍でなくて?
「チャールズ、知らないんすか? 米の軍と書いて『べいぐん』って読むんすよ。アメリカ軍のことっすよ」
「違うと言っているだろう。ここは米軍基地だ」
やっぱ夏はダメだ。
あのチャールズですら暑さでこのザマだ。
……待てよ、チャールズは初対面の頃から割とやばい感じだったな。本気で米軍だと思い込んでいるのかもしれねー。
下手に刺激すると何するかわからないし、念のため話をあわせておくか。
「あー、思い出しました。米軍っすね、大丈夫っす。社会科で習ったの忘れてましたよ」
ちょっとしらじらしかったかな?
「何を言ってるんだ鈴木くん。米軍は学校では習わんはずだぞ。精密検査を受けてみたほうがいいのでは?」
ちくしょーー!!
豚汁にパイ生地を浸けて食べるような人種に言われたくねーー!
いかん、いかん。このままじゃ話が進まない。
まずは俺の置かれた状況を把握しないとね。
「ちょ、ちょっと勘違いしてたみたいっす。習わないっすよね、ハハハ……」
「うむ。秘密組織だからな」
「えっ」
「米軍というのは、地球外知的生命体の調査と対策を専門とする国営の秘密組織だ。NHJとは非常に関係が深い」
「子宮外恥的性鳴体……? 何の話っすか?」
「早い話が宇宙人の専門家だ」
宇宙人!?
「何言ってるんすか、チャールズも人が悪い。宇宙人ってアレでしょ? 火星にいっぱいいるタコみたいなヤツ。そんなの信じてるヤツ、いませんよ」
「意外と頭が固いんだな。異物のような超自然的存在と接触しながら、宇宙人の存在は信じないというのかね?」
「そりゃそうっすよ!」
宇宙人なんて……馬鹿馬鹿しい。
そんなものが実在しないなんてことは、矢追純一だって知っている。
「なるほど。どうして君をここに連れてきたのかは一旦置いて、君には地球が置かれている現状について理解してもらう必要がありそうだ」
チャールズに連れられ俺は資料室へ移動した
エスカレーターで地下に降り突き当たりにある巨大な部屋が資料室だった。
「すげえ……!」
部屋へ足を踏み入れてすぐ、その圧倒的な蔵書量に声を上げてしまった。
奥がかすんで見えるほど広大な部屋は、床から天井まで本で埋め尽くされていた。
まるで図書館だ。
「これ……全部宇宙人の本なんすか?」
正直甘くみていた。
米軍なんて聞いたことないし、役人の天下り用の無意味な特殊法人かと思ったが、想像に反してガチな組織らしい。
この量になると宇宙人に関する世界中の文献を網羅してるのでは……?
「どーもーっ! こっからはあたしが説明するよっ!」
何だ、このいやに陽気な声は。
本棚の陰からひょこっと誰かが姿を現した。
真っ黒に日焼けした肌。白黒反転したパンダみたいな濃いメイク。露出の高いワンピースに、派手な装飾の施されたネイル。
秘密組織の職員には似つかわしくない、推定年齢八〇歳程度の老婆だった。
「化け物ッ!?」
チャールズは懐から銃を抜いて化け物を撃った。
パンッ! パパンッ!
しかし銃弾は化け物の身体を逸れて飛んでいった。
化け物はにっこり笑ってチャールズの両手を握った。
「やだ~、チャールズったら、あたしですよ! あたし。久しぶりねっ」
「……あっ、く、栗本さんか。す、すまないつい油断して……」
「研究中のローレンツ・バリアを使ってなかったら死んじゃうところだったわよ。気をつけてね!」
「ハハハ。もうそろそろ現世から引退してもいいんじゃないかね」
「もーう、チャールズったらひどいんだからっ!」
「鈴木くん。紹介しよう、彼女は資料室の主、栗本さんだ」
アルコールで両手を消毒しながらチャールズが紹介してくれた。
「どもどもっ! 栗本ウメ、一七七歳で~す! 栗ちゃんって呼んでね!」
栗本さんはチャールズにしたように俺の手をとる。
「はぁ……ども……さすがに年齢は嘘ですよね?」
「それがねっ! 本当なのよっ! 米軍には地球外からもたらされた高度なテクノロジーがあるの。あたしは若返りの技術の被験者もやってるのよっ」
マジかよ……。
アイコンタクトでチャールズに言葉を送る。
(この人やばいんじゃないっすか? 医務室はどこっすか?)
(気持ちはわかるが彼女の言っていることは真実だ)
なるほど。ガチか……。
一七七歳……普通に幕末に生きてんじゃねえか。異世界の葵姫たんが聞いたら喜びそうだな。
「いやー、一七七歳っすか。JKの十人分じゃないっすか。ハハハ」
「わかる~? 可愛さも十倍ってやつぽよ♪」
栗本さんは頬に指をあて、ぶりっこスマイルをしやがった。
「うるァーーーッッ!!」
反射的に殴りかかる!
……が、直前でチャールズが止めてくれた。
「鈴木くん、男ならどんな事情があっても自分から暴力はふるってはいかんよ」
「そ、そうっすよね。す、すいません、栗本さん。ついムカついちゃって……」
「いいのよいいのよ~! 男の子ってそうやって大きくなっていくんだからね♪」
チャールズの言う通りだ。
これまで俺は暴力的な行動に出るのは、人としてもっとも恥ずかしい行為だと思っていた。
どんなに恥ずかしい生き方をしても、暴力だけはふるわないよう心に誓ってたのに。
まさか理性より先に手が出てしまうとは……深く反省しねえと。
さてさて、くだらねー話が長引いちゃったからな。
本題に入るんだったっけ。
「栗本さん、彼に地球の現状を教えたいと思っている。所員向けの教育ビデオを用意してもらっていいか?」
「いいわよ~ん。奥の本棚のところに扉があるでしょ。視聴スペースがあるから、中で待っててくれる?」
「ういっす。オナシャス」
しかしとてつもない蔵書量だ。
歩きながら背表紙を見るだけでも興味深い。
『第三種接近遭遇報告書』『ロズウェル事件調査報告書』『第五の力とMMR』『一般相対性理論と超紐パン理論』『マンテル大尉の空飛ぶ体位』――。
堅苦しい本ばかりかと思うと、子供向けの本まで並んでいる。
『うちゅうのひみつ』『宇宙人ってほんとにいるの?』『UFOお下劣大百科』『本当にあった不思議な事件 UFO編』『矢追ミューティレーション』
日本政府がこんなに金をかけて研究していたなんてびっくりだなあ。
あれ、こっちの本棚は女の裸ばかりだが……。
「これって人間型宇宙人の目撃写真すか? セクシーっすね」
と聞くと
「いや、ここから奥はエロ本コーナーだろう」とチャールズ。
は? エロ本コーナー?
「まあ、しょせん税金だからな。去年来た時は、蔵書の八割くらいはエロ本だったと記憶している」
「……はあ」
前言撤回。
とりあえず貸出可能かどうかだけあとで確認してみよう。
「鈴木くん、この中だ」
「うい」
『視聴覚室』と書かれた部屋に、俺は入った。
そこで想像を超える出来事が待っていることを知りもせず――。




