第二十四話 チャンバも走る朧月夜
二階へ着くと、通路を埋め尽くす瓦礫の山が俺を温かく迎えてくれた。
何だこりゃ。
崩れた壁、ロッカー、破壊されたテーブルなどは一階と同じだが、新キャラ『ぼろぼろに腐った布団』が加わってより悲惨な状況だ。
「汚ぇ……」
二階の探索はやめて、このまま三階へ上ることにしよう。
階段を上り始めると、違和感に気づいた。
――足場がいい?
さっきまではガラスや砂が足元を埋め尽くしていたが、それらが急になくなったのだ(と言っても壁際に寄せてあるだけだが)。
ひょっとすると、これは誰かが片付けたのではないか。
誰かとは?
そりゃ俺の目的に決まってる(多分)。
何をするために自分がここにいるのかすらわからないけど、ワクワクしてきた。
この拳銃と俺の絶対時間をあわせれば攻守最強の戦士の出来上がりじゃん。
――俺は強い!
化け物だろうが何だろうが出てきやがれ!
全能感を感じながら踊り場を過ぎると、視界の隅で何かが動いた。
「っ!」
何だ!!?
足を止め銃を構える!
…………。
何だ、何がいる!?
照準の先は、漆黒。
動くものは何もない。
既に視界から消え去ってしまったのか、それとも相手は俺の視界にとどまったまま息を潜めているのかすらわからない。
目でわからないのなら、耳で……と思ったがメトロノームのように猛スピードでリズムを刻む自分の鼓動が邪魔でしょうがない。
さっきまでの自信はどこへいったのやら、心の中は不安と緊張でいっぱいだった。
グリップを握る手が汗ばむ。
――決めた。
次に何か見えたら撃つ。次に何か見えたら撃つ。次に何か見えたら撃つ。次に何か見えたら撃つ。次に何か見えたら撃つ。次に何か見えたら撃つ……!
何分経ったのだろうか。
全身の感覚を研ぎ澄ませ、構えっぱなしの腕がしびれてきた頃、突然闇が蠢いた。
今だ!
俺は引き金を引く――が、弾は出ない。
ゲゲッ!?
慌てて銃を引き寄せて覗き込もうとすると、カメラのフラッシュを焚かれたように目の前が光って、腕に凄まじい衝撃が走った。
しまった!
銃身を撃たれたのだと理解した頃には時すでに遅し。
俺の手を放れた拳銃は宙を舞い、階下へと転がり落ちていった。
階上には何かが立っていた。
ちょうど踊り場の窓から差し込んだ月光が『それ』の足元を青白く照らす。
――ヒグマ?
それが第一印象だった。
全身を黒い毛に覆われた何かが立ち尽くしていた。
「DO UNMO DO DO DO……!」
低く、奇妙な声が響く。
直後に二度目のフラッシュ。
なんだ? 雷じゃないよな……と思った直後、俺とヤツの間で何かがキラッと光った。
ん?
「うおっ!?」
マトリックスばりに背をそらしてギリギリでかわし、そのまま尻もちをついてしまった。
パン!
一瞬遅れて音が響いた。
危ねー!
こいつ撃ってきやがった。
絶対時間が発動してくれたことと、月光が銃弾を照らしてくれたお陰で対応できたが、あと数秒気づかなかったら撃ち抜かれていたかもしれねー
。
危ねーなー!
っつーか、どうして銃なんて……こいつ動物じゃねーのかよ!?
階上の影が逃げ出した。
おっ、あの野郎、俺の反射神経にびびって逃げやがったな!?
言っておくが、逃げるヤツには強いぞ俺は!!
二段飛ばしで階段を駆け上がり、ヤツを追って廊下へ!
やはり三階は床が片付いてる。
奥まで走っていくヤツの後姿は、全身をびっしりと毛に覆われていた。
……人間じゃないのか?
人間にはあんなに長い毛は生えていない。
そして頭部がツルツルだということも確認できた。
河童の類か?
疑問を胸に抱きながら廊下を走っていく。
いくつか部屋を越えたところで奴は廊下を右に曲がった。
俺も続いて右へ曲がるが……いない!?
今度の廊下は短めで、すぐに突き当たっていた。
天井の近くに窓がついていたが、高すぎてあそこから外に出たとは考えにくい。
左側には男子トイレと女子トイレ。
右側には給湯室のようなもの(?)がある。
くそっ。
どこに逃げやがった。
どれかひとつを調べているうちに別の部屋から逃がしてしまうことだけは避けなくては。
警戒しながら総当たりしかないか……まずは右手の給湯室へ。
ここのシンクもメチャクチャに破壊されている。
ったく、廃墟でこういうものを壊す連中は何が楽しいんだろう。
警戒しながら部屋の中へ。
……ここにもめぼしいものは何もない。
ロッカーがひとつと、窓。
ロッカーは完全に潰れているし、中に隠れるのは無理だろう。
窓の外は……なんだこれ。
外に向かってでっかい布のトンネルみたいのが張られている。
あっ、避難用か?
これは外まで垂れ下がってるのか? さすがにこの中には――「うおっ!!?」
中から突然飛び出した異形の物体が、俺を地面に押し倒す。
ガラスの破片が背中に突き刺さり、痛い(つーか熱い)!!
しまった……不覚だ。
暗くてよく見えないが、さっきのヤツに違いない。
ヤツから両肩を完全に押さえつけられて動けねえ。
毛むくじゃらの化け物……暗くてよく見えないが口からは腐臭が漂っている。
イテテテ……すげえ力だ。
完全に馬乗りになられているし、どうすりゃいいんだ。
数時間前の凛夏の馬乗りが恋しくなってくるわ。
……なんてことを考えたら、少々ムクムクしてしまった。
「!?」
ヤツの力が緩んだ。
なんだかよくわからんが、チャンス!
すまん! 潰す気でいくぜ!!
ヤツの股間を思い切り蹴りあげる!
「UNMOーーーーッッ!」
一瞬宙に浮いたヤツは、叫び声をあげて後ろにひっくり返った。
「手こずらせやがって……!」
起き上がった俺はヤツの急所にもう一発蹴りをお見舞いすることにした。
一思いにやってやる!
「いくぜーーっ! これが俺のドライブシュートだ!!」
思い切り脚を振り上げ、撃ち抜こうとした瞬間、気づいた。
「っっ!?」
ギリギリのところで足を止めて再確認。
……やっぱり、見間違えじゃないな。この顔は。
タマタマを押さえながらもがくヤツの前にしゃがみ込んで、俺は聞いた。
「こんなところで何してるんだよ? ドクトル近藤」
首が痛いです




