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第二十話 死のテロリスト(中編)

 テリーを上手に操って、一人の被害者も出さずにこの場を収める。


 それが俺に与えられた使命だ。

 必ずやり遂げ、葵姫たんにめられてやる!

 そして彼女の男嫌いを慣れさせ、ゆくゆくはチューしてモミモミしてやるんだ!


 俺は軽いせき払いをしてマイクのスイッチを入れた。


「いいか、これからは私がリアルタイムで指示する。わかったな?」


 唾を呑み込み食い入るようにモニターを見つめる。

 テリーは注意深く周囲を観察しながら、マイクに向かってつぶやいた。


『ワカタヨ。ボス』


 よし、テリーは完全に俺をボスだと信じ込んでいるな。

 どう料理してやろうか。


 チャールズたちのいる場所に誘導し、ボロが出るように誘導するか。

 いや、それはリスキーだな。まずは武器を捨てさせないと。


「聞こえるか。指示を再開する。まずは武器を捨てろ。どこかに隠すんだ」


『ブキヲ? なんでヤネン?』


 まあ、そうですよね~。

 アドリブでやりきってみせるぞ!


 心臓がバクバク言う音をマイクが拾わないか心配になりながら


「私の指示に従えと言ったはずだ。急げ、すべてが水の泡だぞ」


『ミズのアワ~? ワタシ、水モッてなイヨ?』


 何を言ってるんだこいつは。

 この発言で二つのことを確信できた。


 まず、テリーは日本語への習熟度がそこまで高くないということ。

 そして、やはり彼はバカだということ。


 これなら何とかなりそうだ。


「急げ。ボブが上手くやっているのを貴様が無駄にしたいのか」


『ワカリまシタ』


 問題は武器をどこに捨てるかだ。というか、テリーはどんな武器を持っているのだろうか。

 ちょっと探りを入れてみよう。


「急いで武器を隠せ。できるか?」


『ハイ』


 テリーは背筋を伸ばして歩き出した。

 通路、エントランスホール、反対側の部屋――ネクタイに仕込まれたカメラと、彼の全身を確認できる監視カメラを交互に追っていく。

 中庭に出た彼は葉巻と一緒に何かを取り出し、植込みの中に投げ込んだ。

 監視カメラの設置されていない箇所だったので、テリーの主観のカメラでかろうじて確認できる程度だった。


「あれは――」


 葵姫たんの顔に一瞬動揺のようなものが走った。

「拳銃と小型爆弾」


「爆弾? ……やばいのか?」

 マイクを切って確認すると、俺を見て「大使館を粉々に吹き飛ばせる」とだけつぶやき、爆弾処理班を手配するようどこかに電話をかけた。


『カクシタヨ。イザトナッタら爆発デキルから、保険ニモナル』


「起爆装置は?」


『持テマス。安心シテクダッサイ』


 テリーがその気になったら自爆で建物ごと破壊できるってことか。

 爆弾処理班にすぐに解体してもらわないと。


 二階の廊下のカメラにはチャールズが大急ぎで何人かを階段に向かわせているのが映っていた。

 あのタキシードの連中は爆弾処理班か。


 やばいな、すぐにテリーを中庭から移動させないと。

 ここでチャールズたちと鉢合わせたら自爆されるに違いない。


「ご苦労。ではパーティー会場へ戻りたまえ。今すぐだ」

『オーケー、ボス』

「待て、さっきとは違うルートでだ。右のドアを使え」

『ハイ』


 ふう。

 通路の監視カメラに再びテリーが映った。

 それと同時にタキシードの連中が中庭へ出て行くのが見えた。


 よし。

 親指を立てると、葵姫たんも頷いて親指を立ててくれた。


 ヤッターーーーッ!


 やっぱ心が通じ合ってるじゃん!

 結婚式はいつにしよう! 仲人なこうどはチャールズか?

 新婚旅行はどこにする? ハワイでいいかな? ハワイハワイ!


 葵姫たんの視線は既にモニターに移っていた。

 本当に整った横顔ですこと。


 テリーはパーティー会場に戻ってきた。

 うーん、爆弾処理班と鉢合わせないよう一時しのぎでパーティー会場に誘導してしまったが、どうしよう。


 ここには大勢の人間がいるし、テリーはすでに武器を捨てている。

 いざという時は何とかなるだろうが……爆弾処理が心配だ。

 爆弾さえ処理できれば、本質的な意味でテリーは丸腰になる。

 そしたらチャールズに連絡し、取り押さえてもらえばいい。


 どのくらいかかるものなんだろう。

 俺にできるのは時間稼ぎのみ。


『ボス? どうスれば?』

「もう貴様はしゃべるな。わかったらせきをしろ」

『ウォッホン』

「よろしい。そこのテーブルからワインをとって飲め。赤ワインだ」

『オホン』

「これもすべて作戦の一部だから間違えるな。窓際のテーブルに行ってマッシュポテトを口にしろ。二番目のテーブルだ」


 指示通りのテーブルに行ってマッシュポテトを……あれ!?

 中年紳士の皿からポテトを手づかみして口に運ぶテリー。

 目を真ん丸にしてその様子を見る中年。

 マイク越しのモグモグと満足そうな音がスピーカーから聞こえてくる。


「ブフーーッ!」

 マイクのスイッチを切って俺は噴き出した。


 何だ、こいつ!

 やっぱこいつアホだ!


 なるほど……上官の指示なら疑問も抱かずにやるってわけか。


 俺は新しいオモチャを手にしたようなときめきを覚えた。


 良いことは続くもので、スマホを手に葵姫たんが「爆弾の解体が完了した」と報告してくれた。


 よし、テリーめ!

 俺をびびらせやがって! 復讐ふくしゅうのお時間だ!

 うきうきしながらマイクのスイッチに手をかけた。


「これから陽動ようどう作戦を開始する。作戦を成功させるためにも貴様はただ言われたことのみ実行しろ」

『ウォッホン』


 すごい忠誠心♪


檀上だんじょうを見ろ」

『?』


 檀上では通じなかったらしいので、言い直す。


「……ステージだ。ステージを見ろ」

 テリーの視線がステージへ向く。


「ピアノの隣にサックスを吹いている男がいる。ステージに上り、背後から男にカンチョーを決めろ」

『?』

「まさか貴様、カンチョーがわからないのではあるまいな?」

『う……ウォッホン』

「なんと愚かな男だ! ターゲットを変更する。大使の顔はわかるか?」

『オッホン』

「大使の前に行け。着いたら指示をする」


 大使ってどんなヤツなんだろう?

 当然ながら俺は顔を知らない。


 ワクワクする心を抑えながら、食い入るように俺はモニターを見つめた。

 テリーは恰幅かっぷくのいい男の前で止まった。

 歳は五、六十歳くらい。

 もみあげと真っ黒なヒゲが繋がっていて、かなりイカツイ。

 剛毛っぷりはドクトル近藤にも匹敵する。はっきり言って毛蟹かタワシみたいだ。


 なるほどね、こいつが大使か。怖そうな顔だな。


『コンバンハ。今日はよくイラッシャイマシタネ』

 大使は優しく目を細めてテリーに握手を求めた。

 テリーは一瞬動きを停めた。指示をあおいでいるのだろう。

「笑顔で握手を返せ。そして今から私の発言をそっくり復唱しろ、いいな」


 監視カメラからでもわかるくらい良い笑顔でテリーは大使と握手する。


「今日はお招きいただき光栄です、大使」


『キョーワ、オマネキイタだきぃ、コーエーデス。大使』


 うむ、上出来だ。


『アナタはドチラから?』

 握手したまま大使は続ける。


「おいなりさんが、かゆいです」

『オーイナリサンガァ、カユぅいデス』


「大使、よかったらいてくださいませんか?」

『大使ィ、ヨカったラカイテクダサーイマせんカ?』


 大使の顔色が変わった。

 握手していた手をひっこめ、いぶかしげな目でテリーを見る。


 ププッ。

 現場にいるわけじゃないのに、シリアスな空気に変わったのがわかる。

 だがそれがおかしくてついつい噴き出そうになってしまった。


 これ気まずいだろうな。

 俺、テリーに生まれなくて良かった。


 大使が怒ったのでもうちょい追撃してみよう。

 なあに、大使だって俺のお陰で命拾いするんだから、ちょっとぐらい痛い目にっても文句は言えないよな。


「ごめんね。あなたがあまりにも素敵だったから。チューしたい! チューしたいのおっ!! ペロペロチュッパー」


 俺はマイクに向かって熱演した。


『…………』


 しかしテリーは動かない。

 あの野郎、おくしやがったか!


「貴様! 私の命令が聞けないのか!」


『ゴ、メンネ。アナたがあまリーニモ素敵だったカラ。チューシタイ! チュシタイノおー! ダイチュキッ! ベロベロチュッパァブチュッチュッチューーー!』


「ぶはっっ!!!!!」


 俺は盛大に噴き出した。


 さっきからスマホで長文メールをやり取りしていた葵姫たんが顔を上げた。

 俺は『なんでもない、なんでもない』というジェスチャーでやり過ごす。


 テリーの野郎、どうして俺の熱演よりブーストかかってラブコールしてやがるんだよ!

 鼻水がマイクにかかりそうになっちまったじゃねーか。

 気に行ったぜあの野郎!


 ……と誉めてやりたいところだが、厳しくしないと子は育たないものだ。

 俺は心を鬼にし、NGを出す。


「貴様ぁっ! 後半が少し違ったではないか!! NGだ、NG! 作戦が失敗したら貴様のせいだぞ! 反省しているのなら大使を抱きしめろ! 顔を舐めまわせ


!」

『……オ、オッホン!』


 監視カメラを通して見るテリーと大使は、ラブロマンス映画のクライマックスのようだった。

 テリーが大使に抱き着き、驚きを見せる大使の顔を舐めまわすテリー。しかも泣きながら。


 なかなかアドリブがくなあ、あいつは。


『キミ! は、ハナレたまえ! とッ、友達カラ頼ムヨ!』


 テリーの舌から顔をかばいながら大使は必死に抵抗する。

 数十人以上の参加者が奇異きいの表情で二人を見つめる。

 駆け付けた警備員が引きはがそうとするが、無駄無駄。

 俺が「絶対に離れるな!」と指示したテリーを貴様らごときが引きはがすなんて不可能よ。フフフ。


 自分でも誰の味方なのかわからないまま、テリーと大使で楽しみ続けようと思っ――ん!?


 プゥ~ッ。


「あっ!?」


 さっきから腹の調子が悪いとは思っていたが、VXガスが……漏れてしまった。

 昼間にヤンキーに腹を蹴られたせいだろうか。


 結構いい音しちまったけど、葵姫たんに気づかれないといいが……。

 そう思ったのもつかの間、みるみるうちに車内は凶悪な臭気に包まれていった。

 目を開けるだけで染みてきそうな強烈さ!


 鼻をつまんだ葵姫たんが、今まで見せたことのない深みのある表情を見せた。


 ば、バレちゃったな。テヘ。


 葵姫たんは、眉間にしわを寄せ鼻をつまんだまま苦しそうにドアに向かって走り出した。


「悪い、が出ちまった」」


 精一杯明るくおどけてみせたが、葵姫たんは反応せず、ドアへ一直線。

 しかし惜しくもドアに手を伸ばしたところで彼女は床に崩れた。

 苦しそうに口をパクパクしながら俺を見つめる彼女の瞳は、驚くほど冷たい色をしていた。


 ――け、軽蔑けいべつ眼差まなざし!?

 

「誤解だ! すげー臭かったけど、うんこは出てないって!」


 慌てて弁解するも、葵姫たんはそのまま気を失った。


「き、葵姫ききたぁーーん!?」


 ちなみに床に倒れている二人の男たちにも深刻なダメージを与えたらしく、彼らは口から泡を吹いていた。

 一人はビクンビクンとしばらく痙攣けいれんしたあと、血を吐いて動かなくなった。


 あらあら……ん?


『ワルイ。屁ガ、デティマッター』


 スピーカーから片言の日本語が聞こえてきた。

 モニターを見ると、警備員三人がかりに取り押さえらえてるテリーの姿。


『ゴカイダ! クサカタけど、ウンコわ、出てないヨー。キキターン!』


 ……やべっ。マイクのスイッチを切るのを忘れてた。


 テリーを抑える警備員たちも嫌そうな顔で鼻をつまんだ。

 パーティー参加者たちも鼻をつまむ。



 プラシーボ効果で臭くなるのかな?

 非常に興味深い。


 それよりテリーを何とかしないと。

 さすがに警備員三人がかりで押さえられるのはかわいそうだ。


 どうしよう……よし、これだ!


「あ、右の警備員さん、そこ。そこいい……気持ちいいよ。もっと強く」


 こう言えば警備員も気持ち悪くて力を緩めるのではないか?


『右のシャチョサーン! ソコ! ソコイイヨ! 気持ちイィ! オクノ奥マデ突イテーーー!!』


 テリーの言葉で右の警備員の表情がひきつった。

 今だ、追撃を!


「左の警備員さん、そのまま放さないでね! あなたの体温を感じていたいから!」


『ヒダリのシャチョサーン! ハナシチゃイヤっ! アナタのこドモがホシーノ!』


 ――少しエスカレートしているような気もするが気にしないことにしよう。

 左の警備員も恐怖でおののいたように見えた。


「目の前の警備員さん! あなたの口を私のキスで塞いであげるっ!」


『目の前ノシャチョサーン! オクチで シテア・ゲ・ル!』


 正面の警備員は手を放して後ろずさった。


「今だ、ズボンを脱げ! 脱いだらおいなりさんを大使になすりつけ――」


 ガラッ。


 背後で車のドアが開いた。


 チャールズとタキシードの男たちがこちらを見ていた。


 ……重苦しい沈黙が流れる。


「テヘッ、聞かれちゃった?」


『テヘッ、聞かレチャッター?』


 オウム返しのようなテリーの声が車内に響く。


 チャールズはモニターと俺の顔を交互に見比べると、にっこりと微笑ほほえんだ。

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