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第二話 Out of the Base

第一話より長めですので、暇で死にそうな方以外はご注意ください。

「鈴木凡太くん――」


 血が凍りつくのを感じた。

 このおっさん、どうして俺の名前を知っているんだ?

 そして、この密着度――体温が気持ち悪い!

 様々なことが頭の中を駆け巡るが、どれも言葉にならない。

 緊張しながら次の一言を待つも、肝心のおっさんは悠長にコーヒーをすすってやがる。しかも俺が注文したやつを……。

 やっぱりこいつ絶対本物ホモだ……。

 テーブルの上の名刺に視線をやる。

 『日本秘密情報部 捜査官 チャールズ山田』

 日本秘密情報部って何だろう。聞いたことがない組織だ。

 組織名に秘密と入ってるあたり逆に秘匿性が低そうな感じがするが。

 そんなことを考えていると、おっさんがコーヒーカップを置いた。

「鈴木くん」

 突然呼ばれビクッと体を震わせてしまった。

 どさくさに紛れてさりげなくソファの奥に移動する。

 しかし、おっさんはそのまま横スライドして再び密着した。

「鈴木くん」

 また呼ばれた。

 渋い声だ。『赤い彗星』とか呼ばれていそうな良い声である。

「は、はい。なんでしょうか……」

 動揺を隠すように声を絞り出し、ナプキンを数枚とって汗をぬぐった。

「先に言っておくが、私は同性愛者ではない」

 なんですと!!?

 勘弁してくれ……こういうこと言われると疑惑が核心に変わるわ!

 俺の人生でもっとも信用できない言葉ベスト3にランクインする言葉が来てしまった。

 ちなみにベスト1は小学校時代のとある友人の口癖「絶対に誰にも言わないから教えてくれ」である。

 完全に窓際に追い詰められてしまった俺だが、何としてでもこの場から逃げる手立てを考えなくては。 

「そんなに緊張することはない。私は君の敵ではない」

 なにっ!!?


 『私は君の敵ではない』だって?

 俺はハッと気づいた。

 この言葉には覚えがある。

「まさか、あんたは……?」

「覚えていてくれたようだね」

 おっさんはフッと笑った。


 ――忘れるはずがない。

 先月末のことだ。深夜にエロゲーを楽しんでいると、突然PCにウインドウが表示されたんだ。

 CGを邪魔する真っ白なウインドウにはクローズボックスも存在しなかったが、俺はそれを消そうと必死だった。

 その時、ウインドウにこんな文字が表示されたのだ。

『セイバーたんが好きなのかね?』

 俺は戦慄せんりつした。

 どこのハッカーだか知らないが、俺のPC画面を監視しているのか?

 そしてヤツはセイバーたんのもっともプライベートな場所を隠すと同時に、俺のもっともプライベートな時間を蹂躙じゅうりんしたのだ。

 タスクマネージャーでウインドウを消去しようと試みたが、そんな俺の行動をあざ笑うかのようにヤツはウインドウにこんな言葉を続けたんだ。

『続けてくれたまえ。私は君の敵ではない』


 その言葉に俺はキレた。

 エロゲーを終了すると海外サイトからホモ兄貴の画像を拾ってきて、壁紙に設定してやった。

 どうだ参ったか、と画面を凝視ぎょうししていると、

『今回は私の負けだ。だが、忘れるな。私は近いうちに君の前に姿を現すことになる』

 とのこして、ウインドウは消え去った。

 あれから一ヶ月近く経っている。

 あの時のハッキング野郎が、このおっさん――チャールズ山田だというのか。


「あ、あんた……あの時の」

「先日は失礼したね。君のことは少々調べさせてもらった。セイバーたんは元気かね?」

「クッ……!」

 しらじらしい男だ。

 セイバーたんが元気なわけがないだろう。

 あれから俺はPCでのエロゲーはやめたんだ。こいつのせいで。

 今はもっぱらスマホのDNNのエロゲーだけが俺を慰めてくれる戦友ともだというのに。

 俺は唇を噛んだ。


「何が望みだ?」

 怒りと恐怖を抑えながら、俺は(しぼ)り出すように言った。

「私は政府直属の捜査官だ。君に捜査を手伝ってもらいたい」

「そ、捜査……?」

「うむ。知っての通り、異世界転移が横行してからこの国はメチャクチャになってしまった。今年行われるはずだった東京ポリンピックが中止になったのも記憶に新しいだろう?」

 ポリンピックが中止になったのは初耳だ。

 ていうか中古の新聞を読んでるような俺がそんなこと知るわけねーだろ!

 ……と思ったが、

「あ、当たり前だ。インテリだからな」

 と強がってみた。自称なだけで他人から言われたことは一度もないが。

「このままでは日本はおしまいだ。異世界へ行った人たちをこちらの世界に戻す手伝いをしてもらえないか」


 ……はあ?

 何を言ってんだ、このおっさん?

 数千万の人たちをこの国へ戻せって……。

 あいつら現実が嫌になったからあっちに行ったんだろうが。

 てか、そもそもどうやるんだよ。


 俺は立ち上がった。おっさんが邪魔で出られないが、テーブルをまたいで帰ってやる。

 そんな俺の背中に、おっさんの声。

「英雄になりたくないのか? 鈴木凡太くん」


 え、英雄?

 素敵な響きに振り返る。

「我々の計画通りに君が動いてくれれば、君はこの国を救った英雄として永久に語り継がれるだろう」

 永久に……?


「英雄になれんの?」

「当然だ。国を挙げて君をバックアップする。やってくれないか」

 おっさんはサングラスを外して微笑ほほえむと、右手を差し出した。

 優しい瞳の奥には強い決意の炎が燃えていた。


 ――この人は信用できる。

 直感でそう思った。

 俺の直感が外れたことはない。いや、『ほとんど』ない。

 女子にキモいと(ののし)られる時も大体直前に予想できていたし。


「……わかったよ」

 俺も右手を差し出し、おっさんの手をガッシリと握り返した。


「ところで、どうして俺を選んだんだ?」

 そこが気になる。

「君のことは前々から目をつけていたんだ。それに関しても、詳しい作戦内容とともに追々話していこうと思……むっ!?」


 おっさんが窓の外をにらみつけた。

「伏せろっ!!」

 俺の頭を押さえつけつつ自分も窓の死角に隠れる。

「な、なんだよ……?」

「静かにしろ……!」

 おっさんの額を汗が流れる。

 よくわからないが、ただ事ではなさそうだ。

 黙ったままソファに伏せる。

「チッ、来やがった」

 耳元で小さくつぶやいたかと思うと、おっさんは俺を引っ張って立ち上がった。


「逃げるぞ!」

 ガッシャーン!

 躊躇ちゅうちょもなくおっさんは窓ガラスを叩き割った。

 窓枠に上って、俺の手を引く。 

「ど、どうしたんだよ、おっさん!?」

「いいから来いッ!」

 そんなこと言われても。

 店員の目を気にしつつ、テーブルから窓枠へ脚をかけた。

「こっちだ!」

 外に出たおっさんは路地裏に走り去った。

 割れたガラスで怪我しないよう注意深く降りて、俺も続いた。

 通行人の視線をはね返しながら、路地裏へと走っていく。


 雑居ビルの隙間に張り巡らされた路地裏は細く入り組んでいて、昼でも薄暗かった。

 そんな道でもおっさんは迷わず進んでいく。マジで何者なんだ、このおっさん。

「はあっ、はあっ」

 ヤバイ、横っ腹が痛い。

 なまり切った体に急激な運動はこたえるざます。

 何、何なのこれ。さっきまで俺はただの半ニート大学生だったのに。

 ハリウッド映画かよ!

「お、おっさん」

「チャールズと呼べ」

「チャールズ、どうなってんだ? 誰から逃げてるんだ、俺たち」

「こっちだ」

 返答せずチャールズは走り続ける。

 もうダメだ。心臓が爆発しちゃうよお。

 お願い、休ませて……!

 そんなことを考えていると、何度目かの角を曲がったところでチャールズが立ち止まった。

「チャールズ」

「静かにしろ! 壁に背をつけて動くな」

 言われた通りにすると、チャールズは無言で上を指した。

 四方をビルに囲まれ四角い青空が見える。

「何もないよな?」

「貴様の目は節穴か。あれを見ろ」

 よく見ると、はるか上空をヘリコプターが飛んでいた。

「ヘリ? 何かあったのかな」

「君を探しているんだ」

「俺を!? どうして?」

「話すと長くなる」

「それにしてもチャールズ、よくあんな遠くのヘリに気づいたな」

「……それが俺のパーソナリティだからな」

「はあ?」


 何を言っているのかわからない。

「……何とかやり過ごせたな」

 ヘリはどこかへ行ってしまったようだ。

 見つからなかったってことか。良かった……何かよくわからんけど。

「こっちだ」

 再び歩き出したチャールズに続く。

 さっき出会ったばかりだというのに、チャールズの背中が輝いて見える。

 いつしか俺はチャールズに全幅の信頼を寄せていた自分に気づいた。


 しばらく進むと路地裏から大通りに出た。

 道の向こう側には大きな病院がある。

 チャールズは無言で道を渡った。

「中央病院か。捻挫した時に通ったなー」

 独り言を言いながら続くと、チャールズが振り返り言った。

「君はここで待て」

「え?」

「いいから、待つんだ。上官命令だ」

「は、はい」

 その迫力に押され、歩みを止めてしまった。

「あ、あの、いつまで待てば?」

 とチャールズの背中に投げかけると、彼はくるりときびすを返して俺の前に戻ってきた。

 そして、周囲に人がいないことを確認すると、スーツの懐に手を入れた。

「これを渡しておこう」


 手に握らされたそれは、黒光りする銃だった。

「ちゃ、チャールズ……これは?」

「ステアーミニ。オーストリア軍向けに開発されたアサルトライフル『ステアーAUG』を日本国内向けにカスタマイズしたものだ。実弾装填機能はオミットされているが、軽くて君でも扱いやすいだろう」

 専門用語を並べられてもミリオタじゃない俺は、何のことやらさっぱりだ。

「俺に……くれるの?」

 チャールズは黙ってうなずいた。

「異世界に行った時、君の身を守ってくれるだろう」

 なんだか急に異世界に行く話が現実味を帯びてきた気がした。

 何も言わずにうなずいて、銃をジャケットの内側に無理やり押し込む。

 きっとこうすることが正しいのだと思った。


「ここなら安全だ。結界が張ってあるからな。しばらくここで待っていてくれないか」

「それはわかったけどさ、いつまで待てば?」

「……」

 チャールズの表情がサングラス越しに見てもわかるくらい、くもるのがわかった。


「これから人に会ってくる。ひょっとしたら私は……戻ってこれないかもしれん」

「ど、どうして?」

 チャールズはフッと笑った。

「心配するな。もしもの時には代わりの人間が来るはずだ。この国の未来は君の肩にかかっている。わかったな?」

 そう言ってチャールズはポンと俺の肩を叩いた。


 重かった。

 これまでの人生の、何よりも。

 この瞬間、俺の人生は変わったのだ。

 それがわかった。


 しかし俺はその重さを受け入れようと思った。

 何をやるにも中途半端だった俺の人生。

 異世界へ逃げることすらできなかった俺の人生。


 変えてみせる。

 この国だけじゃない。俺の人生を、未来を――変えてみせる!


 俺は拳を強く握り締め、うなずいた。


 チャールズは肩から手を離し、振り返るとゆっくりと歩いて行った。

 病院の玄関へ向かうチャールズを見送る。

 小さくなっていく背中を見ていると、胸がざわつくのを感じた。

 何だ、これは?

 ざわつきの正体はわからなかったが、たとえようのない不安が胸をよぎった。


 ――チャールズと、もう二度と会えない。


 そんな予感がして、背筋に冷たいものが走り抜ける。

 根拠はないのに、確信めいたものを感じた?

 気がついたら俺は銃を構えて走り出していた。


「チャールズ! 行っちゃダメだッ!!」

なるべく頻繁に更新したいと思います。

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