第十九話 死のテロリスト(前編)
「葵姫たん、ほら見てこの花。綺麗だね」
「ああ」
「こ、こっちの花はチ●ポみたいな形してるね」
「ああ」
「あっ! 池に月が映ってるよ! 風流だねえ」
「ああ」
「花よりも月よりも、きみが一番綺麗だよ」
「ああ」
「葵姫たんって何色が好きなの?」
「ああ」
――全然会話が持たん。
葵姫たんは眉ひとつ動かさないし!
他人からはカップルに見えてるのか? これ。
午後九時。
俺と葵姫たんは港区内の大きな公園でデート(?)をしていた。
周囲には大使館が立ち並ぶ、静かな公園だ。
葵姫たんの青の装束はメッチャ目立つので、組織が用意したブレザーに着替えていた。
そういえばこっちの世界の葵姫たんは高校二年生だと言っていた。
隣にいる葵姫たんも同い年なのだろうか。
クールな雰囲気は年上にも見えるし、制服を着ていると年下のJKにも見えるし、全く年齢不詳だ。
かわいい!
それにしても、どんな話題をすればいいんだよ。
ただただ無言のまま池のほとりを横に並んで歩き続けていた。
っていうか、いつまで無言が続くんだよ。
さすがに飽きたぞ。やっぱ俺がリードしなくちゃダメだよな。
「葵姫たん」
「……何だ」
彼女は前を向いたまま、言葉だけで反応する。
せめてこっち向いてくれ……。
「仕事なんだからさ、もうちょいカップルっぽく振舞わない?」
「……」
「ほら、葵姫たんって仕事熱心じゃん? 俺のことは嫌いでもいいからさ、表面上だけでもラブラブにしようよ」
「……わかった。どうすればいい? 男女関係のことなど私にはわからないからな」
うーん。手ごわい。
真顔でこんなこと口にする女が現実にいたとは。
やっぱ葵姫たんってちょっと厨二病入ってるよな。
複雑な家庭事情でもあるのだろうか。
「……どうした? 私に触れさえしなければ何でも構わない」
「何でも? ど、どんなことでも?」
「ああ」
マジかよ!
これは思わぬ収穫!
どうしようかな。とりあえずちんちんを……って思いっきり触れてるじゃねーか。
じゃあ、チューを……触れてるな。ハグもあかん。
困った。
何をすればいいんだ。
あ、そうだ。
「そうだな。カップルらしいこと……じゃあとりあえずそこの茂みの中で裸になってもらおうかな?」
「……」
葵姫たんが立ち止まった。
こっちを向い――冷たい目でこちらを見ていらっしゃる!
やばいっ!
な、何を言っちまったんだ俺は!
凛夏みたいなパーを相手にしてるんじゃない、相手は葵姫たんだぞ!?
馬鹿なこと言って嫌われたら取り返しがつかねー!
「ご、ごめん今のは――」
「わかった」
信じられない返答が、俺の言葉を遮った。
え?
「そうすればカップルっぽいのだな。そこの茂みでいいのか?」
「えっ、いや、あの……」
何かすごいことが起ころうとしている!
この地上でもっとも美しいであろうものを目にできるというのか。
まさにさっきの凛夏の口直し。
最高ではないか。
……でも、ちくりと心が痛んだ。
世間知らずなのか無知なのかわからないが、こんなことで葵姫たんを汚してはならない。
凛夏だったら今すぐ全裸で公園一周させても良心は痛まないが、葵姫たんをこんなところで汚すのは俺のポリシーに反する。
「すまん。やっぱやめよう」
「……何?」
「茂みの中で裸になればカップルっぽいというのは俺の勘違いだったようだ」
「そうか。では別の手はないのか」
ちくしょう!
俺は心の中で泣いた。号泣した。
今の言葉さえ口にしなければ一生おかずには困らなかったかもしれないのに!
「別の手か……うーん、俺みたいな彼女もいないチ●ポ野郎がカップルらしいことと言われてもわからねーよ」
「そうか。私もわからない……困ったな」
「そうだ! カラオケは? カラオケはカップルらしいだろ」
「ここから大きく離れては作戦行動に影響が出る」
「……すみませんでした。じゃあさ、セミの抜け殻をどちらがたくさん集められるか、勝負しようぜ?」
「セミ? それはカップルらしいのか」
「わからん! わからんけど、俺に彼女ができたら一緒にやりたいと思ってるんだ」
「……」
葵姫たんは無言で目を背けた。
池の手すりに手をついて、月を見上げる。
やべやべ、呆れられてちまった?
「ご、ごめんよ。今のはもちろんイタリアンジョークって――」
「怖いんだ」
さっきと同じように、彼女の声が俺の言葉を遮っ……え?
葵姫たんは夜空を見上げたままだ。
「こわい?」
葵姫たんは顔を背けたまま無言でうなずいた。
……怖い?
確認するように俺は聞く。
「セミ、怖いの?」
「……」
「ぷぷぷっ」
意外な反応に思わず笑いが漏れてしまった。
「……」
ぷいと外を向き、彼女は歩き始めた。
「待てよ! セミ怖いの? 怖いの? 怖いんでちゅかー?」
早足で去っていく葵姫たんを追いかける。
「……しつこい!」
振り返った彼女は、眉をしかめて俺を睨みつけた。
月明かりに照らされた頬に、かすかな赤みがさしていた。
葵姫たんが感情を露にするのを初めて見て、俺は嬉しくなった。というか萌えた。
「葵姫たん、かわいい!」
威嚇しているつもりだったんだろうが、俺にとってはただ可愛いだけだったのでそう口にした。
「……」
顔を背けて、無言で再び歩き出した。
いつもと違って、その動きにすらかすかな感情の揺れが見え隠れしていた。
「待ってくれよ葵姫たん」
「……」
「ちょっと早すぎるって」
「……」
彼女の歩みがどんどん速くなる。
カップルというよりターゲットを追い回すストーカー気分だが、これはこれでアリかもしれん。
たった今、俺は新たな性癖を身につけた。
ああ、RPGで魔法使いが新たな魔法を覚える時の感覚もこんな感じなんだろうなあ。
そんなことを考えていると、葵姫たんは身を翻し木陰に隠れた。
ただならぬ様子に、思わず俺も隠れる。
(なんだ……?)
葵姫たんは目を細め、前方を見るよう俺にアイコンタクトを送った。
通じ合う二人。
もう夫婦になるしかない。
そう思いつつ彼女の視線を追う。
それは、公園の駐車場に駐車された黒い中継車のようなものだった。
「あの車? ただの駐車じゃないのか?」
俺はしゃがんだまま、彼女にだけ聞こえるよう小さな声でささやいた。
「……殺意を持った人間が二人乗っている」
――すごい。
正直に、そう思った。
百メートルは離れているぞ。
なのに、車内の殺意まで感じられるのか。
それに、彼女の今の声。
十センチ先にも届かないような小さな声なのに、一メートル以上離れている俺にははっきりと伝わった。
まるでテレパシーのような不思議な感覚だった。
訓練次第で人間はあんなことまでできるのか。
彼女はあの発声法を身に着けるまでにどれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。
感心すると同時に、俺と彼女の間に絶望的な距離を感じてちょっと寂しくなった。
でも、今は俺が彼女のパートナーなんだ。
力をあわせて目的を達成しなくては。
そうすればちょっとでも彼女に近づけるかもしれない。
よし、気を引き締めていくぞ。
俺には同じようなことができないので、密着ぎりぎりまで彼女に近づいて耳元で囁いた。
「テロの関係者に間違いないのか」
「断定はできないが、一般人ではない。大きな殺意を押し殺そうとしているから」
「なるほどな。チャールズに応援を頼まないと」
葵姫たんは俺を真っ直ぐに見つめた。
宝石のように美しい瞳に俺が映り込んでいる。
「時間がない。私にはわかる。突入して倒すしかない」
「そりゃ危険だろ?」
「問題ない。私一人でやる」
「相手は国際テロリストだろ? いくら葵姫たんでも――」
言い終える前に、彼女は走り出した。
速い!
足場の悪い土や茂みの中を短距離ランナーのように進んでいった。
『待てよっ!!』
叫び声を口の中に押し込んで俺も走り出した。
やばい、やばい、やばい。
相手はテロリストだぞ!?
だが、葵姫たんを一人で行かせたら男の名折れだ。
なあに、俺には絶対時間がある。
いざとなったら遅らせた時間の中で必ず葵姫たんを守ってみせる。
車が目の前に見えてきた。
葵姫たんが鮮やかな手刀でロックを叩き切り、ドアを開け飛び込む。
「WHAT!?」
誰かの声が聞こえた。
数秒遅れて俺が飛び込んだ頃には、車内には二人の男が倒れていた。
「無事か――」
叫ぼうとした途端、葵姫たんが口元に人差し指を当ててみせた。
(やばっ)
静かにドアを閉める。
「すまん……怪我はないか?」
念のためひそひそ声で確認すると
「問題ない。しかし、これが……」とモニターを指した。
車内の壁はモニターで埋め尽くされていた。
まるで警備室だ。
画面のほとんどは煌びやかな洋室や廊下を映し出していた。
たくさんの正装の男女がパーティーを楽しむ様子も確認できる。
「……ひょっとして大使館の中か?」
葵姫たんは頷く。
大使館内の監視カメラをジャックしてモニターしているのだろう。
ここにある機材も最新設備のものに違いない。
そして葵姫たんは今度はいくつかのモニターを連続で指差した。
「あっ」
ひとつは玄関ホールの監視カメラ。
赤い絨毯の敷かれた立派なホールの階段下に、タキシードを着たチャールズが立っている。
「参加者を装って警護しているんだな」
こっちの世界のチャールズがどんな肩書きを持っているのか知らないが、本人が直接現場で捜査しているのは意外だった。
葵姫たんが指した次のモニターは物置のようなところだ。
「!!?」
拳銃を持った男たちが一人の男を取り押さえている。
全員タキシード姿だ。
まさか参加者に扮したテロリストが要人を!?
……と思ったが、取り押さえている男のうち一人は、さっきチャールズと会ったワゴンに乗っていた男だ。
つまり、取り押さえられているのはテロリストだと考えて良いだろう。
「ふう」
ほっとした。
最後に指したふたつのモニターは固定画面の監視カメラではない。
誰かの視点に近い映像で、画質も少し粗い。
なるほどな。
葵姫たんが倒したヤツらは、仲間のテロリストの胸元に隠しカメラを仕込んで、車の中から大使館内を監視していたんだな。
左のモニターにはワイングラスを持ち会場を進んでいく映像が、右には複数の男たちに囲まれる映像が映し出されている。
「これは……」
右のはさっき監視カメラで取り押さえられていた人間の主観視点だろう。
こっちはチャールズの仲間に任せれば問題ないな。
左の画面は移動中――ということは、まだテロリストだと見破られずに会場内を自由に移動しているってわけだ。
こいつは危険だ!
「葵姫たん、こいつを特定しないと」
「ああ」
こいつがいる場所は人がたくさんいる場所だ。
こいつ自身は右手にワインを持っていて、料理の並んだテーブルを右側に見ながら左奥のピアノ方向に向かって歩いている。
「人がたくさんいてピアノがある部屋だ!」
俺たちはたくさんの監視カメラに目を走らせる。
片っ端から監視カメラに目を通す。
ホールは……違う。この廊下も、こっちの廊下も、この倉庫も違う。
「これだ」
葵姫たんが指したのは中央の右から二つ目のモニター。
たくさんの人で賑わっていて、右下にピアノが映っている。
「葵姫たん、でかした! ……こんなに人が多いところで何かされたらシャレにならねーぞ。早くこの男を特定しねーと」
右下にピアノ。
男の視点で左奥にピアノがあった。料理のテーブルがあっちにあるってことは、監視カメラ左手のテーブルで……。
「よし。この辺りだな。だけど人が多すぎて、どいつがテロリストかわからねー!」
「これは?」
葵姫たんはテロリストの視点に映った真っ赤なドレスのおばさんに着目した。
確かにこれは目立つ!
監視カメラで赤いドレス赤いドレス……いた!
ドレスのおばさんの近くで右手にワインを持っている男がテロリストだな……いた!
「こいつだ!」
俺が指したのは、ダンディなヒゲ面。
黒髪だが妙に背が高く、おそらく日本人ではないと思う。
監視カメラ上で男が誰かに話しかければ、男の主観画面にも話しかけられた相手の顔がアップで映る。
間違いない!
二つの画面を見比べ、葵姫たんも頷く。
「……どこかに移動するぞ」
男はパーティールームを出て、廊下を歩いていく。
どうやらトイレに向かっているらしい。
トイレに入った男は辺りを伺い、洗面台に向きあった。
くそ、鏡で見るとガチでイケメンだな、このおっさん。
彫りが深いぶんだけ不快だ。
便宜上このテロリストをテリーと呼ぶことにしよう。
テリーはネクタイを直す仕草をしながら、ぼそぼそと小さく口を動かした。
「ボブが見当たらナイヨ。指示クダサイ」
テリーの唇にあわせて、スピーカーから片言の日本語が流れてきた。
――なるほど。テリーのネクタイにはマイクも仕込まれていたのか。
さっき捕まっていたヤツ(多分ボブ)も、テリーもこうやって車内から指示され動いていたってわけね。
残念だったな、ボブは捕まっちまったよ、バーカ!
「そんなことより……」
こいつは中継車の指示を仰いでいる。
指示を出していた男たちは葵姫たんが倒してしまった(後ろで気絶中)から、返信はできない。
「ボス? どしタヨ? 指示チョーダイネ」
指示が出せないのはまずい……!
テリーとボブ(仮)はたった二人で潜入していたんだ。
おそらく何か強力な武器を隠し持っているだろう。
ボスが倒されたことを悟られ、自暴自棄になったテリーがパーティー会場で大暴れしたらシャレにならない。
「そもそもどうやって指示を出すんだよ!」
イラつきがつい口に出てしまった。
「ん?」
くいくい、と裾を引っ張られて振り返ると、葵姫たんが操作パネルを指差していた。
そこからマイクのようなものが突き出ている。
なるほど、これを使えばあいつに語りかけることができるんだな。
しかしなんて返信すればいいんだ。
早く何か考えないと。考えないと。自然な指示を……!
頬を汗が伝る。
「こんばんは。今日はいい夜ですなあ」
ん?
画面で洗面台の前をにこやかな老紳士が横切る。
老紳士は用を足しながら、洗面台のテリーに話しかけた。
「イイ夜ネ。私、モジャハイもニッポンもだいちゅきヨ。東京はペッチョに似テルネ」
テリーも笑顔で挨拶を返す。
用を足し終えた老紳士は手を洗いながら嬉しそうだ。
「首都ペッチョのご出身ですか? 私もペッチョで暮らしていたことがありまして」
ペッチョってどこだよ!
知らねーよ!
それより、老紳士のお陰で時間が稼げそうだ
手を打つ方法を考えないと。
「何か指示を出さないと。どうしたらいいと思う? 葵姫たんが話す?」
俺は葵姫たんに救いを求めた。
「任せる。女の声では気づかれる」
なるほど。
期 待 さ れ て い る ! !
よーし、やる気がみなぎってきたぞ。
精一杯、やるしかない。
俺はマイク横に備え付けられた通話ボタンを押した。
「遅くなってすまない。安心しろ。ボブは無事だ」
精一杯、低くてダンディな声を出したつもりだけど、大丈夫かな?
たぶん通信も日本語でいいと思うんだけど……。
洗面台に映るテリーは、俺の言葉で安心したのか表情を緩めた。
「それでは、人を待たせているので……またお話しましょう、ミスター」
老紳士は頭を下げトイレを出て行った。
周囲に人がいないことを確認したテリーは、廊下を歩きながらネクタイを締める(マイクを操作する)。
「安心しタヨ。ボブは二階、制圧成功シタ?」
こいつも葵姫たんみたいに、ほとんど口を動かさずに小さな声で喋る能力を身に着けているらしい。
ムカツク!! ジェラシィーーー!!!
俺だけのけ者にされた気分だ!
こいつ、メチャクチャにしてやる!!
嫉妬心に火がついた俺は、マイクに語り続ける。
「問題ない。二階は完全に制圧した」
「ヤッタネ。私、パーティー会場爆破スル。大使を抹殺すればOKネ?」
爆破!!?
テリーの野郎、ガチで悪人だ!!
よーし、見てろよ。
「早まるな。作戦を変更する。大使の抹殺もボブが行うことになった」
廊下の監視カメラに映りこんだ男が一瞬立ち止まり、驚きの表情を見せるのが確認できた。
「作戦ヘンコー? 私、ドウスルね?」
よっしゃ! こいつバカだ!
まんまと引っかかりやがった。
「葵姫たん、見てろよ。面白いものを見せてやるからよ」




