第十八話 緊急指令!
「……というわけで、俺はただシャツを洗いたかっただけなんです。誤解なんです」
山のようにそびえたつビグザムさんを見上げつつ、正座して謝った。
「――本当なの? 凛夏」
凛夏の母ちゃんが真顔で聞いてる。腕組んでるし、こっちも怖い!
「う、うん。本当だと思うよ。洗面台にいたのを見たし……私が驚いて転んじゃっただけだから」
乾かしたばかりの髪をくるくるといじりながら凛夏はばつが悪そうに答えた。
おお? 何か知らねーけどかばってくれてる?
ラッキー!
「凛夏が言う通りです! 俺はすぐに洗って立ち去りたかったのに、こいつが勝手に俺を押し倒して自爆したんすよ。悪いのは凛夏です」
「……なるほどねえ」
凛夏の母ちゃんの顔が怖い。
うちの実家の連絡先も知ってるだろうし、『お宅のお子さん変態やでえ』と連絡入れられたら、去勢されかねん。
いやでも待てよ。こっちの世界なら連絡されようが関係ねーか。
明日の朝には現実世界に帰っちまうしな。
ここで一転謝罪すれば、心証アップして明日の朝までは持つわけだ。
フフフ、最後に勝つのはこの俺よ。
「た、確かに凛夏のせいではありましたが、ぼくも不注意でした! 全員が風呂から出てから洗うべきでした。それに小さすぎて胸も見えませんでした! お許しください!」
勢いよく土下座。
「そうそう。私も気にしてないんだから、お母さんも気にしないでよ」
さすが凛夏だ。
こいつ実はいいヤツだな……と思ったけど、顔が笑ってない。
あとで復讐してこないか気をつけねーと。
っていうか、俺が裸見たのはどっちの世界の凛夏なんだ?
見分けつかねー。
現実世界のだったら今後も会うかもしれねーし気まずいなあ。
「……どうでしょうか。凛夏さんもこう言っていますし、今回は無罪放免ということで……」
おおっ! ビグザムさんが天使に見える……!
「わかりました。許します。凡ちゃん、立って。ひとつだけいいかしら?」
凛夏の母ちゃんが耳打ちしてきた。
「うい。な、何すか?」
「あなたが裸を見たのはそっちの世界の凛夏でしょ。責任とってあげてね」
「え?」
「とってあげてね」
「……はい」
渋々と答えると凛夏の母ちゃんは笑顔になって場を仕切り始めた。
「さーて、それじゃみんな布団を出すの手伝ってね」
明るいトーンの一言で、凍てついた時間は再び動き始めた。
「はーい!」
「わかりました!」
さっきまで気まずそうにこそこそしながら後ろで見ていた凛夏(多分この世界の)と葵姫たんも声をあげ、俺の横をすり抜けていった。
ビグザムさんと凛夏の母ちゃんは話しながら台所へ向かっていった。
俺は取り残されたように立ち尽くす。
すれ違い様に葵姫たんを見たら、慌てた様子で目をそらされた。
ガーン。
葵姫たんに軽蔑されてる……?
ちっくしょう!
どうしてこんな思いをしなくちゃなんねーんだ!
葵姫たんの裸は見てねーってのに!
下着は見たけどどれかわからなかったし。
ちくしょー!
おのれ凛夏め!
ヤツがあの時出てこなければ……!
「どうしたの?」
ビクッ。
凛夏だ。まだ一匹残っていやがったのか。
これはどっちだ?
「べ、別にどうもしねーよ。おまえも布団出すの手伝ってくればいいだろ!」
「大丈夫よ、もう一人の私もいるし。三人で作業したら部屋が狭くなっちゃうしね」
「あっそ」
ちくしょー! こいつのせいで……!
「凡ちゃんには恥ずかしいところばっか見られちゃったね。でも、私も凡ちゃんの恥ずかしいところ何度か見ちゃったし、お互い様かな? えへへ」
はあ!!!?
『えへへ』だあ?
頭きた!
「テメー凛夏の分際で顔を赤らめてるんじゃねーぞ! 『えへへ』じゃねーんだよハゲ! 俺はぶりっこが大嫌いなんだよ!!』
「…………な、なんですってぇー!?」
凛夏の背中に炎のように立ち上がるオーラが見えた。
ビンタが来る!
しかしヤツの攻撃は既に見切ってるわ……速い!!?
「ふごッ!」
クリーンヒット!
「人が優しくしてたら調子に乗ってんじゃないわよー! あんたみたいなダメ男がこーんな美少女のラッキースケベに遭遇でいたのよ!? 感謝しなさいよ!!」
いててて……。
やりやがったな。
「何が美少女だあ!? 葵姫たんが月なら、テメーはシーモンキーの卵だっつーの!」
男女平等! ぶん殴ってやる!!
「うごっ!」
起き上がり際に顔面に蹴りをくらった。
しかもカウンター。
いってえ!!
こいつ……実は喧嘩慣れしてんじゃねーの?
やばいっ、マウントポジションをとられた!
「信じらんないほどデリカシーがないわね! もう怒ったから!」
パンパンパパンパンパンパン!
左右両側からビンタの嵐。
「いたいいたいたいやめてけろ」
ちくしょー!
怪我が治ってねーのに遠慮せずパンパン殴りやがって!
しかもYOSHIKIみてーに連打しやがって!
パンパンパパパンパパンパンパパン!
「いてててててててて! やめれ! 鼻血出とる! 紅や……」
パパパンパン……パンッ!
……終わった?
「はあっはあっ、反省した?」
「反省……しま……ひた……」
「私、色っぽかった?」
「いろっぽかったれす……」
ちくしょう……こいつ強ぇ。
『連打』系の稀能持ってんだろ、絶対。
「鈴木くん、ちょっといいかしら?」
部屋に戻ってきたビグザムさんが顔をしかめる。
「あなた……鼻血出して……まさか反省せずにまたいかがわしいことを……?」
「ちっ、違うんです。これは私が叩いたら出ちゃって……」
「あら、そうなの? ならいいわ」
よくないんですが。
「いててて……何の用っすか? つーか凛夏、重い」
「あ、ごめん」
やれやれ。
鼻血を拭って起き上がる。
「あー、いてて。今日は厄日だわ。……で、何すか? ビグザムさん」
「私と一緒に来て欲しいの」
えっ。どこに?
今日は凛夏の家に泊まるんじゃなかったのか。
「……それは、性的な意味でですか?」
「違うわ。そんなわけないでしょう」
真顔で否定された。
ほっとしたけど、それはそれでちょっとムカつく。
「じゃあ、何すか? 今日は疲れたし、みんなでゲームでもしてから寝ましょうよ」
「ちょっと用事ができたのよ。チャールズに会いに行くわ。こっちの世界の、ね」
「ええっ?」
異世界のチャールズ?
「申し訳ないけど、急いでるから準備してね。外に車も停まってるわ」
「マジすか? 面倒なんですけど……」
「葵姫ちゃんも来るわよ。私たちの世界の」
「行きますっ!!」
背筋を伸ばし、敬礼した。
クールなほうの葵姫たんと会える!
わくわく!
「んじゃ、凛夏。そういうわけで俺たち行ってくるから、留守番頼むわ、みんなによろしくな」
「ええーっ? 私も行きたいんだけど」
「ごめんなさい。危険があるから、葉月ちゃんは連れていけないの」
危険なのかよ!?
「危険って、異物っすか?」
「いいえ。こっちの世界では異世界騒動は起きていない。そして異物も稀能者も存在しないわ」
へ?
じゃあ、どんな危険が……?
「詳しくは車で話すわ。すぐに来てちょうだい」
「はあ」
凛夏の父ちゃんのシャツに着替え、俺はビグザムさんに続いて外に出た。
道路の脇に黒い高級車が停まっている。
運転席には、黒服の男が。
後部座席にはマイエンジェル・葵姫たんが座っていた。
「ひょーーーー♪ 葵姫殿、お久しぶりであります! 拙者鈴木でござる! お隣に失礼……」
「……」
葵姫たんは無言で向こうの窓に視線を移した。
相変わらず冷たい!
凛夏にやられたらぶん殴りたくなるけど、葵姫たんにやられるとそれすら最高!
「葵姫ちゃんの隣には私が乗るから、鈴木くんは窓際ね」
「……ちぇっ」
ドアを開け、ビグザムさんが乗り込んでから俺も続く。
ああ、昼間のタクシーを思い出すなあ。
あの時も凛夏に邪魔されて葵姫たん(JK)の隣に座れなかったなあ……。
「出してちょうだい」
「わかりまんもす!」
ビグザムさんの合図で黒服の運転手が車を出した。
「モジャハイ共和国大使館でよろしいですか?」
「ええ、お願いね」
「では、出発しまんもす」
大使館?
「ビグザムさん。なんちゃら大使館に行って何するんすか?」
「チャールズの手伝いよ」
「手伝い?」
「こっちの世界でもチャールズは諜報機関に勤めてるのよ。とある陰謀を阻止するのが目的」
「陰棒??」
「そう、陰謀」
陰棒って何だ? チ●ポのこと?
チ●ポを阻止? 再起不能にするってことか。
セメントか何かで埋め込んで使い物にならなくするのかな?
想像するだけでぞっとした。
さっきのトラブルも下手すりゃ陰棒を阻止されたかもしれない。
「何かよくわからないっすけど、誰の陰棒を阻止するんすか?」
「モジャハイ共和国のタカ派の連中よ。今夜のパーティーにあわせてテロを計画していることがわかったの」
タカ派?
人間より動物のほうが気持ちいいって連中か?
しかもタカ……モジャハイ共和国とやらにはそんなマニアが蔓延ってやがんのか。
タカか……動物愛護の連中は文句言わねえのかな?
向こうの国では神聖な行為だとか?
いや待てよ。
テロを起こすってことは、タカ派の連中は抑圧されてるってことだよな。
やっぱモジャハイ共和国でもタカとのプレイは禁じられている――しかし、それを不満に思っている連中がクーデターか何かをたくらんでるってわけか。
「大体事情は呑み込めたっすよ。保守的な価値観を気に入らないタカ派の連中がクーデターを画策している。そいつらは何かの重要なパーティーが催される日本の大使館でテロを起こし、改革の狼煙にしようってわけっすね?」
「ご名答。その通りよ。チャールズはICPO(国際刑事警察機構)と連携しながらそれを阻止しようと動いているの」
「なるほど。俺も動物は好きっすからね。手伝いますよ」
「そうね。タカ派が牛耳ったら自然豊かなモジャハイ共和国も徹底的に開発され、動物はいなくなるでしょうね」
タカだけじゃねーのか?
徹底的に開発? 動物を開発って……変態にも程がある。
変態王の名を欲しいままにした俺でも未開拓のジャンルだってのに、本当にけしからんヤツらだ。
何を手伝えるかわからねーけど、燃えてきたぜ!!
「ごめんね、鈴木くん葵姫ちゃん。本当は異世界のことに私たちが介入すべきではないのかもしれないけれど」
「……気にしないでください。私は指令に従うのみ」
うおおおおお!
葵姫たんがしゃべったぁー!
やっぱりええのう。
鈴の音みたいな美しい声……これだけでご飯一杯食えるわ!
「……運転手さん、そこに入って」
「かしこまりまんもす」
立派なマンションの駐車場に車は入る。
うーん。俺が三千年くらい働いても住めそうにないな。
「柱の手前に停めてもらえる?」
「承知しまんもす」
ビグザムさんの指示どおりの場所に車が停まると、数台先に停まっていたワゴン車が動き出して目前に停まった。
窓が埋められていて、中は見えない。
「運転手さん、ありがとう。私たちはあの車に乗るわよ」
促されるまま車を降りると、ワゴンのスライドドアが開いた。
入り口にかかったカーテンをくぐると、見覚えのある顔が目に入る。
スーツの紳士。チャールズだ!
「チャールズ!」
「君が鈴木くんか。初めまして。山田光宙です」
そっか、こっちの世界では初対面だった。
「は、初めまして。鈴木凡太です。で、こっちが家内の徳川葵姫たん」
せっかく紹介しようとしたのに葵姫たんは「触らないで」とつぶやいて、席に座ってしまった。
つ、冷たい……。
でも俺はめげない!
男は追う生き物だから!
「君たちは異世界でめざましい戦果を上げていると聞いている。急な話ですまないが、我々のミッションに協力してほしい」
葵姫たんはともかく、俺は何も戦果を上げていないような気もするが、まあよしとしよう。
ドアが閉まり、車が出発した。
あごひげに手をやりながら、チャールズが説明を始めた。
「モジャハイ共和国と日本の国交五十周年パーティーが大使館で行われている。その中にタカ派の送り込んだテロリストが数名潜り込んでいるという話だ」
「そいつら、武器は使うんすか?」
拳銃のような殺傷力の高いものなら、俺の絶対時間で対応は可能だろう。
だが、ナイフのように中途半端なものだと稀能が発動せずかえっててこずる可能性がある。
「もちろん武器の持ち込みは厳しくチェックされている。それに会場内にも参加者に扮したSPが多数配備されている」
「だったら心配はないのでは?」」
「我々が情報を掴んでいない襲撃者が存在する可能性があるんだ。君たちには、カップルを装って大使館の周辺を警備してもらいたい」
……カップル!?
葵姫たんと!!?
「わかりました。お任せください」
おおっ! 葵姫たんがやる気になってる。
「い、いいのか?」
嬉しいのについつい確認してしまうへたれな俺。
手を繋いだりしたら葵姫たんが仮死状態になってしまうかもしれん。
こっちの世界にはドクトルはいないって話だし、それはいかん。
「任務だからな。ただし私には直接触れないよう細心の注意は払ってもらう」
まあそうだよな。
だが、肌に直接でなければ触ってもいいってことだよな。
ウヒョヒョヒョヒョ。
とうとう俺の時代がやってきたのだ!
俺は、心の中でガッツポーズした。




