第一話 宿命の出会い
初投稿です。
やりたい放題の話を書きたいと思っています。
よろしくお願いします。
※ヒロインは三話まで登場しません。
「――日本はもう終わりだな」
平日の朝の喫茶店。
日系新聞をたたみながら俺はつぶやいた。
テーブルの上のコーヒーはすっかり冷え切っていた。
……あたりを見回してみる。
誰も振り向かない。反応しない。
無職の俺がわざわざ早起きして喫茶店に来てまでやり手のビジネスマンっぽい感じでカッコつけたってのに、誰一人として俺に関心を持つ様子はない。
ちくしょー! 何のためにスーツまで買ったと思ってるんだ……!
都会の人間は冷たい。
どいつもこいつも他人に無関心で。
「はあ……」
ため息をついて再び日系新聞を手に取る。
(ちなみに今日のものではない。先週の新聞を再利用してる)
『異世界問題、回復の見込みは絶望的』
何度も読んだ見出しが目に入る。
「はあ、いっそ俺も異世界に拉致られねーかな」
ついつい本音が口をつき、慌てて俺は口をつぐむ。
異世界に行きたいなんて聞かれたら通報されてもおかしくない。
誰にも聞かれていないよな……?
キョロキョロと索敵する。
……よし、セーフ。
それはそうだ。こんなにガラガラの店内じゃ誰も聞いてるはずがない。
「俺の人生、負けっぱなしだな……」
誰にも聞かれていないことをいいことに、本音を口にする。今度は思い切り。
独り言の多さをキモがられたこともあったけど、いいんだ。
今は清々と独り言を言おうじゃないか。
「三年、か――」
そう。わずか三年。
三年前はこんな世の中がやって来るなんて想像もしていなかったな。
ゲームもスマホもどんどん性能が上がっていって、街中にはドローンや自動運転の車があふれて……そんな世の中が迫ってると思ってた。
二〇一七年。
あれがこの国にとって運命の分かれ道だったのだろう。
年間約八万人の行方不明・失踪者。
まあ、失踪なんて昭和の時代から珍しいものじゃなかったらしいけど、彼らの行き先が明らかになったのが、二〇一七年だった。
最初のタレコミは『ぬちゃんねる』のオカルト板だったらず。
色々なまとめサイトに取り上げられたから、今でもしっかり覚えている。
『異世界で魔王を倒してきたけど、何か質問ある?』そんな馬鹿馬鹿しい名前のスレッドだった。
報告者は『英雄トト』と名乗る高校生だった。
引きこもりだった彼は、夜食を買いに外出した際にトラックに撥ねられ死んでしまった。
ところが、彼が目覚めたのは中世ヨーロッパ風の華やかな異世界。
確か――マレフガルドとか言う世界だったっけな。
そこでトトは『異世界より遣わされた神の戦士』として魔王と戦い、それを討ち滅ぼす。
そして最後は精霊に導かれて現世に帰ってきたって話だった。
当初スレは全く伸びず、「釣りにすらなっていない」「病院池」などと散々な反応だった。
ここまでだったら基地外の立てた乱暴な釣りスレで済んだんだけど、報告者トトは証拠としてマレフガルドで授けられた『トトの剣』という聖剣の写真をうpしたのだ。
まあ、その日は『PhotoShop乙』『釣りにしちゃ金かけてるな』『コスプレ用に譲ってくれ』程度の感想が並んだところでスレは終わった。
ところが数週間後、世間はあのスレが釣りじゃなかったことを思い知らされたんだ。
『未知の金属発見』『異世界からの帰還』
どこのスポーツ新聞だよ、ってレベルの見出しが各紙の一面を埋め尽くした。
報告者トトが『トトの剣』を研究機関に持ち込んで調べてもらったのだ。
それは地球上には存在しない物質で構成されていた。
世界中が大パニックに陥った。
次にトトがスレを立てた時は凄まじいものだった。
千個ものレスを書き込めるスレが、ものの十秒程度で消費されていったのだから。
時の人となったトトが語った『精霊に聞いた話』とやらはショッキングなものだった。
・世界中で報告される行方不明者の大多数は異世界に転移していること
・地球人ならば、誰であっても異世界では超人になれること
・異世界にはどんな重病でも治療する魔法が存在すること
・異世界にいるのは美男美女ばかりで、現世から転移した人間はモテモテであること
・異世界に召喚してもらう方法
最後の「異世界に召喚してもらう方法」はやばかった。
異世界転移の方法って色々あるらしくて、『呪文を唱える』か、『トラックに撥ねられる』がポピュラーらしい。
後者は痛いし、運が良くないと転生できないらしいので、呪文のほうがリスクは少ない。
呪文はすごい簡単だった。確か三行くらいの何気ない言葉だったはず。しかも大阪弁。
もちろん俺も悩んだ。
当時の俺は高校三年。クラスでは日陰者。友達もいないニート予備軍。
何の実績もないくせにプライドだけは高い。やればできると思っているくせにやらない(たぶんやってもできない)。受験勉強もしてなかったし、まあ普通にカスってやつ。
そんなクソみてーな人生を送るよりは、異世界に行ってエルフの姉ちゃんはべらして英雄になったほうがいいに決まっている。
ただ、呪文が本当なのか信じられなかったし、もしも本当だとしてもいきなり異世界に行く心の準備なんてできてなかったしで、迷ってしまった。
そう、迷っていたんだ。
で、「まあ、異世界に行くかどうか明日一日考えよう」と思いながら翌日学校に行ったらビックリ。
クラスで四人が消えたと大騒ぎ。
それだけじゃない。
不登校児をあわせたら、うちの学校だけで五〇人が行方不明になったという。
教師は「集団家出だ」とか言ってたけど、みんな気づいていた。「昨日のスレ見て、呪文唱えたんだろう」と。
翌日のニュースはさらに驚くものだった。
全国の小学生~高校生が一日で大量失踪。その数およそ二〇万人。
さすがにその頃にはマスコミもトトのスレ、呪文の情報は掴んでた。
ぬちゃんねるの当該スレは削除され、何とか大臣とやらが緊急記者会見して「呪文を唱えること、他人に教えることは禁止。呪文を記録した人間は直ちに破棄せよ」とか言ってた。
例の報告者トトも姿を消した。政府に監禁されたと噂になっていたっけ。
それから数日は、ぬちゃんねるには呪文を書き込む連中が多かったんだけど、片っ端から逮捕されたらしい。
ヌイッターでもリヌイートされまくっていた。
罰ゲームで異世界転移の呪文を唱えさせられて消えた子供の親が記者会見を開いたり。
あの頃の日本は大混乱だった。
正直な話、ちょっと面白かったけど。
退屈な毎日に嫌気が差していたくせに、あまりの混乱っぷりが面白くて「異世界に行かなくて良かった」って思ったほどだもん。
いや、マジでね。
最初にオカルト板にスレが立った一ヵ月後には、日本の人口が三〇〇〇万人も減少したというから面白い。
少子高齢化どころの騒ぎじゃないよね。
十代~二十代を中心にごっそり異世界に消えたのだから。
二〇一六年から二〇一七年のわずか一年で、日本人の平均年齢は三十歳も上がってしまった。
社会はガタガタ。
おかげで俺は定員割れした慶包大学に合格できたし得した気分ではある。偏差値が合格基準の半分くらいしかなかったから。
でも、やっぱり俺はアホだからこの状況がいかにヤバイかわかっていなかった。
まず、商品がアホみたいに値上がりした。ジュースも、雑誌も、弁当も、ゲームも、毎週値段が上がっていったもん。週刊少年ジョンプなんて一冊千円超えたからね。漫画家は半分くらいに減ったのに。
あらゆる商品の値上げの原因は、ブラック企業の従業員が片っ端から異世界に行ったからみたい。
低賃金でこき使われた労働力が消えまくったので商品の値段は上がる、上がる。
あと、日本中で事故・事件が発生しまくったり。
銀行強盗にトライして、失敗したら異世界に逃げる。
ギャンブルに全財産をぶち込んで、負けたら異世界に逃げる。
母ちゃんによると、近所でもタクシーの運ちゃんが運転中に消えた事故があったとか。
もうメチャクチャ。
世が乱れれば乱れるほど異世界に逃げる者も増える。
するとさらに世が乱れる。
まさに悪循環。
そして三年が経った。
法も整備され、「異世界に行きたい」と口にするだけで懲罰の対象になってしまった。
本人は懲罰されても異世界に逃げればいいのであんまり意味はないんだけど。
逆に異世界に行かずにこの世界に留まってる人間を優遇する施策も検討されたみたいなんだけど、日本のGDPも半分程度まで落ち込んでしまったのでそれどころではない。
少しでも呪文が広がるのを食い止めようとサイバーパトロールがネットを検閲する毎日。
呪文をメモっていなかった俺は異世界に逃げることもできず、済ました顔で『異世界に逃げなかったエリート』を気取って喫茶店で一服するくらいしか人生の楽しみはないというわけです。ニンニン。
俺だって異世界に逃げてーよ! クソ!
友達がいない自分が心底恨めしい……。友達さえいれば、きっと誰か一人くらい呪文を知ってる人間もいただろうに。
「この国はもう終わりだ」
不思議なことに異世界へ移動できるのは日本国内からのみらしい。
ついでに異世界へ行けるのも日本人のみっぽい。(厳密にはわからないが)
不思議なことに海外ではこんな問題は発生していない。わずかにはあるのかもしれないけど。
ラノベでも異世界に飛ぶのは日本人ばっかだし、異世界人とやらと波長があう民族なのかな。
「この国はもう終わりだ」
俺はまたつぶやいた。
意味なんかない。
でも、こういうことを口にでもしていないと自我を保てそうになかった。
慶包の同期の連中は俺みてーなカスと頭の出来が違うから共通の話題も持てねーし。
はあ、もうやってらんねー。
現実世界で負けた連中はみんな異世界へ行ってしまった。
残ったのはエリートと情報弱者ばかり。
その中にポツンと残る、俺。
俺の人生、いつもハズレクジばかりだ。
ぼんやりと考えていたら、入り口のドアが開く音が聞こえたんだ。
「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」
ウェイトレスに案内されてきたのは黒いスーツにサングラスの男だった。
……何だアイツは?
映画のマフィアか何かのつもりか?
真夏にあんな格好して、頭がおかしいのだろうか。
まー、大学にも行かずにスーツで日系新聞とビジネス本(ブックオンで一〇八円だった)を並べて喜んでいる俺に笑われるなんてかわいそうなヤツよ。
そんなことを考えていたら、スーツの男は俺の席に近づいてきた。
こんな空いた店内だというのに、俺の前に立ち、見下ろしながら言った。
「……隣、いいかな?」
な、なんだろう。
俺は独り言は多いが、今の悪口は口にしてないはずだぞ。
このおっさん、サイコメトラー? そ、それとも俺がサトラレだったのか!?
ポーカーフェイスを作りながら緊張していると、おっさんは隣に座った。四人掛けの席なのに、隣に。
おしぼりを持ったウェイトレスさんが、俺たちを見てぎょっとした。
「あ、あの……? 他にも席は空いていますが……?」
「気にしないでくれ。ただのホモ達だ」
な、なんだってーーー!!?
「そ、そうですか。ご、ごゆっくりどうぞ」
そう言うとウェイトレスさんは顔をひきつらせ、立ち去ってしまった。
「あ、ああ、あの……」
恐怖で声が震えてしまう。
「驚かせてすまない」
「は、はあ」
相槌を打ちながらスーツのジャケットでしっかり尻をガード。
「他人に話を聞かれたくなかったのでな」
おっさんは俺の耳元でささやいた。
「は、はい……?」
ていうか、このおっさん、ブルース・リーみたいないいガタイしてやがる。
逆らったら何されるかわからない。
「自己紹介が遅れたな。私はこういう者だ」
おっさんはズボンのポケットに手を入れた。
まさかファスナーを開け、チ●ポを取り出す気じゃ……!
やはりこいつ『そういう』者だ!
俺の中で危険アラームが鳴り響く。
「と、取り出さなくても大丈夫です! あなたの考えていることはわかりましたから」
「……ほう?」
おっさんは動きを止めた。
しばらく俺の顔を見ると、口元がつりあがった。
「噂とは違い、なかなかの洞察力だな。だが、自己紹介はさせてもらおう」
ポケットから取り出した名刺入れから、一枚を俺に渡した。
そこには『日本秘密情報部 捜査官 チャールズ山田』と書かれていた。
「この国の未来のため、君の力を借りたいんだ。
協力してくれないか――?」
サングラスを外しながら彼が口にした言葉は意外なものだった。
「鈴木凡太くん――」
――このおっさん。
なぜ――俺の名前を――?