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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

SF・ホラー短編

3番目のトイレには友達が住んでいる

作者: 相戯陽大

私がこの小学校を卒業したのは今から9年前、大学生となった今となっては忘れかけていた思い出だった。どんなに嫌なことがあっても次の朝には何事もなかったかのように楽しい1日が始まったし、楽しいことがあれば次の日もその話で盛り上がった。そんな温かい思い出たちの中、今でも思い出したくないほど恐ろしい出来事が1つだけある。卒業式のときでさえ二度とこの学校に来ないと決意したほどに忌々しい出来事。それなのに、私は今こうして教育実習生として小学校に戻ってきてしまった。なんであの日の出来事を忘れて小学校の教師なんて目指そうと思ったのだろう。


話は戻って小4の夏、2007年7月13日。水泳で使った水着を学校に忘れて帰ってしまったのをお母さんが気づいたことがそもそもの始まりだった。


「ねえユキナ、水着が洗濯に出てないけど…」


「あ、学校に忘れてきたかも。」


「もう、明日から夏休みなんだから置いておいたらカビ生えるわよ。取りに戻った方がいいんじゃない?」


「取りに戻るって、もう夜の11時だよ?」


「これからカビの生えた水着を使うならいいけど?」


「…わかったよ。」


家を飛び出すと夜の街を走り抜け学校へ向かった。背は高い方で高校生くらいには見られていたから夜に外を歩いていても誰も気に止めなかったが、友達の親に会うといけないから先を急いだ。


「待って、君。これからどこに行くんだい?」


さすがに交番の前を通るのは不注意だっただろうか。途中でお巡りさんに声をかけられてしまった。


「ええと、実家に帰るんです。今日は私の誕生日で両親がご馳走を用意してくれてるみたいで。」


「そうでしたか、これは失礼。夜道は気をつけるように。」


なんで私はこんなに高校生と間違われるんだろうか、それが私のコンプレックスだったしかし今回ばかりはこの見た目に感謝している。なんとか学校の前に到着すると、私より先に誰か生徒校門をよじ登っているのが見えた。近づいてよく見ると、見覚えのある服の少年。


「…ハヤトくん?」


「うわおっ!」


私が声をかけると、クラスメイトのハヤトくんは素っ頓狂な悲鳴を上げて校門の向こう側に落ちた。


「…大丈夫?」


「いてて…なんだユキナか。びっくりさせるなよ…」


「ハヤトくんだって、そんなに驚くことないじゃん。」


「ユキナが忘れ物多すぎるだけだろ?夜の学校で声かけられたら誰だって驚くって。どうせ今日だって水着でも忘れて帰ったんだろ?」


私は目をそらして苦笑いすることしかできなかった。なぜハヤトくんはこんなに鋭いんだろう。


「あれ、じゃあハヤトくんも忘れ物?」


「違う違う。ちょっとした肝試しだよ。」


「…一人で?」


「いいだろ別に。実は怪談を聞いてさ。13日の金曜日の夜に女子トイレに行くと異次元に入れるってやつ。」


なぜ13日の金曜日だけ異次元に通じるのか、なぜ女子トイレなのか、私が気になったことは山ほどあったけれど、そんなことよりもハヤトくんは本当に一人で女子トイレに入るつもりだったのかが1番気になった。


「よかったら私も一緒に行くよ?」


「マジ?男子1人で女子トイレに忍び込むのは抵抗あったから、女子がいると心強いよ。」


ハヤトくんと私は鍵が壊れている図工室の窓から校舎の中に忍び込み、階段を登った。最初は異次元なんて出鱈目で何も起こらずに帰ってこれるものだと思っていたが、それは校舎に入る前までの話。階段を登っている間に階段の先にトイレのそれとは違う異様な臭いがするを感じると、私達は一歩おきに無言で顔を見合わせてお互いの血の気の引いた顔を確認した。ハヤトくんの顔からは階段を登るにつれて最初の活気が消えていくのがわかった。


「ねえ、ハヤトくん…やっぱりやめない?」


「怖いならユキナだけ帰っててもいいよ。俺は行くからな。」


言葉とは裏腹にハヤトくんのたくましい腕が私の腕を力強く握りしめている。当の私も、ここまで来て一人で帰ることの方がよっぽど怖かったからハヤトくんの手を振りほどこうとは思わなかった。だんだん一段登るのにかかる時間が遅くなっていく。その遅すぎるペースのせいか強烈な悪臭のせいか、だんだん息が苦しくなってくる。息が絶え絶えになりながらもやっとのことでトイレの前にたどりついたとき、腕時計を見ると11時59分になっていた。


「ハヤトくん、あと1分で今日が終わっちゃうよ…?」


「わかった、早く入ろう…」


なんであと1分だと教えてしまったのだろう。黙っておけば間に合わなかったのに。私はこんなにも怖いのに、ハヤトくんは私の手を引っ張って女子トイレの中に走り込む。悪臭の何が怖いのか自分でもわからなかったけれど、怖すぎて抵抗はおろか悲鳴をあげることすらできなかった。


女子トイレの中に入ると、異次元のイメージとはかけ離れていたけれど異次元に来てしまったかのような異様な光景が広がっていた。十数人の死体、それも死因が何かわからないような綺麗な死体から腐った死体、白骨化した死体、ウジの湧いている死体までいろいろな死体。そのうち何人かはクラスメイトの顔にどことなく似ているような気がした。床と壁は血液の赤とカビの緑の毒々しいコントラストが広がっていて、クモや何かの幼虫がその間を這っている。まるで殺人鬼が死体の隠し場所を何年も放置していたかのような光景。私はいても立ってもいられなくなり、ハヤトくんの手を振りほどいて女子トイレの外へ飛び出した。何が異次元だ、誰があんなことをしたんだ、そもそも今日の昼間このトイレを使ったときは雑草なんて生えてなかったのにいつの間に生えてきたんだ。そんな想像を越えた恐怖が私を襲った。どうやって帰ったかは覚えていない。ただ死に物狂いで走って帰ったことだけは覚えている。それから今までハヤトくんに会っていない。いや、ハヤトくんという存在が初めからなかったことにされていた。お母さんはあの日の夜は私はずっと家にいたと言うし、学校に取りに戻った水着は最初から家にあった。


「おはよう、ユキちゃん!」


「うん、おはよう!」


夏休み明け初日。久しぶりの早起きは辛いけれど、暖かい学校の生活に戻れるのは嬉しかった。


「日記ちゃんと書いた?」


「え、もしかして書いてないの?」


「昨日一気に書いてきちゃった。天気写させて?」


「まったくトモちゃんは…」


一通りおしゃべりすると、担任の篠原先生が教室に入ってくる。


「はい、席についてくださいー!」


「あ、もう朝の会だね。じゃあまたあとで!」


「うん。」


それから卒業式までの学校生活は今までどおりの暖かい時間が続いていた。時が経つにつれて、私自身の記憶からもハヤトくんとの思い出が消えていった。


そして11年後、2018年7月13日金曜日。


「先生、3週間ありがとうございました!」


クラス全員がそう言うと、生徒の1人が花束を、もう1人が色紙を私に渡す。不安だらけの教育実習だったけれど、最後にこうして「ありがとう」の言葉が聞けると安心して思わず涙が零れる。


「こちらこそ…楽しい時間をありがとう…」


「先生泣いてるー!」


「ほんとだー!」


私はただ泣いていたわけではない、笑顔で教育実習を終えるという目標は涙を零してでも達成させたのだ。その涙も安心と嬉しさのあまり溢れてくる涙、これほど幸せなことはない。生徒たちと記念写真を撮ったり、おしゃべりをしたり、私からのメッセージカードを配ったり…その行動一つ一つがかけがえのないものに感じる。私はこのクラスで教育実習ができて本当に良かったと思う。


現役の先生たちの話を一通り聞き終え、教育実習が終わった頃には夜の9時になっていた。正確に言うと、教育実習の間幸せな時間を過ごしたこの校舎からギリギリまで出たくなかっただけなのだが。


「お疲れ様。教育実習どうだった?」


「あ、篠原先生。本当にお世話になりました。気をつけることが多くて大変ですけど、その分やりがいを感じましたよ。」


「そうですか、それはよかった。」


教育実習で面倒を見てくれていた先生が様子を見に来てくれた。篠原先生は私が小学生の頃に担任だったこともあり、今まで本当にお世話になった。


「それにしても、ユキちゃんが先生になるなんてね。ここに通ってた頃そんなこと言ってたっけ?」


「いえ、確かマジシャンを目指してたと思います。今では宴会芸になってますけどね。」


「宴会芸でもいいじゃない。継続は力なりって言うわよ。」


「はい、私も好きだから続けてるんですよ。」


これまでの教育実習では上司と部下のような関係だったが、ここに来て初めて先生と生徒の関係で話ができた。先生を目指す立場が言うのもおかしな話だけれど、生徒として先生と話すのはとても心地がよい。久しぶりの先生との話に花を咲かせていると、階段の方から誰かが走っている足音が聞こえてきた。


「あら、生徒が忍び込んできたのかしら。」


「学校に防犯カメラが付いてる時代でもそんな生徒がいるんですね…」


私がそう言った次の瞬間、急に足音がこちらに近づいてきたかと思うと篠原先生の首がものすごい速さで飛んできた。足音の動きもあまりにも速すぎて、何が起こったのかわからないまま私は篠原先生の首を抱えて後ろに倒れた。


「ナンデ…ワスレチャッタノ…?」


舌足らずな声、血生臭い臭い、何か生暖かい液体が私のズボンの裾を濡らしていく感覚。頭が一連の出来事の処理に追いついたとき、私は篠原先生の首を捨てて一目散に逃げだした。後ろは振り返らない。ただ篠原先生が急に死んだこと、誰かが篠原先生を殺したことだけが頭の中をぐるぐる回っている。


「ナンデニゲルノ…オナカスイタダケナノニ…」


足音が私を追いかけてくる。舌足らずの声がぴちゃぴちゃという不快な水音と一緒に聞こえてくる。人間の声ではない、蛇か蛙が人間の言葉を真似したかのような唸り声。


「来ないで!やめて…!」


「ナンデ…ナンデ…」


逃げた先に階段。私は迷わず階段を下に降りた。こころなしか追いかけてくる「何か」よりも血生臭い臭いが階段の下からしてくる気がした。


「マッテ…ユキナ…」


そう舌足らずの声が私の名前を呼んだような気がした。2階にたどりついたとき、私は意を決して後ろを振り向いた。


「アア…ユキナ…オレダヨ…」


私の名前を呼んだ「それ」は血みどろになった人型の生き物だった。全身が毛むくじゃらでところどころに緑色のできものができてる。爪の間から虫のようなものが湧いていて、髪の毛は真っ白だった。しかしその顔、その声は11年前に最初からいなかったものにされた少年、ハヤトくんの面影を残していた。気がつけば私の後ろはあの日一緒に入った女子トイレ、そこから確かに悪臭を放っている。消えていった11年前の記憶が鮮明に蘇るのに時間はかからなかった。


「ハヤトくん…?」


目の前のものはこくりと頷く。長い髪の毛のせい表情は見えなかったが、少なくとも楽しくはないことくらい私にはわかっていた。


「ごめん、ハヤトくん…寂しかったでしょ?」


「オレ…イジゲン…ニンゲンクッテタ…」


13日の金曜日以外の日にはあの異次元の世界はトイレしかない空間だったのだろう。だからハヤトくんは、こっちの世界と繋がる13日の金曜日に私が来るのを待ってたのかもしれない。


「デモサビシクナイ…ユキナガイタ…」


「うん、私はここに…」


「チガウ、イジゲンデ…ズットイッショ…」


「どういう意味…?」


変わり果てたハヤトくんはトイレの中に入っていった。私もハヤトくんに続いて、恐る恐る中に入る。11年前のように雑草と血が床と壁を占めていたが、腐った死体やウジの湧いた死体はどこにもなく骨だけがそこかしこに転がっていた。その先を見るとハヤトくんは一番奥の個室を開けてこちらに手招きしていた。その開けられていた個室をのぞき込むと、そこには私が子供の頃来ていただいて服を来た人骨が座っていた。


「こんなの…私じゃない…!」


「イマハホネ…ムカシハユキナ…」


「違う!じゃあここにいる私は何!?私はユキナじゃないって言うの!?」


「ユキナガシヌセカイ…カキカエラレタ…」


「違う、私はもともと私なの!」


「ソウ…ダカラ…オレトズット…」


ハヤトくんが私を押し倒そうとした。そのときのハヤトくん怪物以外の何にも形容しがたく、そうなった原因の半分が私にあったとしても怪物に触られるということがこの上ないほどの恐怖だった。私はすんでのところでハヤトくんの手を避け、学校の外に逃げ出した。11年前のあの日と同じように。


「マッテ…オナカスイタ…ユキナタベタイ…」


姿かたちは変わってしまったものの、心はハヤトくんのままだと思っていた。でも、この11年間ずっと1人で生きてきて心すら変わってしまったのを今さら実感した。私も一瞬ですら耐えられなかったのだから、あんな部屋に長い間閉じ込められていたら今のハヤトくんよりも狂っていたに違いない。それは分かっていてもハヤトくんを助けたいという気持ちにはなれない。もうあれはハヤトくんではない、人喰いの化け物以外の何者だと言うのだ。


夜の街を走る。化け物の水音混じりの足音は私のあとを追ってくる。走っている間に何人かとすれ違った。交番の前も通り過ぎた。しかし悲鳴や叫び声は一切聞こえてこなかった。あの化け物は私にしか見えない、誰も私を助けてくれる人はいない。


「…うわあああ!!!」


なんでこんなことになってしまったのだろう。私は極限まで追い込まれたせいか、あろうことかハヤトくんを殴り殺してしまったのだ。ハヤトくんはずっと少ない食料で持ちこたえてきたんだから、女とはいえ健康な私がハヤトくんに力で勝つのは簡単だった。もしハヤトくんが化け物で、それが私にしか見ることができないものなら何も問題はなかった。しかしハヤトくんは化け物なんかではなくて、全身傷だらけで痩せこけていたけど明らかに人間のハヤトくんだった。気づいたときには周りで悲鳴があがっていた。みんなハヤトくんが見えるようだった。他でもない私はハヤトくんを殺した。その事実が怖くなって、また逃げる。


「待って、君。これからどこに行くんだい?」


聞き覚えのあるセリフが聞こえた。


2018年7月13日、私は殺人容疑で逮捕された。私は2007年から11年間ずっと学校の隠し部屋にハヤトくんを監禁し続け、そのあと街の真ん中で殺した異常犯罪者ということにされている。異次元に繋がるトイレの話をしてみても相手にされない。それどころか14年前に学校の前で少女が死んでいたという別の事件の容疑を被せられる始末だった。その少女と私の指紋がハヤトくんの持ち物から出てきたらしいのだが、私はその少女を知らない。世界は私の記憶とは違うように歪んでいく。いや、歪んでいるのは私の記憶の方なのだろうか。自分が犯罪を犯したことから心を守るために、記憶を嘘で塗り固めていたのではないのだろうか。

過去作品の世界観を持ってきて、新しい物語を作りました。本作で言う異次元の世界の話になりますがそちらもよろしければ過去作品もご覧下さい。http://ncode.syosetu.com/n4768ci/

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[良い点] 主人公のパニック具合が文面のつまり具合から伝わってきます。トイレ内の表現も具体的で良いと思います。(耐性無いので倒れる) [気になる点] 「今でも思い出したくないほど恐ろしい出が1つだけあ…
[一言] とても面白かったです。言いようの無いホラーがあって、最後まで面白く読めました。オチもなかなか後をひくものでよかったです! 一番いいとおもったのは、幽霊?(ゾンビ?)であるハヤト君を殴り殺せて…
2015/07/14 15:34 退会済み
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[良い点] うわ、マジっすか……これは本当に感嘆の一言に尽きますね。 ホラー、スプラッタ、異次元というか……あと多次元的SF要素もうまく組み合わさってる。 私も学校に水着を忘れて取りにいったことが…
2015/07/14 14:23 退会済み
管理
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