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少女と宮野君の優しい笑顔

 ドアを閉めると、宮野君は無言で歩き出した。その彼の後をついていくが、彼がわたしを気にした素振りもない。そこから少し先にある曲がり角を曲がったとき、宮野君を呼び止める。

 彼は怪訝そうな顔でわたしを見る。


「つきあっているふりのことをお母さんに話したの?」

「いや。友達になったと言っておいたから」

「名前で呼んでも驚いてなかったね」

「母親が優菜ちゃんと呼んでいるからじゃないの? 名字だとややこしいだろう」

「確かに。宮野君もわたしのことを名前で呼んでいるの?」

「そう呼ばないと話がややこしいから。一応さんつけでね」


 優菜さんと宮野君に呼ばれるのを想像する。

 意外に悪くない。


「優菜さんって呼ぼうか」

「何でわかるの?」

「君は顔に出る」


 そういった宮野くんがわたしの腕をつかむ。

 少しして車がわきを通り抜ける。


「ボーっとしていると危ないよ」

「ごめんね」


 宮野君は車が走り去ってもわたしの手を離さなかった。

 だからわたしも黙って彼についていくことにした。


 彼が足を止めたのは彼の家から歩いて五分ほどのお店だった。レンガ造りの外壁に、店の入り口部分には同色の木製の看板がかけられている。そこにはアルファベットでお店の名前が記されていた。


 彼は手を離すと、その手で入り口を開けた。すぐにゆるやかな弦楽器で奏でられた音楽とともに店員らしき少し年配の女性の声が届いていた。宮野君はかけつけてきた髪の毛を後方で結んだ女性と言葉を交わしていた。わたしがお店内に入るのを待ち、このお店の奥の窓際にある四人席に案内された。席をさえぎるものはなく、顔をあげると隣の席の人と目が合う。宮野君が奥に座り、その手間にわたしが座った。


 店の中は閑散とし、休みの日という印象はない。だが、昼時を外れているので、不自然ではなかった。

 席に座り息を吐くと、店員がメニューとお水を持ってくる。宮野君とわたしの前にそれを置き、メニューをそれぞれに手渡す。メニューにはビニールのかばーがかけられていた。薄い紙で作られたページをめくりながら、行書体で書かれたメニューを確認する。


 メニューに片っ端から迷っていると、宮野君が頬杖をつきわたしを見ているのに気づいた。鋭い視線に胸を高鳴らせ、メニューに目を走らせると冷めた言葉が聞こえてきた。


「決まった?」

「まだ」


 彼は暇そうに頬杖をつき、窓の外を見ている。メニューに視線を落とすこともない。


「もしかしてもう決まったの?」

「決まった」

「まだ三分くらいしか経ってないのに」

「何を食べるかなんて一目見たら決まる。君の大好きなカレーもあるけど」

「でも、サンドイッチもおいしそうだし」

「ゆっくりどうぞ」


 宮野君はあきれたように笑うと、視線を窓辺にずらす。

 宮野君の横顔に見入っていると、彼と再び目があった。


「決まった?」

「サンドイッチにする」


 わたしは慌ててそう告げる。

 彼は店員を呼ぶと、注文をはじめる。彼が頼んだのはきのこがふんだんに使われている和風パスタだった。


 それでもよかったかもしれないなと思いながら、注文している彼の横顔を見ていた。そのとき、少し年上と思われる女性が彼のことを横目に見ていたに気づく。彼は普通にしているのにやはり目立っていた。


 わたしと彼は恋人同士に見えているんだろうか。

 なぜ彼は今まで親しくもなかった自分を偽りの恋人に選んだんだろうか。

 気に入ったから。それだけの理由でわたしを選んだのはどうしてだったのだろう。


「冷えるから食べたら?」


 冷めた声に我に返ると、わたしや宮野君の前にコーヒーやさっき頼んだ品が置いてあった。

 透明な袋に入ったおしぼりの封を破り手を拭くと、食べることにした。

 それを確認したようにお皿にフォークを入れていた。


 届いた品を平らげ、明細に手を伸ばそうとすると、一足早く宮野君がそれを手にレジまで行く。わたしはバッグを手にレジまで行くが、彼は個別に計算してもらうこともなく二人分の支払いをあっという間に済ませていた、鐘の音とともに店の外にさっさと出てしまった。


「わたしの分は払いますよ」


 鐘の音に語尾を重ねながら、彼に声をかける。だが、宮野君の彼の足が止まる。肩越しに振り向くと、肩をすくめていた。


「敬語は使うなと言ったのに」

「ごめんなさい」


 わたしは慌てて謝った。


「お金」

「いいよ。おごり」

「でも、悪い」

「今日、無理に誘ったのは俺だから」


 彼はそういうと、返事を聞かずに先ほど来た方角とは別の方向に歩き出した。


「家、そっちじゃないよね」

「そろそろ映画の時間じゃない?」


 言われて我に返る。そうだ。わたしは彼に映画に行きたいと言ったのだ。


 彼の後をついていこうとしたとき、聞きなれないメロディが車の排気ガスの音に紛れて町並みに流れていた。彼はジャケットから携帯を取り出すと眉をひそめた、わたしに断り電話を取る。


「どうだろうね。まあ、聞いてみるけど」


 さっきと代わらないどこかぶしつけな言葉に、彼が誰と話をしているのか予想がつく。彼が電話を切るのを待ち、聞いてみることにした。


「今のってお母さん?」

「何で分かったんだ?」

「言葉遣いがそんな気がした」


 母親と話をしている彼はクラスメイトと話す宮野君とは違いどこか砕けた印象を受けたからだ。


「君を家に連れてきたらって。掃除も終わったらしいから。君にきてほしいと一応伝えてくれと言われたんだ」

「映画はまた今度でいいよ。今日は宮野君の家に行きたい」


 わたしがそう答えたことで、宮野君の家に行くことになった。



 玄関を開けるとすぐに奈々さんが出迎えてくれた。


「さっきはごめんなさいね。動揺していて」

「わたしこそ、急にお邪魔をしてしまいごめんなさい」


 わたしが頭を下げると、彼女は気にしなくて言い、リビングに通してくれた。リビングは綺麗に掃除されている。彼女は自由に座っていいというと、キッチンに戻っていく。


 テレビの前のソファに座ることになった。宮野君はわたしの予想に反し、隣に座っていた。

 奈々さんが純白のコーヒーカップに注がれたコーヒーを手に戻ってきてわたし、宮野君の順に並べる。最後にわたしの向かい側の席に置き、そこに腰を下ろしていた。


「渉とはよく会うの?」


 宮野君はそ知らぬ顔でコーヒーを飲んでいる。まさか一緒に学校に行ってますとも言えなかった。


「たまに」

「学校も近いからね。たまには連れていらっしゃいよ」

 と宮野君に言う。


 彼は笑顔でそんな母親に答えていた。


 それからは宮野君のお母さんと話をすることが多く、宮野君はそんなわたしたちの会話を黙って聞いていた。


 そのあとケーキもごちそうになり、太陽が傾くころ宮野君の母親に見送られ家を出た。


「遅くまで引き止めて悪かったな」

「わたしも楽しかったもの」


 彼とあまり話はできなかったが、一日一緒にいたことで、錯覚かもしれないが、彼との距離が近づいた気がしたからだ。

 家に通じる曲がり角をまがったとき、宮野君を見た。


「ここでいいよ。もうすぐだし」

「また明日」


 彼と別れを告げ、家への道を歩いていこうとした。少し振り返ると、彼はもう家へ向かっていた。

 彼があっさり帰ってしまったことをさみしく感じながらも見送ろうとしたとき、今まで聴いたことない声が夕焼の残る街並みに響いていた。


「渉」


 クセがあるが、少女のようにあどけない透明感のある声だった。

 彼のもとにかけよってきたのは髪の毛の長い女の子だ。彼よりも頭二つ分ほど小さい。


「どうかしたの? 今帰り? このあたりにいるのは珍しいね」


 宮野君ははしゃぐ彼女に声をかける。

 彼女の声は大きいが、宮野君の声は淡い夕日にかき消されてしまい、彼女に何を言っているかは分からなかった。だが、そのときの笑顔は今までに見たことがないほど優しいものだった。



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