デートの誘い
人気の少ない中庭のベンチであいはお箸を手にぽかんと口を開ける。だが、体をびくりと震わせると、眉をひそめた。
昼休みに昼食を外で食べることになり、昨日のあらましを一通り伝えたのだ。
彼女は宮野君の言い出した提案に少なからず戸惑ったようで、「彼女の振り?」と聞いてきた。
彼女の言葉にうなずく。
「女の子からの告白を断るのが面倒だから、言い訳としてつきあえってさ」
「宮野君らしいというか、冷静にかんがえるととんでもない理由だね」
「そうだよね」
「でも、どうして優菜なんだろう」
彼女はさっき買ったばかりお茶を口に含みながら、首を傾げる。
「気に入ったかららしいよ」
「優菜は嫌じゃないんだね」
「やっぱり憧れていたから、短い時間でも恋人になれるならいいかなって思ったの。おかしいかな。デートもしてくれるっていうし。もちろん、ほかの人なら断固断るよ」
「いいんじゃない? 二人がいいならね」
ダメなことはダメだとはっきりと言ってくれる友人がそう言わなかったことにほっと胸をなでおろす。
その関係がちぐはぐだと分かっているからこそ、誰かに後押しをしてほしかったんだろう。
「でも、宮野君か。噂が広まってからが大変そうだね。何かあったら力になるから」
「ありがとう」
笑顔でお礼を言うと、売店で買ったパンを食べることにした。
教室に戻ると、人の視線が集まってくる。そのとげとげしい視線から、昼休みの間に宮野君と一緒にいたことが知れ渡ってしまったと気づいたのだ。あいも妙な空気を感じとったのか、大げさに肩をすくめていた。心臓が嫌な鼓動を刻むのを感じながら席に座る。
他校の生徒に疎いわたしが宮野君を知っていたように、宮野君はこの学校でも高い人気があるのだから。
何か言われたりするのだろうか。
不安な気持ちでいると、すぐに髪の毛を耳元で結った女の子が目を輝かせやってきた。クラスメイトの塩崎芽衣子だ。顔立ちがあどけなく、高校二年になった今でも中学生に間違えられると嘆いていた。
彼女はわたしの机に手を置くと、身を乗り出してくる。
「宮野君とつきあっているって本当なの?」
ストレートに聞いてきたクラスメイトの言葉に、心なしか教室のわざめきが一掃された気がした。
わたしは一瞬、返事に困る。はいと言っていいんだろう。それどころか、否定したら宮野君との約束を反故にしてしまうし、いろいろと面倒なことになるだろう。
わたしは意を決して約束を守ることにした。
「本当だよ」
「そっかあ。フリーの間はチャンスがあると思ったんだけど。でもおめでとう」
芽衣子は明るい笑顔でわたしの肩を叩く。残念だといいつつも、残念そうな素振りは全くなかった。意外な反応に拍子抜けをしながら、頬杖をつく。
宮野君はわたしの学校で人気があると思っていたが買いかぶりだったのだろか。
そう思ったとき、前の席のあいが苦笑いを浮かべているのに気付いた。
「ショックを受けているのは男のほうが多かったりしてね」
「宮野君って男に人気あるの?」
わたしは素朴な疑問を口にした。
だが、彼女ができたからといって悲しむ男子はいるのかと言われればよく分からない。
あいは右手の人差し指でわたしの額を押す。
「本当に優菜は鈍いよね。優菜って男子に人気があったんだ。だから彼氏ができて女子で逆にチャンスだと思っている子は多いと思うよ」
「そんなの知らない」
「優菜は鈍いもの。直接告白しないときづかなそうだからね」
鈍いということに思い当たらない言葉がないわけではない。
だが、そもそも誰かから好意を感じたことは一度もなく、半信半疑で聞いていた。
そんなわたしの状態とは異なり、宮野君の彼女の話は芽衣子が言いふらしたのか、放課後には至るところに広がっていた。
「今日は一日大注目だったね」
友人の言葉に苦笑いで答え、靴箱を閉める。
「デートに誘ってみたら? してくれるって行ったんでしょう?」
「デート? でも」
「きっといいと言ってくれるよ。昨日も言われたんでしょう?」
そうあいが軽くわたしの背中を押す。宮野君と待ち合わせをしている公園まで行き、あいと別れた。
公園内にはまだ宮野君の姿はなかった。
あいから言われたことを思い出し、細く長い息を吐く。
彼は誘ってくれてもかまわないとは言ったが実際に誘うのは勇気がいる。
わたしの足元に影が届き、顔をあげると、いつの間にか宮野君の姿があった。
「口をあけているとバカみたいに見えるよ」
その言葉に慌てて口を押さえていた。
淡白な表情を浮かべていた彼があきれたような笑みを浮かべる。
私はまた何かしてしまっただろうか。
「さっそく、君の学校の生徒に君とつきあっているか聞かれたよ。どんだけ派手に広めたんだか」
芽衣子の話が広まってしまったのだろう。
「ごめんなさい」
「言い出したのは俺だし、謝る必要はないよ。むしろ好都合。帰ろうか」
歩き出した彼を呼び止める。
「さっきの話、何て返事をしたんですか?」
「気になるんだ」
「だって宮野君が付き合ってないって言ったら付き合っていると言えないから。というか、付き合っていると言ったから、そうじゃないって宮野君が言ったら恥ずかしい人じゃない」
彼はそんなわたしを見て、ふっと目を細めた。
「彼女だって言ったよ。俺から告白して付き合い始めたとね」
「宮野君から?」
「言い出したのは俺だからね」
そういう設定なのはわかっていたが、一気に顔が赤くなる。彼との約束が一気に現実味を帯びてきたことだ。
宮野君の言葉にドキドキしているわたしの顔を、彼がいたずらっぽく笑うとのぞき込む。
「さっそくだけど、次の日曜にデートでもしようか」
「デート?」
その言葉に反応し、頭で考えるよりも早くうなずいていた。
彼からデートに誘われるとは考えてもみなかったのだ。
「じゃあ、十一時に。行きたいところとかあれば考えておいて」
彼の誘いにもう一度頷いていた。
クッションを抱き寄せると、天井を何度も見上げ深呼吸をする。彼の約束との約束を何度も思い出し、その言葉に浸っていたのだ。
「どこに行こう。宮野君はどういうところが好きなんだろう」
いろいろデートスポットと呼ばれる場所を頭に描くが、彼の好みも分からない現状ではどこもしっくり来なかった。宮野君の行きたくない場所に行き、つまらない人間と思われるのだけは避けたい。
だが、ふと我に返り、クッションから手を離しクローゼットを開ける。そこには親に買ってもらった洋服が並んでいた。
宮野君とデートをするのにはもう一つ大事なことがある。それは洋服だ。
せっかくだから可愛いと彼に思われたい。
まず手にしたのは彼の家に挨拶をしにいったときのワンピースだ。それが一番気に入っている洋服ではあったが、いつも同じ洋服を着ているとは思われたくはない。
宮野君はどういった服が好きなんだろう。
彼女と言ってもわたしはそんなこともまともに知らないのだ。
そんな気持ちもあってか、目に付く洋服を片っ端から触っていた。
だが、これといった洋服を選べないでいた。
わたしはあいに報告も兼ねて電話をすることにした。
彼女に宮野君からデートに誘われたことも含め、一通り状況を説明する。
「よかったじゃない」
「でも、洋服とか、髪の毛とか迷ってしまって」
「一応、彼氏と彼女の関係を満喫しているんだね」
弾むような声でそう言われ、戸惑いながらも返事をしていた。
「そのままでも十分可愛いんだから、いつものままでいいと思うんだけど、気になるなら髪の毛のセットとか、洋服も選ぶの手伝うよ。土曜日、久々に優菜の家に泊まっていい?」
「もちろん。お願い」
彼女はわたしのわがままを快く受け入れてくれた。