傍にいるために
白い日の光を手で遮り、まだ続く夏の日差しにほっと息を漏らす。
いつの間にか見慣れた場所には白いシャツに紺のスカートをはいたののかちゃんと、白いシャツに黒のズボンをはいた宮野君の姿があった。
笑顔で言葉を交わす二人の前に行く。
「おはよう」
今日から新学期だった。いつものように宮野君と待ちあわせをしている場所にののかちゃんの姿があった。
彼女はふわりとした髪をなびかせ、笑顔を浮かべる。
花火大会後も何度かわたしの家で顔を合わせていたので久しぶりだという印象はなかった。
「ののかがついてくるってしつこくてさ。朝、家にまでやってくるし」
「いいじゃない。最初だから。明日からは先輩との二人きりの朝を邪魔しませんから」
彼女は唇を尖らせ、そう口にする。
宮野君が先を歩き、ついていくようにののかちゃんとわたしが歩き出す。
花火大会の日には中途半端にしか話せなかったので、その後彼女には一連の事情を全部話をしていた。振りから、つきあうようになったことまで。
彼女は嫌そうな顔をせずに最後まで笑顔で聞いてくれ、つきあうようになったという話を自分のことのように喜んでくれていた。
「勝手に言っていればいいよ」
歩くスピードを速めた宮野君をののかちゃんとわたしが足早に追う。
ののかちゃんは不思議そうに首をかしげる。
「疑問だったんだけど、渉はいつから先輩のことを好きになったの?」
「別に」
「わたしが先輩のことを渉に教えてから? 渉ってあのときは先輩のこと知らないみたいだったよね」
ののかちゃんは宮野君の言葉を無視して問いかけていた。
彼は振り返りはしなかったが、言葉で否定する。
ののかちゃんは一人で納得し、頷いていた。
「あれからだったんだ。わたしのおかげで先輩と付き合えたようなものだね」
ののかちゃんの問いかけを宮野君は完全に無視していた。
一人で納得しているののかちゃんと返す言葉もない宮野君の状況が飲み込めずに、首をかしげていると、ののかちゃんはわたしを見て微笑んだ。
「先輩は覚えていないと思うけど、わたし、入学してすぐに先輩に会っていたんです」
「そうなの?」
「わたしが転んでカバンの中身を広げてしまったときに、遅刻間際で周りの人は走っていたのに、先輩が拾うのを手伝ってくれたんです」
だが具体的にそういわれても、ののかちゃんを見た記憶がさっぱりとない。
そもそも宮野君と一緒に行くまではいつも遅刻ギリギリだったのもあると思う。
「覚えていなくてごめんね」
「いいえ。そんな些細なことって覚えていないと思います。わたしは入学したばかりで先輩のことを知らないし、渉に先輩のことを聞いてみたんです。そのとき、先輩のことを知らないって言っていて。わたしと岸川先輩と渉が一緒にいるとき先輩を見かけて、岸川先輩が先輩のことを教えてくれました」
その時点で宮野君はわたしのことを知らなかったことになる。
ののかちゃんの存在がなければ宮野君は自分のことを知らないままだったのかもしれない。そして、恋人の振りの話も出てこなかったのだろう。人と人のつながりを感じ、不思議な気持ちでその成り行きを聞いていた。
「渉は先輩に一目惚れだったの?」
周りの人が足早に駆けて行くのに気付いた。宮野君が足を止めると、腕時計に目を向ける。
「早く行かないと遅刻するよ」
宮野君の言葉にわたしとののかちゃんは顔を見合わせ、歩くスピードを速めていた。
宮野君とは学校の近くで別れ、ののかちゃんと一緒に学校に行くことになった。校内に入ると、ののかちゃんは目を細めて微笑んでいた。
「あれって、照れ隠しなんですよ」
「そうなの?」
「今までの付き合い上そんな気がします」
分かっているからこそ宮野君のそんな態度も笑って受け流せるのだろう。いつか、そうした些細なことを感じれるようになりたいと思う。
「気になるなら後から本人に聞いてみたらいいと思いますよ」
ののかちゃんはそう笑顔で告げていた。
靴を履き替え、ののかちゃんとは二年の教室がある二階で別れた。彼女は目立つのか、男女問わず何人かちらちらと見ていた。彼女はそんな視線を気にした様子もない。その無防備な彼女を見ていると宮野君が必要以上に彼女にかまっていた理由が分かる気がした。いい子だから心配になる。
教室に入ると、もう多くの席が埋まっていた。自分の席まで行くと、前の席のあいと目が合う。彼女は軽く手を振っていた。彼女に会釈し自分の席につくと、彼女は窓に背をあて振り返る。
彼女には宮野君とのことをメールで伝えておいた。夏休みに邪魔をしたら悪いと遊ぶこともなかったので、彼女に会うのは久々だった。
「相変わらず仲良くやっているの?」
「そこそこかな」
「夏休みはデート三昧だったんだね」
絶対に言われると思っていた言葉に苦笑いを浮かべる。
二人でよく一緒にはいたが、その時間は世間で言われるような海に行ったり、遊びに行ったりというデートをしたわけではなかった。
「毎日家で勉強。宮野君と、たまにののかちゃんも。でも、映画のDVDくらいなら見たかな。ののかちゃんが家から持ってきたの」
「へえ。どんなの?」
あいはののかちゃんの話を興味深そうに聞いていた。彼女が持ってきたのはコミカルでほのぼのとした動物がメインとなる映画だった。
タイトルを言うと、あいは肩をすくめて笑っていた。
「あの子らしいね。勉強って、まだ期末前の約束が続いていたの?」
テストで点を取れないと、デートができなくなるという話だ。
あいには母親の言っていた条件のことのことを含めつたえていた。やっとのことで宿題を終えたわたしに期末の条件は満たせなかったのだからときつく言われ、わたしの夏休みの末路は決まっていた。
「それって彼氏ってより家庭教師みたい」
彼女の言葉に苦笑いを浮かべるが、そこまで宮野君と過ごす勉強時間が嫌ではなかった。
一緒にいられるというのはもちろん、引越しを避けたいという気持ちや数年後の大学の入試も視野に入れ始めていたのだ。宮野君も同じ大学を志望していたのだ。もっとも合格確実であろう彼と、運が良ければ受かるレベルのわたしでは大きな差はあるが、同じ大学に受かればもっと一緒にいられるし、志望校が現実のものにとって代わるような気がしていた。
あいはそれ以上わたしを追求せずに、人差し指を唇に当てると苦笑いを浮かべた。
「一学期の期末前もそうだったということは宮野君は優菜と一緒にいたかったんだろうね」
「そうなのかな」
「恐らくね。なんとなく宮野君の気持ちには知っていたんだよね。今年の五月くらいからたまに宮野君が優菜を見ているのを知っていたし」
「そうなの?」
「本人に言ったら軽くかわされたけどね」
曲がったことが嫌いな彼女が宮野君との関係を否定しなかったのは、そうした背景があったのだと気付かされる。
「自分からデートに誘ってみれば? 夏休みは終わっちゃったけど、これから休みもあるよ」
「テストの点数が取れなかったからね。それに、宮野君と一緒に家で勉強をするのも思ったより悪くないよ。一緒にいられるんだもん」
あいはわたしの頬を抓る。
「楽しそうでよかった。毎日のように家にいたってことは、手料理でも作ったりした?」
「まだ。絶対それは無理」
昼ごはんは近くのお店で買ってきたり、出前を取ったり、宮野君の母親が作ってくれたものを食べることがほとんどでわたしが実際に作ったことはまだ一度もない。人並みにはできるという自負はあるが、彼氏に食べさせるとなると敷居が高い。
「宮野君も優菜の料理を食べたいと思っていると思うけどな」
「そうかな」
「あせる必要はないか。少しずつだね」
わたしはあいの言葉に笑顔でうなずいていた。
教室の扉が開き、担任の先生が教室の中に入ってきた。




