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あふれだした言葉

 ソファに身を投げ出し、テレビのリモコンを流す。だが、興味のある番組もなく、結局電源を落としていた。宮野君に連絡を取るどころか、宿題や掃除などすべてが中途半端になっていた。


 テーブルの上に置いていた携帯がなる。携帯に触れ発信者を確認すると、ののかちゃんの名前が記されていた。

 初めての電話に戸惑いながらも電話を取る。


「久しぶりですね」


 明るい彼女の声に、一週間前に泣いていた彼女の姿が頭を過ぎる。


「今日、花火大会ありますよね。一緒に行きませんか?」


 少し迷い、彼女と一緒に行くことになった。彼女の笑顔を見て、安心したかったのかもしれない。

 花火大会の始まる二時間ほど前に彼女と待ち合わせをすることにした。



 彼女とは駅の近くにあるスーパーの前で待ち合わせをすることになった。

 待ち合わせ時刻に指定された場所に行くと、白のレースのワンピースを着たののかちゃんが立っていた。わたしと目が合うと手を振り、軽い足取りで距離を詰めてくる。そしていつもと変わらない笑顔を浮かべていた。


「お久しぶりです」

「久しぶりだね。元気だった?」


 彼女の笑顔に心を和ませ、挨拶の変わりに問いかけた言葉に彼女の表情が固まるのに気付いた。

 その場を取り繕うとしたが、言葉が出てこない。

 ののかちゃんは口元を引き締めるとわたしを見る。


「先輩に謝らないといけないことがあったんです。一週間前、渉と花火大会に行ったんですよね」


 うそを吐いても仕方ないことだったので、素直に認めた。

 ののかちゃんは深々と頭をさげていた。


「あのときは気が動転していて、まさか先輩とデートしていると思いもしなかったから。本当にごめんなさい。そのことを謝りたくて」

「気にしないで」


 別れたということを宮野君から聞いたのだろうか。それが無関係とは言えないが、一因でしかない。彼女には直接的に関係ないことだった。

 彼女にどう今の状況を言い訳しようか迷っていると、彼女は唇を噛み、わたしを見据える。


「わたしのお母さん、小さい頃に離婚したって言いましたよね」


 彼女は気持ちを踏みしめるかのように、一言ずつをしっかりと口にする。


「そのお母さんが突然家にやってきて、自分と一緒に暮らさないかって言い出したんです。新しい結婚相手との間に子供ができなかったらしくて、わたしに矛先を向けてきたんです。わたしは新しいお父さんとは暮らしたくないし嫌と言ったんですが、わたしを連れて帰るまで帰らないと。それでどうしたらいいか分からなくて、思わず渉に電話をしていたんです」


 その言葉で彼がののかちゃんに呼び出されたとしか言わなかった理由を悟る。もし自分が彼の立場であれば同じ決断をしたはずだからだ。


「だから、今日は今度こそ渉と花火を見てほしくて先輩に来てもらったんです。電車で少し行ったところで花火大会がありますよね」

「花火って、宮野君って」

「渉は一足先に駅に来ていると思いますよ。先輩が来るとは言ってないけど。きっとわたしの代わりに先輩が着たら喜ぶと思いますよ」


 彼女は岸川さんとは違い振りのことも知らないのだろう。


「いいよ。わたし、家に帰る」

「せめてもの罪滅ぼしをさせてください」


 ののかちゃんにうるんだ目でそう言われ、嫌だと言えずに一緒に駅まで行くことになった。



 駅へと通じる階段の脇に青のシャツを着た宮野君が立っていた。彼は肩をすくめ、少々けだるそうな表情をしていた。

 彼はそんな表情をしていようとも周りの目を惹く。人気の多い夕方の時間なら尚更だ。通りかかった数人の女性が宮野君を見ていたが、実際に声をかけることもない。


「わたしは帰るので、後はよろしくお願いします。わたしは用事があるとでも言っておいてください」


 ののかちゃんに軽く背中を押され、嫌とも言い出せずに覚悟を決め足を踏み出す。そして、わき目を振らずに宮野君の元へ直進する。


 わたしの影が一足早く彼に触れる。顔を上げた宮野君の落ち着いた眼差しが見開かれ、視線が後方にそれる。


「ののかに何か言われてきた?」


 その表情には戸惑いや動揺はなく、優しいけれど以前クラスメイトに接していたときのように他人行儀で淡白なものだった。

 これが彼の距離のとり方なのかもしれない。


「用事があるからって呼び出されて、宮野君も呼び出していると聞いて」


 彼の言葉に予想以上に傷つき、一緒に花火を見たいなど言い出せなくなっていた。


「用事ね」


 宮野君がわたしの背後をチラッと見ると、ため息をついた。


「わざわざ悪いな。家までは送るから。電話でよかったのに」


 彼はわたしの脇を抜け歩いていく。

 これが自分の出した答えの結論だった。分かっていたはずなのに実際に彼に示されると心が痛む。

 わたしはすがるように彼の腕をつかんでいたが、言葉の代わりに目から涙が零れ落ちる。

 勝手に別れを告げ、人前で泣き出して、本当にわたしはダメな人間だ。


 宮野君が目を見張るのが分かった。


「わたし、宮野君と一緒にいて、振りだったのに、分かっていたのに。岸川さんからいろいろ言われて、そんなことないと否定して、それでも好きだってわかったの」

「何言って」


 自分でも混乱しているのが分かるほど、言葉があいまいで、何を言っているのか分からなかった。

 わたしは何を言いたいのか。きっとそれは一つだ。

 だから、それを口にするために息を吸い込んだ。


「わたしは宮野君のことがずっと前から好きだったの」


 自分の発した言葉で満たされ、周りから音が消える。宮野君が眼を見張り、唇を震わせる。だが、実際に言葉をつむぐことはなく、髪の毛をかきあげると眉根を寄せる。


「今、ここがどこか分かっている?」

「どこって駅」


 今の状況を自覚し、周りから向けられている好奇の視線に気づいた。動くことも、周りの人と目を合わせることもできなくなっていた。


「本当に君はどうしょうもないね」


 宮野君がわたしの腕を引き、有無を言わせず引っ張っていく。彼の腕をじっと見つめていた。その途中、宮野君があごをしゃくるのに気づいたが、彼が何を見ているのか確認する勇気もなく、歩き続けていた。



 駅のざわめきもとどかなくなる、ひっそりとした住宅地で宮野君の足が止まる。

 そこで顔を上げると、宮野君が冷めた目でわたしを見ているのに気付いた。


「何でそう君は考えなしにああいうことを言うんだか」

「ごめんなさい。自分勝手なのは分かっているのに、それでも辛かったの」


 視界が滲み、歯を食いしばるが涙が溢れてくる。


「別に怒っているわけでもないんだけど。話は後からきくよ。その前にあいつを家まで送らないと」


 困ったように眉をひそめ、わたしの後方を指差した。そこには息を乱したののかちゃんの姿があった。

 彼女は足を止め、体をびくりと震わせた。


「わたしは一人で帰れるから大丈夫だよ」

「いいよ。どうせ、彼女を家まで送らないといけないし。その途中だから」


 戸惑うののかちゃんに宮野君は軽く言い放った。


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