利己的な理由
屋根の外に出ると、さんさんとした日差しが肌に触れる。もう夏休みは半分以上が経過してしまっていた。
足音が聞こえ、振り返るとそこには白いシャツを着た岸川さんの姿があったのだ。
「外は暑いね」
彼の言葉に会釈し、歩き出す。さっきまで岸川さんに誘われ、映画を見ていたのだ。
宮野君との関係を解消し、一週間が経過した。あれから彼からの連絡はない。彼と親しくなったのはほんの数ヶ月前で、その時期に戻っただけだ。これからは彼のことは人づてにしか知ることにできないということに寂しさはあったが、その気持ちを時の経過にゆだねようと決めたのだ。
「今日はごめんね。無理に誘って」
「そんなことないですよ。わたしも観たい映画だったの」
見たい映画だったが、映像が目の前で流れていくのに、字幕も、効果音さえも耳にしっかりと入ってこなかった。だから、内容を突っ込まれるとこまるけど。
「君がそう言うなら、いいけど」
彼は含みのある言い方をすると、ゆっくりとため息を吐く。
「花火大会の日、あんなこと言って悪かった。でも、俺は本気だったんだ。君が宮野の彼女でもね」
突然言われた言葉に、思わず目を見張る。彼は少し頬を赤くして、苦笑いを浮かべていた。
「もう彼女じゃないんですよ」
彼があえて振りと言わなかったことが、余計に胸を痛くする。
「君からそうあいつに言ったんだ」
「宮野君から聞きましたか?」
彼は首を横に振る。
「あいつは君にそんなことは言わないはず。宮野のことが好きなのに、何でそんなこと言ったの?」
彼の本意がつかめずに、できるだけ気持ちを整理して彼の問いかけに答える。
「宮野君はわたしのことを好きじゃないし、一緒にいなければ傷つかないと思ったから」
一週間前に決めた答えに目が潤んでくる。
彼は深々とため息をつくと、頭をかいていた。
「友達の彼女をデートに誘っておいてなんだけど、今日ははっきり振られようと思ってデートに誘ったのに、困ったね」
「振られるって」
わたしの言葉に苦笑いを浮かべていた。
「告白したら、絶対宮野が好きだからって断られると思っていたからさ。だから、無理に誘って思い出作りでもしようかなって思っていたんだけど。そんな泣きそうな顔されたら、言えないね」
「ごめんなさい」
何に対して謝っているのかもわからずに謝っていた。
彼はわたしを見て目を細めると、ハンカチを差し出してくれた。わたしはそれで涙をぬぐう。
「お節介かもしれないけど、あいつから聞いた? 君にどうして彼女の振りをしろって言ったかその理由」
「女の子から告白されたときに、断る理由がほしかったから」
「本当にそれだけだったと思う?」
「思います」
わたしはそう強い口調で口にする。
「君がそんなんだから、引き止めなかったんじゃない? 宮野も君と同じでさ」
「同じって」
「相手の気持ちをまったく理解していないってこと」
「気持ちなんて理解する必要もないですよ。宮野君にとってわたしは大したことない存在で、一年後にはあっさり忘れられるくらいだと思います」
彼は苦笑いを浮かべた。
「君は自覚がないんだろうね。俺の学校で有名だったんだよね」
「宮野君の彼女だから?」
「その前からだよ。可愛いって、結構人気があってさ、君を狙っている男って多かったんだ。でも、あまり言い方はよくないけど、女で君に反感持っている奴もいたし、男も男で強引なことを考えている奴も多かったんだよね。強引に押せば彼女にできそうってさ」
「そんなことない。宮野君だからいいって言ったの」
「基本はそうだろうけど、君ってすごく人がいいのか素直なのか、そいつらの嘘や外面にコロッとだまされそうだから。そういうやつってそういうことにだけは頭の働く奴もおおいからね。頭の使い方を間違えているというくらい。一人暮らしするって噂も流れていたから余計に、強引に押せば付き合えそうって噂が流れていた。だからだと思うよ。君に彼女になれって言ったのはさ。あいつなりに君の事を守りたかったんだろうなって思う」
「ならどうして振りなの?」
彼の言葉の理屈は通じるが、理解はできない。
宮野君相手なら普通に告白されてもいいといった気がしたからだ。
彼の言葉は一方的で、断ることさえ許さなかった。
「理由は俺じゃなくて、あいつに聞きなよ。なんとなく分かるけど」
今までの気持ちを思い出して、軽く唇を噛む。
「いまさらそんなこと聞けませんよ。わたしから彼との関係を絶ったのに」
「少しは利己的になってもいいんじゃない? 別に相手の嫌がることを無理にしようとしているわけでもないし。聞きたいことは我慢せずに聞いたほうがいいよ。一人で延々と考えるよりは答えが分かってすっきりするから。君がこれからも宮野に関わっていきたいなら尚更ね」
だが、それは傷つかないという前提があればこそだ。傷つくと分かっているのに、人の気持ちに土足で踏み込むことは難しい。
「帰ろうか」
歩き出した彼を呼び止める。
「ごはんは食べないんですか?」
「宮野とのことを確かめたいだろう。俺と一緒にいるよりもさ」
「でも、今日は岸川さんと約束したから」
その当たり前の言葉に、彼は目を細めて笑っていた。
「だから君はお人よしなんだよ。そういうところがいいなって思っていたんだけどね」
彼からの二度目の告白めいた言葉は一度目の告白に対する戸惑いがうそのように、優しく穏やかで息づくものだった。
結局、二人はごはんを食べて家路に吐くことになった。家の前まで送ってくれた彼に深々と頭を下げる。
「少なくとも嫌いな子のためにあいつが勉強を教えたりなんかしたりしないとは思うよ。それどころか、自分の時間を割くことも考えられないからね。俺が知る限りだと、完全に妹としてみている里崎さんと君だけだから」
「どうしてそこまでわたしに宮野君に告白しろって言うんですか?」
好きだったら自分の彼女にしたいと思うはずなのに、彼の言動はわたしに告白をさせようとたくらんでいるように思えてならなかったのだ。
「簡単だよ。宮野が相手だから諦めるのに、そのままその気持ちを引きずって、そこに付け込むような男と付き合われたら、やるせないからさ。そんな利己的な理由」
彼はそう自分を謙遜したが、実際はそうではなかった。
「それに君もこのまま会わなくなるなら、いっそすべてをはっきり言ったほうがすっきりすると思うよ。どうせ会わないつもりなら、最後にオーバーな行動をとってもいいんじゃない? 今のままだとこの数か月の思い出も全て無碍になってしまうのは明らかだから」
彼はそれだけを言い残すと、去っていく。
鍵をあけ家の中に入ると息を吐く。何気なく携帯を取り出して、宮野君の電話番号を表示する。
彼に対する様々な思いが交錯し、彼に電話をし理由を聞くべきかという問いかけに答えをだすことはできなかった。




