思いがけない告白
辺りには人の気配がなく、風がなびくたびに森が揺れていた。
宮野君は辺りを見渡し、眉をひそめていた。
「ここって昔自販機があったと思ったんだけど、飲み物を買ってきたほうがよかったな。買ってこようか?」
わたしは何度も首を横に振っていた。
「後から一緒に買いに行こうよ」
その言葉に理解を示した宮野君を見つめ、あいの言葉を思い出していた。
今ならおめでとうくらい言ってくれるかもしれない。
誕生日のことを告げようと勇気を振り絞ったとき、軽やかなメロディがあたりに響いた。
宮野君はわたしに断ると、鞄から携帯を取り出していた。発信者を確認して、眉根を寄せる。電話を取り、耳に当てる。
「今日はでかけていて。後から家に寄るよ」
宮野君が眉をひそめた。
彼は電話口の誰かの話を聞いているようだった。
「わかった。今から行くよ」
予想外の言葉に彼から目を離せないでいた。
彼は電話を切ると、わたしを見る。
「悪い。今度埋め合わせをするから、今日は帰るよ」
「何かあったの?」
彼の様子に嫌な予感が過ぎる。
「ののかに呼ばれて。悪いな」
彼はそれ以上何も言ってくれなかった。その用事が深刻なものなのかそうでないものかも分からずに胸がいたむ。
「わかった。急用じゃ仕方ないよね」
本当はその理由を聞きたくてたまらなかったが、本物の彼女でない自分にそんなことを聞く権利がないことはわかっていた。彼にうっとおしいと思われたくなかったのだ。
別に花火大会に行かなくても、誕生日なんて祝ってくれなくてもたいしたことじゃない。宮野君はわたしの誕生日を知らない。そもそもわたしも宮野君の誕生日を知らないのだ。そう言い聞かせても、こうして傷ついてしまう自分自身がすごく浅ましく感じてしまっていた。
「家まで送るから」
「いいよ。少しぶらっとして帰るから気にしないで」
肩を寄せ、精一杯の笑顔で告げる。傷ついた顔を見せたくなかったのだ。
「バイバイ」
勝手にどこか行こうとしたわたしの手をつかむ。
「さっきの場所まで送るよ。ここまで連れてきたのは俺だから。一人にしたら危ないし」
突然握られた手を振りほどくこともできずに、彼の優しさに思わず口をかみしめると、彼のあとをついていくようにして歩き出していた。
さっきの場所まで送ってもらい、彼と目を合わせずに別れを告げる。
「じゃあな」
足元で土が鳴り、宮野君は声をかけると急ぎ足で遠ざかっていく。その大きさがある程度遠くなるのを確認し、宮野君を見た。
振り返ることもなく帰っていく宮野君の後姿を目で追っていた。
他の人の楽しそうな声が耳に届き、今すぐでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。だが、宮野君が信号にでも引っかかり、鉢合せをしてしまう可能性を避けたかったので、この場にしばらくとどまることにした。
辺りのわく声よりもより高い声が空を包むように広がる。わたしはその音に吊られるように天を仰いでいた。視界に無数の光が闇の落ちた空を明るく照らし出すのが映し出され、辺りからも歓声が漏れた。
一回でも宮野君と一緒に見られたら。そんな気持ちを抱きながらも、自分達の関係は所詮そんなものなのかもしれないと結論付け、唇を軽く噛む。
そのときだった。
「武井さん?」
聞きなれない声に振り返ると、そこには同じくらいの年のシャツにジーンズをはいて、髪の毛を短く刈った男の人の姿があった。
彼をどこかで見たような気がしたが誰か思い出せないでいると、彼は苦笑いを浮かべ頭をかく。
「覚えていないかな。宮野と同じ高校なんだけど」
その言葉で彼をどこでみたのか思い出していた。宮野君の学校の友人に引き合わされたときにファミレスにいた人だったのだ。彼の名前を呼ぼうとしたが、口からスッと出てこなかった。
「岸川です」
彼はそういうと目を細める。
「さっき、宮野と一緒にいるのを見たけど」
「幼馴染の子から電話がかかってきて、帰ったの」
「里崎さん?」
彼の言葉に胸を痛めながらも、頷いていた。
「でも、だからってデートの途中に帰らなくても」
「彼にとってあの子は特別なんだと思うよ。わたしだってその気持ちはわかる。それにののかちゃんにとって一番頼れる存在なんだと思う」
「でも、今日誕生日なんだから、わがまま言ってもよかったんじゃない?」
彼の気持ちに最大限に理解を示そうとしたときに、突然届いた言葉に驚き、彼を見ていた。
「宮野君から聞いたの?」
半信半疑で彼に問いかける。だが、そう聞きながらもその問いかけの返事がノーであることを願っていた。
彼は首を横に振る。
そのことに胸をなでおろす。
宮野君がわたしの誕生日を知っていて、一言も触れずに帰ったとは考えたくなかったのだ。
「ずっと前から知っていたよ。俺は」
彼は感情を押し殺しているのか、淡々とそう語る。
空に駆けて行く音が静かに響く。また、闇夜に花が打ちあがる。
わたしは空を舞う花火を見ながら、軽く唇をかんだ。なぜか宮野君との別れのシーンが頭を過ぎる。
「今日は俺と一緒に回ろうか。頼りない代役だけど」
「でも、誰かと一緒じゃないの?」
「集団で来ているから、一人くらい抜けても平気だよ」
彼はわたしに有無を言わせず、友達らしき人に電話をしてしまった。すぐに、知り合いと回るからというと電話を切ってしまった。
「いいの?」
「いいよ」
「ありがとう」
今の孤独な気持ちから逃れられそうな気がして、彼の申し出を受け入れることにした。
心を和ませ、彼に問いかける。
「どうしてわたしの誕生日を知っていたの?」
「君のことを知りたくて、君と同じ高校に通っている友達に聞いた」
「何で?」
面識のない彼がなぜそんなことを知りたがっているのかわからずに、率直な疑問を投げかけた。
「俺は君が好きなんだよ」
花火の音にもかき消されずに、まっすぐに届いた音に思わず目を見張る。
彼は頬を赤く染め、唇を軽く噛んでいた。
大好きだった人に別の新しい約束を優先された日に、新しく届いた言葉にただどうすることもできずに彼をただ見つめていた。
外灯と家の光がおぼろげに家の柵を浮かび上がらせていた。わたしは柵に手を触れると、肩越しに振り返った。そこには岸川さんの姿がある。
あのあと、結局どこも見れずに彼に家に送ってもらったところだった。
どう声をかけていいのか分からずに戸惑っていると、彼は困ったように苦笑いを浮かべている。
「今日の話だけどさ。君が宮野を好きなのは知っているから、迷惑なら忘れていいよ。でも、そうじゃなかったら考えてくれればいいなって思っている。無理強いはしないから」
彼の言葉は宮野君とわたしがつきあっている前提の言葉だということが分かったのだ。
宮野君と交わした約束であり、彼を理由に断ってもいいことは分かっていたが、断ることができなかった。
ののかの呼び出しにあっさりと負けてしまう自分が、彼と付き合っているとは言えなかったのだ。その空しい気持ちが、自分の本当の気持ちを彼に伝えることを困難にしていた。
「一応、君と宮野が本気で付き合っていないことは知っているよ。宮野から聞いたから。振りだって」
あいにも同じことを言っていたのにも関わらず、宮野君から聞かされたという言葉はわたしの胸を貫いた。
彼と連絡先を交換する。
「戸締りに気をつけて」
彼の言葉に見送られて、家の中に入った。
ドアを閉めると、リビングのソファに座りこむ。巾着から携帯を取り出した。宮野君からメールも届いていなかった。届くわけがないとわかっていても、眠りに落ちるまで携帯を手放すことができないでいた。




