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17歳の誕生日

 白い生地にはほのかな存在感のある藤の花が息づいている。長い髪の毛は後方で一つに束ね、ふわりとした軽やかさを保ち、髪の毛に絡んだ半透明の藤色のリボンが独特の存在感を醸し出す。


 髪型と洋服を変えただけでこうも雰囲気が変わるのかということに驚き、鏡をじっと見ていた。顔には色つきのリップだけを塗ることになった。唇に藤よりも淡いピンクが宿り、少し反転し、肩越しに鏡を見て確認する。


 わたしの肩にあいが手を置く。


「すっごく似合うね。きっと宮野君もそう思うと思うよ」

「そうだと嬉しいかな」

「今日、誕生日だってアピールしておきなよ。プレゼントがもらえるかもしれないし」


 あいはわたしの額を軽く弾く。


「プレゼントなんていらないよ。この前、水族館もおごってもらったし、むしろわたしが何か買わないといけないくらいだから」

「向こうが善意でおごってくれたんだから気にしなくて言いと思うけどね。誕生日って知ったら好きって告白してくれたりしたりね」


 その言葉にわたしの顔が一瞬で赤く染まる。


「そんなことないと思うよ」


 期待したい気持ちはあるが、そこまで物事が自分に都合よく成り立たないことは分かっていたからだ。


「他にも好きなものとか、こまめにチェックしておいたほうがいいよ。宮野君の趣味に合わせたいならね」


 彼女は最後に髪型や着こなしをチェックし、部屋の時計を見る。


「そろそろ帰るけど、何かあったらいつでも相談してね」


 彼女は旅行バッグを手にする。彼女を玄関まで見送ることにした。出て行くときに彼女のまた励まされ、その言葉に力強く頷く。

 扉が閉まり、肩の荷を降ろす。


 告白というのは敷居が高いが、少しでも彼に好印象をもってくれれば嬉しいとは思う。リビングにある鏡に自分の姿を映し出し、彼がどう反応してくれるか、期待に胸を膨らませていた。


 そんなことをしていると、リビングにチャイムの音が響き渡る。心臓が跳ね、それを抑えるために右手の拳で左胸を三度叩いた。もう一度、鏡に映る自分の姿をチェックすると玄関まで行く。

 ドアを開けると、黒のシャツにジーンズ姿の宮野君が立っていて、涼しい顔でこちらを見ていた。


「インターフォンで応じないと不用心」


 彼は唐突に言葉を切ると、わたしをじっと見ていた。


「時間だから宮野君だと思ったんだけど」


 だが、いつも言葉を返してくれる彼は、その場に固まり何も言おうとしない。

 変なところでもあるのだろうかと、腕や足元をあいに着付けしてもらったときと比べ確認するが、特別おかしいところは見られない。言葉を失うほど似合っていないのだろうか。


「宮野君?」


 不安な気持ちで頼りない声を出す。

 彼は一度体を震わせると首を横に振る。わたしから目を逸らしてしまった。


「何でもないよ。今から行くんだっけ?」

「早いから、少しだけ中でお茶でも飲んでいかない?」


 彼の態度に軽くショックを受けながらも、そう口にした。


「分かった」


 宮野君はわたしの提案を受け入れていた。 


 彼にコーヒーを出し、正面に座る。だが、彼は明らかに顔を背け、目をあわせようとしない。


「そんなにおかしい?」


 浴衣を選んだ時間などを思い出し、思わず本音が口からこぼれる。


「別に」


 あいの予定を狂わせてまで着付けをしてもらったが、後悔していた。慣れない洋服など着るべきではなかったと立ち上がる。


「着替えてくるね」


 虚をつかれたような顔をしている宮野君の表情が飛び込んできたが、部屋に戻ることに決めた。

 歩きかけたわたしに宮野君の声が届く。


「別にいいんじゃない。せっかく着たんだし」

「でも、宮野君は顔を合わせようとしないし。それならやめておくよ。似合わないよね」

「そうじゃなくて、似合っていると思うよ。ただ雰囲気が違うから戸惑って。悪い」


 彼の声がいつもの落ち着いたものよりも若干乱れていた。

 宮野君がそんな声を出すのを始めて聞いたこともあり、思わず彼を見つめていた。

 宮野君はわずかに頬を赤く染め、手元にあるコーヒーに手を伸ばす。


「本当に?」


 うれしくなって、思わず反射的に宮野君の顔を覗き込んだ。彼との距離がキスをしたときのように縮まり、顔をもう少し寄せれば肌がつくほど接近していた。

 宮野君の顔がより赤く染まったのを確認し、伝染したようにわたしの顔も染まっていく。慌てて、声にならない言葉を出していると、彼がわたしの額を軽く弾いた。


「だからそういうことだよ」


 照れ隠しだったのかもしれない。そう思うと、先ほどまでの暗い気持ちが吹き飛んでいた。


 それからわたしと宮野君は他愛ない言葉を交わし、花火大会の時間の少し前に家を出ることにした。

 いつもは早足で並んでくれない彼が、その日だけはなれない草履を履いているわたしを気遣ったのか隣に並んでくれていた。


 花火大会の会場に到着すると、辺りはもう人で賑わい、多くの屋台が並んでいる。女の子二人で着ている人もいれば、親子連れで来ている人、手をつないでいる男女などもいた。余所見をしていると、コンクリートの凹凸に足を取られ、背中を押されたように前のめりになった。そのわたしの腕を引き上げるようにつかみ、腰に宮野君が手を伸ばし、転びそうになったのを支えてくれていた。彼はわたしの体を傍に引き寄せると、目を細めて笑っていた。


「履きなれてないのに履いてくるからだよ」


 彼の手がわたしの体から離れる。

 浮かれていたことに反省をしていると、目の前にごつごつとした手が差し出される。


「だから、ゆっくり歩いていいよ。急いでいないし」


 白い手を伸ばし、彼と手をつなぐ。彼と手をつなぐのは初めてではないが、意識すると手が熱を持つのを感じ取る。

 わたしの顔は真っ赤になっていたかもしれない。

 だが、宮野君はあくまで冷静にあたりを見渡していた。


「何か食べたいものがあれば買っていいよ。リンゴ飴とか、綿菓子とか」

「今はおなかいっぱい」


 今つながっている手を離したくなく、思わず力を込めた。宮野君の手がぴくりと反応していた。わたしの気持ちに気付かれたかもしれないと思いながらも弁解はしなかった。


「どこで見る?」

「できればよく見える場所がいいかな。人が多そうだけど」

「そうだな」


 彼はわたしの足元を見ると、わたしの手を引き、細いわき道に入る。徐々に彼の足が花火大会のメイン会場から遠ざかっていく。

 だが、わたしは宮野君と一緒にいたかっただけで、花火を見たかったわけじゃない。

 だから、右手の感触を確かめながら、拒否はしなかった。


「少し歩くから、足、痛かったら言って」


 彼の言葉に頷いていた。細い道を何度も分け入り、奥に進めば進むほど辺りには浴衣姿の人はほとんどいなくなっていた。


 目の前には四十段ほどの石段が並んでいる。その先には公園がある。彼はその階段をあがらずに、そこを半周し、なだらかな斜面の入り口まで行く。そこをあがると小さな公園に到着する。


 その公園は花火大会の会場とは対照的にしんと静まり返り、人気がほとんどなかった。


「昔、ここでよく見たんだ。ここで見ようか」


 宮野君はそういうと微笑んだ。

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