振り絞った勇気
今の関係を変えるためには告白が必要なんだろう。
だが、宮野君はわたしをどう思っているのだろう。
「どうかした?」
少し前を歩いていた宮野君が足を止め、わたしの顔を覗き込んでいた。
「何でもないよ」
告白してノーだと言われれば、きっとこれからの関係が気まずくなる。偽物の関係さえも続けられなくなるかもしれない。
逆に、宮野君がわたしを好きだと思ってくれていて、その気持ちの片りんでも覗くことができれば、彼に思いを伝える勇気が出るかもしれない。
そのためにはもっと宮野君との時間を増やしたい。
幼いときからずっと宮野君と一緒にいたののかちゃんのように。
なぜ一年生のときから、もっとまじめに勉強しておかなかったんだろうと、彼との約束を果たせなかったことを後悔していた。
「今からだと遠くには行けないけど、別の場所に行ってもいいよ」
思いも寄らぬ言葉に、宮野君を見る。彼は眉根を寄せると、髪の毛をかく。
「行きたいって言った割にはあまり楽しくなさそうに見えたから。今も難しい顔をしているし」
「そんなことないよ」
「他の理由ならお腹すいたとか?」
心配そうに伺う宮野君の言葉に首を横に振る。自分に興味なさそうな彼が心配してくれることが嬉しかったのだ。
些細なことで嬉しくなったり、悲しくなったりを繰り返し、この関係はいずれ途絶えてしまうのだろう。
そうならないために、今、わたしから動こう。
まずわたしは彼に聞きたいことがあった。
「言ってくれたら、できることならするよ。最初に言ったようにさ。勉強も頑張っていたのは知っているから」
「宮野君はわたしのお父さんたちの話を知っていたの? わたしの成績が落ちたら、引っ越す話」
彼は気まずそうに眼をそらす。
「知っていた」
「だから、ノルマを課したの?」
彼は首を縦に振る。
「嘘ついても仕方ないしね。結局、何でもなかったみたいだけど」
「そんなことないよ。宮野君との約束があったから、頑張れたんだもん」
思わず気持ちがこぼれそうになるが、彼は気に留めた様子もなく、あいまいに微笑んだ。
わたしは頭の中で言葉を整理する。必要以上にショックを受けないようにノーといわれたときのことも念頭に置く。二度目の勇気を振り絞るために息を吸い込んだ。
好きと告白するのは場所が場所だし、もっと仲良くなってから、宮野君の気持ちを感じれたときでいい。
今のわたしの望みは一緒に誕生日を祝ってほしいということだ。
プレゼントもいらないから、おめでとうと言ってほしい。
だが、重いと思われるのが怖くて、わたしは同じ日に開催される花火大会の話題を出すことにした。
「今日じゃなくて、今度宮野君と行きたいところがあるの」
「どこ?」
「花火大会に行きたいの」
「花火?」
「来週あるやつ」
「ああいうのって人が多いし、煩いし。何がいいんだろうね」
宮野君はため息まじりにそう口にする。
「でも、綺麗だし。一年に一度だし」
近場では他にも開催されるが電車に乗らずいけるのはそれくらいだ。
批判的な彼の言葉を聞き、徐々に声が小さくなっていく。
素直に誕生日の話でもしたほうがよかったんだろうか。
それとも別の場所に誘ったほうがよかったのだろうか。
いろいろな後悔の気持ちが頭の中を駆け抜けていく。
「無理にとは。ダメならいいから」
「別に行かないとは行ってないよ。七時からだから六時に迎えに行くよ」
「いいの?」
思わず拳を握り、彼の顔をじっと見つめていた。
「別にそれくらいならいいよ。待ち合わせは六時でいい?」
彼の言葉に心を躍らせ、何度も頷く。
「人が多いから、早めがいいと思うの。五時くらい」
四時でもよかったかもしれないとも思う。近くでは昼間から屋台なども並ぶので、花火だけを見るということはもったいない気がしたのだ。
「時間があるならもっと早くてもいいよ」
わたしの心を見透かしたような甘い言葉に思わず反応していた。口元がにやけるのを押さえ、宮野君の表情を伺う。夜遅くまでいることや浴衣を着ていくことを考えるとあまり早い時間をいうことは避けたほうがいい気がした。自分の中で決めた条件に照らし合わせ時刻を選択していく。
「三時くらい」
「そんなに暇なんだ」
宮野君は少しあきれたように笑っていた。
実際は違っていたが、今はそれでもいいと思っていたのだ。いつか違うとはっきり言えるときを期待して。
「遊ぶのもいいけど、休み明けのテストで見せられないような点数を取らないように」
彼の言葉に頷きながら、母親の言っていた話を思い出していた。
引っ越ししなければいけなくなれば、宮野君の言葉に心を動かされることもできなくなるのだ。
館内では軽く食事を済ませる程度にし、外に出てからごはんを食べることにした。イルカのショーを見て、帰りがけにごはんを食べたが、会計時に宮野君が勝手に払ってしまい、結局わたしが彼におごる機会はなかった。お金を払うといっても全然聞いてくれなかった。
帰りは私を家まで送ってくれた。帰っていく彼の後姿を見ながら、約束のことを思い出し、顔が自然と顔がにやけていた。
翌日、わたしはあいと買い物に行くことにした。宮野君とのデートの報告を兼ねて、花火大会のことを伝えると、彼女は一緒に買い物に付き合ってくれると言い出したのだ。
だが、浴衣を扱うお店に入った途端、わたしは辺りを右往左往する。ピンクを基調とした可愛いもの、紺色に白で花を印刷した少し落ち着いたものなどいくつか浴衣を手に取るが、決めることができなかった。
鏡の前で当てるわたしを見て、あいが苦笑いを浮かべる。
「どれでも似合っていると思うんだけどね」
彼女は何を選んでも似合っていると言ってくれ、肝心の品を選べないでいた。
似合ってないといわれるより似合っているといわれたほうが嬉しいけど、正直困ってしまう。
買うのは私なので、最終的に私が決めないといけないということなのかもしれない。
あいは長い指を顎に当てると、眉根を寄せる。
「本当に似合っているんだけど、自覚ないんだね。優菜は。問題は宮野君だから、彼の好みに合わせて選べば? 好きな色とか、柄とか」
「そんなの聞いたことないから分からない」
宮野君の家族や幼馴染のことは知っているが、宮野君の好みに関する話は一度もしたことない。
「やっぱり落ち着いた色がいいのかな」
彼が派手目な色を好むとも考えにくく、少し落ち着いた大人びた浴衣に触れる。
「意外とこういう可愛い色も好きだったりして」
あいが指したのは明るいピンクの浴衣だった。それを当てると顔が映え一気に華やかになるが、彼がこうしたものを好むかは分からない。
相談しながら迷った末に選んだのは紫で藤の花が描かれた浴衣だった。ほかのものに比べると地味な印象はぬぐえないが、無難な選択ではあったとは思ったのだ。
それを買い、お店のロゴの入った紙袋に入れてもらう。それを両手で抱え、弾む気持ちを抑えながら店を出たとき、あいがわたしをちらっと見る。
「で、自分で着られるの?」
「何が?」
「着付けとか、髪型とか。浴衣はそんなに難しくないから大丈夫だと思うけど、髪形をどうするかだね」
そこまで考えていなかった。
ぽかんと口を開けあいを見ると、彼女はわたしの肩を叩く。
「いいよ。その日にわたしがしてあげる」
「でも、その前におばあちゃんの家に行くって」
彼女は毎年お盆を挟み、祖父母の家に行っている。今年も例外でない。花火大会の日に彼女が行くという話を少し前に聞いたばかりだった。
「飛行機もまだとってないから大丈夫。優菜を置いていけないでしょう」
「ごめんね」
小遣いをはたいて買ってしまった浴衣を見て、頭を下げる。
「気にしない。その日の夕方にでも行くよ。宮野君とうまくいけばいいね」
わたしはそういってくれた親友の言葉に頷いていた。




