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偽物の関係

 クローゼットのそばにある、全身を映し出す鏡に自分の姿を映し出してみた。

 そこには花柄のレースのワンピースを着ているわたしの姿があった。

 髪の毛は迷ったが、そのまま垂らしておいた。

 白いサンダルにピンクのラメのカバンを手に家を出た。


 水族館に行くには電車に乗る必要がある。そのため、宮野君とは駅前で待ち合わせをする。

 待ち合わせ時刻の五分前についたが、既にチェックのシャツにジーンズをはいた彼の姿がある。

 彼の傍に行くと、バッグの取っ手を握り、目を細める。


「今日はごめんね」

「いいよ。約束だったし。これで約束が片付いてすっきりした」


 わたしはどこかでそんなことないよと言ってくれるのを期待していたのだろう。

 それどころか片付くと言い放った宮野君の言葉に胸の奥がちくりと痛む。


 彼はショックを受けているわたしに気づいた様子もなく、背を向けて歩き出した。

 わたしは唇を噛むと、彼の後を追った。

 そのたびに片付いてといった彼の言葉を何度も脳裏に思い描く。


 分かっている。

 彼の言葉は当然だった。周りから彼女と認識はされていたが、実際は恋人同士でもない。

 だからこそ、彼を無神経だと攻める権利はない。


 ホームに到着すると同時に電車が入ってきて、わたしと宮野君は電車に乗り込んだ。

 彼はわたしの腕をつかむと、わたしを窓際の席に座らせた。

 彼の手が離れる。


 そのわたしたちの座る席を手をつないだ恋人同士が通り過ぎていく。

 わたしは宮野君とこうなりたいんだ。

 だから、傷ついていてばかりいても仕方ない。

 そう言い聞かせて宮野君の手を見るが、言葉が重い。


 少しでも宮野君と過ごすチャンスがほしくて昨日の今日と言ったが、本当は来週のほうがよかったかもしれない。来週はわたしの誕生日だ。奇しくもその日、花火大会がある。


「体調がまだ悪い?」


 その言葉とともに宮野君の手が伸びてきて、わたしの額に触れる。

 わたしは思わぬことに緊張して、体をびくりと震わせた。


「悪い」


 宮野君はわたしの反応を誤解したのか、手をひっこめていた。


「そうじゃないの。もう大丈夫だよ。昨日、ののかちゃんの家に行ったんだ」


 わたしはこの流れを断ち切りたくて、昨日の話をすることにした。


「ののかに聞いたよ。偶然会ったんだってな」


 昨日の今日なのにもう宮野君の耳に入っているのか。

 そして、ののかという名前に反応したように優しく笑う宮野君に、わたしの精一杯の勇気が砕け散っていくのを感じていた。


 それからはほとんど会話もなく、目的地に着くと電車を降りる。駅を降りてすぐの場所に、水族館があり、夏休みという絶好の機会もあってか、多くの人たちがいた。


 そのとき、男の人の腕に抱きつくように絡んでいる女の子が目に映った。

 ああいうことをする勇気は私にはないけど、すごく羨ましかった。

 私がそういうことをしたら、どうするんだろう。

 すごく冷めたことを言われそう。

 せっかくの宮野君とのデートのはずなのに、マイナスの思考がわたしの頭の中を埋め尽くしていく。


 宮野君は私の気持ちに気づいた様子はなく、あたりを見渡し、チケット売り場で止まる。


「券を買ってくるから、待っていて」


 わたしは彼の言葉に頷いていた。少ししてチケットを手にした宮野君が戻ってくる。彼はイルカの写真が印刷されたチケットをわたしに渡す。わたしがショルダーから黒の財布を取り出したとき、宮野君が肩をすくめる。


「いいよ。今日は俺がおごるから」

「いいって、高いから悪いよ」

「じゃあ、後でごはんでもおごって。それでいいから」


 単に受け取るのが面倒だったんだろう。だが、高校生である自分たちにとってはそんなに軽く考えられるような金額でもない。今まで出かけたのはあのファミレスくらいで、一緒にきちんとどこかに出かけたことはなかった。彼という人物像は近くによるほど分からなくなる。


 何も言わずに歩き出す宮野君のあとを追い、水族館の中に入った。


 中は開館したばかりにもかかわらず多くの人で溢れていた。だが、冷房も効いていて、火照った肌を冷やしてくれる。


「どこから回る?」


 わたしは脇によると、チケットと一緒に渡されたパンフレットを開いて見る。パンフレットには二階ある水族館のそれぞれのフロアの地図と、番号で閲覧順まで指定されていた。そのことを言うと、彼はわたしの手首をつかみ、歩き出した。


「向こうからだよな。行こうか」


 迷子にならないためだろうと分かっていても、顔が赤くなりながらうなずいていた。

 せっかくの冷房で冷えた肌が再び熱を持ち出すが、決して嫌な暑さじゃない。

 でも、できれば。


「手のほうがいい」


 彼は足を止め、驚いたようにわたしを見る。


「これだと歩きにくいか」


 ひとりでにそう納得し、今度は手を握りなおしてくれた。

 ごつごつとした大きな感触を手のひらに感じ、自分でリクエストしたのにも関わらず、胸が今まで以上に高鳴っていた。


 彼との距離がなくなったことで周りから自分たちが視線を集めていることに気づく。試しに右手を見てみると、女の子の二人組みと目が合い、彼女たちは目をそらしていた。その隣にいる男女のカップルも目をそらすのが視界の隅に映る。手をつないでいるからかとも思ったが、そうしているのは自分たちだけではなかった。そうなれば宮野君が目立っているのだろう。それは分かっていたが、不思議とつないだ手が余計な不安を感じなくさせてくれた。


 彼は迷うことなく大水槽のある場所へと到着する。大水槽のある空間は証明が落とされ、照明と水槽が青く光っていた。その中にはサメや、見たことのない魚などがゆったりとしたペースで泳いでいる。その魚の姿をもっと見るために、わたしは思わず足を止めていた。宮野君は手をつないだまま、隣に立ち、水槽を眺めている。


「来たのって初めて?」

「小さいころに一度来たことあるくらいかな。宮野君は来たことあるの?」

「何度かね」


 その相手はののかちゃんだろうと想像がついた。彼には女の子の友達が多いことは知っていたが、実際に一緒にすごすような友達は彼女くらいしかいない気がしたのだ。


 いくつかの水槽を見て、標本を見て、あとはイルカのショーだけになった。それまで時間があることから、お土産物売り場をのぞいてみることにした。


 そこは他のコーナーと同様に多くの人がいた。わたしはお菓子やぬいぐるみなどの売り場を遠目に見ていたが、いるかの写真の印刷されたポストカードが目に映り、手に取る。数枚の中から水の中を悠々と泳いでいるものに惹かれ、それを買うことにした。だが、ポストカード一枚はなんとなく味気なく、その隣にあるいるかの形をした透明な水色のキーホルダーを手に取る。


 わたしの横からピンクのラメ入りのネイルをした手が伸びてきて、わたしが手にしているのと同じキーホルダーを二つつかむ。明るい髪の毛をした彼女は笑顔で、金髪に近いくらいに髪の毛を染めた男の子にそれを見せる。彼は呆れたような笑みを浮かべると、彼女からそれを受け取り、レジまで持っていっていた。


 お揃いで買おうとでも提案していたんだろう。


 自分のキーホルダーを見て、宮野君を見たが、彼から返ってくるのは不思議そうな視線だけだった。言いたい気持ちを抑え、彼に断ると、レジに行く。


 お金を支払い、商品の入った袋を受け取る。宮野君のところに戻ろうとしたとき、お店の外でさっきの二人組が、同じキーホルダーを手にしていた。


 そんな二人を羨望のまなざしで見ているのに気づき、彼のところまで行く。彼はわたしがやってきたのを確認したからか、店の外に出て行く。


 彼と並んで歩きながらも、さっきの女の子の笑顔が頭の中に残っていた。今でも彼といるだけで楽しいが、ああいう時間を過ごせたら、その楽しさは今の比ではない気がする。その関係を変えるためには今のままではいけないのだと改めて思い知らされた。


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