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デートの条件

「道、分かりますか? 途中までは送りますよ」

「ののかちゃんは?」

「わたしのことは気にしないでください」


 自分より年下の彼女の大人な対応に、自分が恥ずかしく思えてならなかった。

 日差しが強くなってきたこともあり、ののかちゃんに促され、宮野君の家に戻ることにした。彼女に家の前まで送ってもらう。挨拶を交わし、背中を向けた彼女を呼び止めていた。

 振り返った彼女は予想外のことだったのか、大きく目を見開いていた。


「わたしが誘うのもおかしいけど、宮野君のお母さんがそう言ってくれたから寄っていってもいいんじゃないかなって思うの」


 彼女は戸惑いを隠せないようだった。

 遠慮をしているのか、それとも本当に用事があるのか、彼女の表情から見極めるなど器用なことはできない。でも、あのとき家に残っていてくれたことを考えると、遠慮をしているのではないかと思ったのだ。


「わたしも少しののかちゃんとお話をしたいし」

「ありがとうございます」


 彼女は頬を赤く染めて笑っていた。彼女と一緒に家の中に入ると、玄関先に奈々さんが出てきた。わたしは宮野君の部屋に向かい、ののかちゃんはリビングに連れて行かれる。奈々さんの歓迎っぷりをみると、ののかちゃんは彼女から好かれているのだと簡単に想像がついた。だが、知り合いの子が着たというよりは宮野君に対する扱いと似ているような気がした。


 階段をあがり宮野君の部屋の前に行く。こぶしを握ると、ドアをノックした。


「入っていいよ」


 母親が来たのではないかと勘違いしているのではないかと思ったが、言葉に甘えて扉を開ける。

 扉から中をのぞくと宮野君と目が合う。だが、彼は驚いた様子もなく、「座れば?」とだけ言っていた。


「驚かないの?」

「声が聞こえたから。ののかもね」


 耳がいいのか、わたし達の声が大きかったのかだろうか。

 彼の隣に座ると、重複することを意識しながらもののかちゃんと一緒に戻ってきたことを伝え、勉強の続きをすることにした。

 彼はさほど驚いた様子も、戸惑った様子も見せなかった。


 彼の様子にののかちゃんと自分に対する距離感を見た気がし、彼との距離をもっと縮めたくなり軽く噛む。

 宮野君が眉根を寄せ、怪訝そうにわたしを見た。


「わからないところでもあった?」

「何もないです」


 彼はたいしたことがないと悟ったのか、目線をテキストに移していた。

 彼の説明を聞きながらも、どうしたら彼との距離を縮められるかを延々と考えていた。

 彼の手が止まったとき、意を決する。


「デートしたいの。二人きりで」


 心臓音が自分の言葉さえもかき消してしまいそうなほど高鳴り、彼の顔を直視することができなかった。

 そんな決意表明にも彼は表情をゆがめることさえしない。


「いいよ。でも、条件がある」

「何?」

「次のテストで平均を八十取ったらいいよ」

「八十?」


 いつもの平均が六十の後半くらいで、テストまでの期間を考えると、そんな点数がとれるわけもない。


「無理」

「それなら、デートはなし」

「最初、いつでもつきあってくれるって言ってなかった? 話の内容が変わっているよ」

「あれはあれで、これはこれ」


 彼なりにわたしの誘いを拒んだのかもしれない。

 そう思ったとき宮野君の手が伸びてきて、わたしの頭を乱雑になでる。


「だから、取れるように教えてやる。だいたい重要なところなんて決まっているんだから」


 彼は笑顔で言っていた。だが、それが彼の本心が分からなかった。

 拒まれたら苦しいが、今みたいな状況ももっと苦しい。

 宮野君にとってわたしはどんな存在なんだろう。

 よくわからなかったが、それを問いかける勇気を持ち合わせていなかった。



 しばらく勉強をすると、階下から奈々さんの声が聞こえた。


「分かった?」

「なんとなく」

「頼りないね。思った以上の頭にこれから毎日特訓かな」


 軽く嫌味を言われてしまったような気がするが、それを追及する気にはならなかった。

 それよりも気になる言葉があったからだ。


「特訓って」

「勉強を毎日見てやるよ。場所は俺の家でいいよ」

「わたしの家でいいよ。どうせ誰もいないし」

 と口にして、口を押さえる。


 誰もいないは余計だったかもしれない。だが、宮野君はそんな言葉を気にした様子もなく、涼しい顔をしていた。


「それでいいかもな。過去のテストとか見せてもらったら、どういう間違いをするのかも分かるし。先生が同じなら傾向とかも分かるし」

「過去のテスト? 見せられません」


 中には赤点ギリギリなんてとんでもないテストもあったからだ。厳選して見せれそうなものは限られてくる。

 彼はそんなわたしを見て、にこやかに微笑む。


「君の点数に幻想なんか抱いていないから気にしなくて平気だと思うよ。どうせ五十点から七十点の間をうろうろしているようなレベルだろうし」


 爽やかな笑顔で軽く幻想とまで言われてしまったことに軽くショックは受けたが、当たってはいるから、否定はできない。


「とりあえず今からテストまではしっかり勉強をするように」

「はい」


 事情もはっきりと飲み込めない間にそんなことになっていた。恋人同士というよりは、家庭教師の先生でもつけられたみたいな気分だったが、今までよりも宮野君と長い時間一緒にいられるということに悪い気はしなかった。


「下に行こうか」


 宮野君がテーブルに軽く手をつくと、立ち上がる。わたしに軽く声をかけると、部屋を出て行ってしまった。


 わたしは慌てて彼の後を追った。


 階段をおり、宮野君と一緒にリビングに入る。部屋の中央にあるダイニングテーブルには奈々さんとののかちゃんの姿があった。だが、それ以上にわたしの目を引いたのはその上に並んでいた食事だった。薄い衣の野菜の天ぷらに、サラダなど野菜類が中心となっていた。その料理にあっけに取られ、立ちすくんでいると、宮野君がわたしの右の肩甲骨の部分を軽くたたく。


 彼とテーブルのそばまで行くと、誰も座っていない場所に二人分の食器が並んでいた。その正面には奈々さんとののかちゃんが座っている。


 宮野君がその一つの席に座ったこともあり、わたしも彼の隣に座ることにした。

 奈々さんがごはんをよそいでくれ、並んだ食事を食べることになった。それぞれが自分の食べたいものをとりざらに運んでいたが、わたしはまったく動かなかった。変な態度は見せられないと思うと、目の前に並んだ食事に駆り立てられた食欲もあっという間に沈静化してしまっていたのだ。


「口に合わないなら、別のものを作るから言ってね」


 奈々さんが心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。


「そんなことないです」


 間を持たせるために既に注がれていた麦茶を口に運ぶ。緊張から水気の干上がったのどには適度に冷えた温度が心地よさと安らぎを与えてくれた。だが、そんなことを繰り返すうちにあっという間にグラスの中がそこをつく。


 テーブルの上をざっと見渡しても飲み物を飲みきってしまったのはわたしだけで、他の人はまだ口もつけていない状況だった。


 飲み物を飲むのを諦め、覚悟を決めて食事に手を伸ばそうとしたとき、白い手がわたしのグラスに触れた。ののかちゃんはいつの間にか席から離れ、笑顔を浮かべていた。


「お代わりを入れてきますね」


 彼女は足音を立てずにそのまま台所にいく。冷蔵庫を開けると、そこから白の半透明な容器を取り出し、扉を閉めた。お茶をわたしのグラスに注ぐと、容器とコップを手にテーブルのところまで戻ってきた。容器を自分の手前に置き、コップはわたしに差し出す。


「ありがとう」


 わたしの言葉に、ののかちゃんは笑顔で答えていた。

 それからののかちゃんに取り分けてもらい、ごはんを食べることになった。

 申し訳なく思いながらも、誰も彼女が冷蔵庫を開けても驚かず、彼女があまりに自然にこの家に溶け込んでいることに驚いていた。不躾な態度をとった自分に優しく接してくれる彼女を見ながら、自分の心の狭さを省みようと決めていた。



 食事を食べると、宮野君に有無を言わせず勉強をさせられる。長いようで短い勉強時間を追え、五時過ぎに彼の家を出ることになった。その間、ののかちゃんは奈々さんとデザートの買い物に行っていたようで、三時過ぎにケーキと紅茶を部屋に運んできてくれていた。

 挨拶をし、家を出ようとすると、車のキーを握った奈々さんが玄関までやってきていた。


「送っていくわ」

「いいよ。俺が送っていく」

「でも、車のほうが楽だからそっちのほうがいいと思うんだけど」


 ののかちゃんが宮野君と奈々さんの顔を見比べ、目を細めると奈々さんの着ている黒いシャツの袖を引っ張っていた。それに気づいた奈々さんがののかちゃんに顔を傾ける。そのとき二人の間でなんらかの言葉が交わされたのか、奈々さんは笑顔を浮かべると自分の息子の肩を軽くたたいていた。宮野君は明らかに怪訝そうな顔で自分の母親を見つめている。


「そういうことなら言ってくれればよかったのに。わたしはののかちゃんを送るわ」


 意見を百八十度覆した母親を訝しげに見ながらののかちゃんに何を言ったのかと聞くが、ののかちゃんはその彼の問いかけをあいまいに交わすだけだった。

 状況が飲み込めないまま靴を履き、家を出ることになった。


 太陽も昼時のようなまばゆい光も影を潜めていた。

 並んで歩く宮野君を見る。


「わざわざごめんね」

「別にいいよ」


 ののかちゃんが奈々さんに何を言ったのかわからないと同時に、宮野君がなぜ頑なにわたしを送っていくといったのかもよくわからなかった。


「わからないことがあれば明日教えるから、復習をしておくように」


 色気のない言葉に返事をし、不規則なテンポで歩いていく。


「ののかちゃんってよく来るの?」

「まあね。あいつの父親が家を留守がちだったから、昔からあんな感じでよく家に来ていたんだ。その名残みたいなものじゃないかな」


 だから彼女は昔からあの場所に当たり前のようにいたんだ。彼女があの場所にいても違和感はなかった。

 宮野君への気持ちを自覚し、彼と親しくなろうと決意を固めても、それ以上に大きな壁があることに気づかされたような気がした。



 毎日のように宮野君に勉強を教えられ、テストの日を迎えた。彼はお金をもらっている家庭教師のように徹底的にわたしに勉強だけを叩き込んでいた。テスト直前には勉強時間中は私語も禁止状態だった。

 重い頭を抱え、その場に伏せる。この前の中間テストより手ごたえはあったものの、点数が点数なだけに比較の対象にもならない。


「大丈夫?」


 あいが心配そうに顔を覗き込んできた。彼女に悪いと思いながらも、返事をする気力がなく、うなずく。

 あいの細い手がわたしの髪の毛に絡みつく。


「よくがんばったね。宮野君とのデートできればいいね」


 彼女にも彼の無謀な提案を話していたのだ。少し意外そうな顔をしていたが、応援をしてくれているのか、学校でも勉強を教えてくれた。おかげでテストまでの期間は家でも学校でも勉強尽くめの日々となっていた。


 希望は薄いが、テストが返ってくる週明けまではそのことを忘れようと決める。

 テストが帰ってきてから気にしたらいいと思ったからだ。期待は薄いと思いながらも、彼との思い出を残せる可能性に思いを馳せていた。



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