8話
カンランは、依頼内容は食事を取りながらではどうかと、提案する。
テーブルには料理の乗った皿が並べられていた。
提案されたわけではないのに、リコウを含めた部下たちも、喜んで頷いた。
下の酒場で用意されたものなので、大したものはない。
凶手は干し肉を物珍しそうに眺めた後、もそもそと食べはじめる。
粗末な酒の肴しかないが、文句が出ないことにほっとする一同。
その空気を気にすること無く、カンランは中断した話を続ける。
「ああ、大体の問題は今朝解決したんですがね、それと同時に新しく頭を悩ますものが増えてしまいまして。いえね、徴税請負人の話だと、襲撃に参加した者の内、そのリーダーであったわしの弟が、昨日には領都の方に送られてしまったようで、ちと困ってるんですわ」
『鉄頭のゴンズ』――それがカンランの弟であり、組織の荒事に率先して関わる男の二つ名だ。
大柄で屈強な肉体には、いつも傷が耐えることなく、暴力を好む性格は、組織内でも敬遠されがちであった。
だが彼の腕節とカンランのずる賢さが、この組織の生命線であることは誰もが認めるところだ。
ゴンズの恐ろしさを知る下っ端たちも、頼もしくは思っている。
そんなゴンズは、先の襲撃にも、皆の中心として参加していた。
その二つ名の由来通りの黒光りする禿頭で、街のチンピラの頭蓋を叩き潰してきた。
だが、隊列をなして雪崩れ込んできた本職の傭兵には分が悪かったらしい。
カンランの話によると、ゴンズは頭突きで傭兵の盾をヘコまし驚かせたらしいが、それ以上の成果は挙げられなかったとのこと。
拘束され、仲間ともども、街の警備隊の牢屋にいれられてしまった。
ここまでは問題ないとカンランは言う。
牢に入れらたと言っても、今しがた和解した徴税請負人に頼み、罪を取り消し、釈放してもらえばいいだけ。
だからここからが肝心なのだ。
徴税請負人は、ゴンズが組織の柱の一つであることを見抜き、その日のうちに領都に送り出してしまったのだ。
彼は有能であった。
領都からは視察中の王国戦士団に引き渡し、王都で裁きを受けるさせることになるまで、さっさとお膳立てを作ってしまったのだ。
領都となると彼の権力外。王都になると毛の先ほどの影響力もない。
時間があれば免罪の方は取り付けられるが、それ以上はどうにもならないとカンランに謝罪してきたということだ。
相手はすでに白旗を振っている。
これ以上追求しても、益は何も得られない。
そう判断したカンランは了承し、組織の力でゴンズを救出すると請け負った。
もちろん、徴税請負人に、このことを貸しにすることは忘れずに。
「つまりですな。王都に身柄が移送される前に、ゴンズを、領都の牢屋から脱走させて欲しいとこういった訳ですわ。当然、報酬いや、喜捨の方もはずませてもらいます。どうかお願いできないでしょうか?」
『――牢屋、ソウ』
「掃除はしなくて結構です!」
最後まで言い切らせず、かぶり気味でカンランは凶手の言葉を遮った。
ここまでしつこく人を殺させろと確認してくるのは職業病というやつでは、と益体もないことをリコウは考える。
発言を遮られたことには何の感情も見せず、凶手は再びか細い声で問うた。
『ナンデ、脱獄、手伝イ、私、スル? 私、仕事、掃除。脱獄、チガウ』
首を傾げる凶手からは、相変わらず何も読み取れない。
確かに、殺し屋の領分からは外れている。
しかし、徴税請負人に大見得を切った手前、カンランは独力でゴンズ救出を成功させなければ、軽く見られてしまう。
そして、この難事を軽く懐に入れられる実力を持っているのは今ここに凶手しかいないのだ。
カンランは部下が持ってきた革の袋をテーブルに置く。
硬貨同士がぶつかり合う澄んだ音と、重さを表すズシリとした低音がリコウの耳にも届いた。
これはかなりの額になると、簡単に想像がつく。
「いえ、職分から外れてることは承知の上、これで何とか引き受けてもらえないでしょうかね?」
カンランは再び頭を下げ、お願いする。
凶手には隠しているつもりだろうが、金の重みを信じているのだろう、低くなった頭に反して、口元が緩んでいた。
下衆な考えではあったが、リコウも同じ価値観を有しているので文句は言えない。
『ワカッタ、ヤル』
それでも、この狂人がすんなりと引き受けてくれたのは意外であった。
凶手とて金の力には弱いということなのだろう。
カンランの懇願に心を打たれたなどという笑い話があるわけもない。
●
「本来なら『目』の方に渡すのですが、いらっしゃらないようですし、こちらに前回の分の寄付を、それと道中の旅費もいれておきますね。ゴンズを脱獄させたら領都で活動する部下の指示でそのまま国外に逃げてください。その間に徴税官に罪の取り消しを行わせれば、万事解決ですな。なに、貴方様の手腕ならばわしは何も心配しておりませんぞ!」
やはり調子の良いことをいい、自分から笑い出すカンランを、部下たちはシラけた目で見ていた。
視線をこちらに向け、カンランは己の腹を叩いて、部下たちを見回す。
ばれたのかと、リコウの息が詰まったがそう言う訳ではないようだ。
「ううん、脱獄してからはいいとして、そうなれば、領都までの案内役が必要ですな。正直、若く、町の外を知らんリコウでは不安が残ります。さて、誰がいいでしょう?」
リコウが胸を撫で下ろすと同時に、他の同僚達の体がこわばるのが、気配でわかった。
正直、領都までの案内ならば、リコウにも問題ない。
だが、それをここで言う気にはなれない。
これ以上、凶手と一緒にいると、恐怖と緊張で寿命が縮んでしまう。
心の中で歓声をあげるリコウは、満面の笑みで同僚達がこれから望むであろう茨の道を祝福する。
――それはもう、とても、とても人を苛立たせる汚い笑みであった。
その時、部下の中から一歩前に踏み出すものがいた。
この状況では、立候補以外の何物でもない。
「ん、何だ、お前が行くというのか。よしそれならば、街の出口にすでに馬を用意させておる。王都に移送される正確な時刻も判っておらんでな。支度もそこで凶手様と一緒に受けとるがいい。――しかしお前さんは野心の強い人間じゃな。凶手様の身の回りの世話だけでは飽きたらず、今回のことにまで手を出すとは。ふむ、このことしっかりとわしの記憶に残しておくぞ」
カンランは立候補した人物に感心し、頷きを繰り返す。
痛む尻を抑えたリコウが、訴えるように首を振ったが当然、誰も取り合わなかった。
何者かに尻を蹴りだされて一歩前に出てしまったリコウは、仲間を睨みつけ犯人を探すが、皆、嬉しそうに笑顔を返すだけ。
――それはもう、とても、とても人を苛立たせる汚い笑みであった。