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7話

 客人は、手渡された掃除用具と凶手の顔を交互に見て、しばらく怪訝な顔をしていた。

 なにをするつもりなのかと、身構えていたところなのだ。

 納得のいかない様子で、凶手の顔を覗きこむ。

 だが、彼の無表情に特に変化はなく、横にいるリコウも凶手の意図を読みきれない。

 まさか、はたき棒を返すために、客人を追い回し、晒し者にしたわけではあるまい。

 

 順当に考えれば、睨みを効かせていると考えられるのだが、顔を青くし許しを請うていた客人の姿を思い出すと、本当のそこまで必要だったのかと首を傾げてしまう。

 客人はこれ以上、凶手を観察しても望むものが得られず、怒らせるだけだと判断したのか、カンランに飛び出したことの謝罪を伝えるようにリコウに告げる。

 そして、酒臭い部下を叱りつけ、逃げるように帰っていった。

 

 ――彼等の背に凶手が小さく手を振っていたように見えたのは、リコウの気のせいだろう。

 

 ●

 

「いやー、リコウからの報告が間違いでしてね。昨日殺されたとあったはずの徴税請負人がここを尋ねてきた時には、虚偽を伝えられたのかと頭に血が上りましたわ。だが、凶手様はこの展開を見越しておられたんですな。確かに奴を殺したとあれば、次の代官に警戒され、取り込むことはひどく手間がかかる。それならば、恐怖という鎖を首に掛け、友誼を結んだほうがとても、そう、とても安上がりだ」

 

 昨日、カンランの尻に耐えきれず、壊れた長椅子は新しいものに取り替えられていた。

 

 今度の椅子は、道具としての天寿をまっとうすることが出来るのか、リコウは心配する

 カンランは景気良く、凶手の手腕を褒めそやし、大声を上げ笑った。

 リコウも勘違いしていのだが、凶手は徴税請負人の首を落としてはいなかった。

 

 昨日、徴税請負人の屋敷に忍び込んだのは彼を脅迫するためだったのだ。

 確かに、街の商人などに暴力を背景に脅しを仕掛けることをカンラン達もしてきた。

 

 それでもここまでの成果を引き出すことができるなど、思いもしなかった。

 

 カンランが徴税請負人を脅そうとするならば、私兵によって厳重に守られた彼の屋敷を、攻略できるだけの頭数をまず揃えねばならない。

 だが、それだけの数のゴロツキはカンランの手元にはない。

 たとえ揃えられたとしても、それが領主の耳に入れば、警戒され、領都よりさらに送られるであろう兵により鎮圧されてしまう。

 つまり、街中で、せせこましく悪事を働く程度のチンピラには、どうあっても今回の件を解決することは出来なかったのだ。

 なればこその凶手、彼が相手取るのは常に個人。

 いくら私兵を集めようとも、凶手の刃の切っ先は、徴税請負人の首元から離れることはない。

 あの業の前では、常に個人として、対することになる。

 領主の後ろ盾のある代官としてではなく、ただの非力な男。

 昨夜から今までにかけて、生きた心地がしなかったことだろう。

 あの厳重に警戒された屋敷に、気軽に歩いて行った凶手を思い出す。

 難なく侵入を許してしまったことにより、徴税請負人を守る鎧が剥がされて、彼は一晩、丸裸で過ごすことになったのだ。

 しかも、どれだけ私兵を増やし、厚着をしたとしても、その一番内側にいるのは、味方ではなく常に殺し屋と自分だけ。

 それを理解した彼は、こうして翌日に白旗を振ってカンランの元を訪ねたのだ。

 

 改めて凶手の凄さと恐ろしさを実感し、手が震える。

 

 これでこの街でカンランに逆らえるものはいなくなったのだ。

 それは機嫌も良くなろう。

 今朝の剣幕を無かった事にしたカンランの調子の良い賛辞を、凶手は聞き流し、テーブルの菓子があったはずの皿を眺めている。

 表情では判断がつかないが、カンランの世辞に飽きてきたのだろう。

 凶手が手を伸ばしているうちに、皿の菓子は姿を消してしまった。

 

 これまた感情を見せない凶手の瞳が訴えかけるように、真っ白な皿に釘付けになっている。

 だが、饒舌になったカンランを止める権利は部下にはなく、誰もおかわりを持ってきましょうかとは切り出せない。

 凶手への褒め言葉は、いつの間にかこれからの組織の展望に取って代わり、いつも通りのカンランの自慢話に戻っていた。

 最悪の事態になった。

 なんと凶手は人差し指で皿を叩きながら、一人一人、部下たちに視線を向け始めたのだ。

 

 

 長すぎる自慢話に苛つき始めたのだろうか。

 確かに菓子の一つでもなければ付き合う気も起きないほどに彼の話はつまらない。

 リコウたちがカンランの指示なしに動けないことをわかっているのだろう、彼は、暇でも潰すつもりなのか、からかうように指で演奏を続ける。

 食器は壊れない程度に甲高い音を主張するが、瞳を向けられたものは気づかないふりをして頭を動かし避ける。

 壁に並んで立っていた部下たちの端から一人ずつ、数秒間に渡り見つめてきた。

 求めに応じる気がないと判断すると、凶手は視線を横にずらし次の人間へ。

 隣の男が床を見つめやり過ごすと、とうとう、リコウの番がやってきた。

 カンランの自慢話の腰を折り、不評を買うのは避けたい。

 だからリコウも顔を背け、数瞬やり過ごすつもりだったのだが、いつまでも視線の圧力が移動する気配がない。

 怪訝に思い、顔を動かさずに目だけを横にやれば、隣に誰も居ないことに気づく。

 そうだ、リコウの立ち位置は丁度、列の左端。

 右端から始まった視線の終着点だった。

 つまり、リコウ以外の人間は既に睨みつけられた後であり、凶手にとって最後の獲物が己だということに気づく。

 もっとも気付いたからといってリコウに出来る事はない。

 凶手の抗議を無視し、冷や汗をかきながら、絨毯にある染みの数を数えていた。

 

「ああ、これはすみません。少し興が乗ってしまったようですな」

 

 凶手に睨まれて長い数十秒が過ぎ、ようやく、カンランが周りの静けさに気付いた。

 これで解放されるのかと安堵の溜息がこぼれるが、そうはいかなった。

 

「それでは、さっそく次の依頼について相談させてもらいましょうか。今回の襲撃で捕まったわしの弟についてなのですが」

 

 散々待たされた凶手の顔にカンランは気づかない。

 顔色は変わっていないが、彼の指先の動きで察するくらいは出来ないのかと、悪態がでそうになる。

 せめて、茶菓子の補充ぐらいはして欲しかった。

 別にそれぐらいで凶手の機嫌が治るとは思わないが、菓子の代わりに暇つぶしに利用されている部下たちにとっては死活問題だ。

 皆がカンランがこれ以上凶手を苛立たせないことを祈る。

 

 ――沈黙の中、間抜けな腹の音が響く。

 

 それはリコウのものだった。

 今朝は突然呼び出され、ロクに食事をとれていない。

 

 ――皆が咎めるようにリコウを睨む中、また間抜けな音が響いた。

 

 今度は誰も聞こえないふりをする。

 そういえば、リコウと同様に彼も朝から食事をとれていないのでは。

 だが、空腹程度、東方で名を響かせる凄腕の殺し屋が耐えられないとは思えない。

 室内では、皆が疑問符を浮かべ、どうすればいいのかと、固まっていた。

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