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6話

 徴税請負人の屋敷の正面。堂々と出てくる凶手を、リコウが見届けた翌日のこと。

 

 昨日の報告の際に邪魔者が消えたと上機嫌だったカンランは、今朝には豹変し、リコウを怒鳴りつけ、凶手を呼ぶよう命じた。

 

 ろくな説明もなく状況もわからないまま、リコウは、凶手の住まいである建物と酒場を往復するはめになる。

 凶手は、部屋で小さな手帳を開いていた。

 

 刺激しないよう注意を払い、怒りを買わない程度に急いで酒場を目指した。

 

 酒場に入るとまだ日の高い刻限であり、従業員はいない。

 そんな中、一人、カウンターでグラスを傾けている男がいた。

 鉄の胸当てを付け、分厚い唇に傷の走った、傭兵風の男。

 リコウに手を上げ、笑顔を向けてくる。

 友好的な態度と、営業の開始していない酒場にいるということから考えると組織の客人かもしれない。

 だが、リコウにはカンランの呼び出しがかかっている。

 軽く挨拶をすることに留め、失礼のないように断りを入れて、二階に進む。

 二階に上がり、リコウがカンランの部屋の戸を叩こうと近づくと、中から話し声が聞こえる。

 

『いやいや、代官殿、こちらとしては、前任の方と同様に気安いお付き合いが出来れば問題ないんですわ。弟の件も起きになさらず、此方で始末をつけますんで、お互いこの件は水に流して、仲良くしていきましょう! ああ、こちらの方は紅茶を好まれるんですよね、どうぞ極上の茶葉で淹れさせましたので、飲んでやってください』

 

『いや、申し訳ないが、誰かさんのおかげで、しばらく紅茶は見たくもない、遠慮させてもらおう』

 

 朝の剣幕とは打って変わって機嫌の良いカンランの、大笑が響く。

 リコウは首を傾げ、もう少し廊下で立ち聞きをすることに決めて、凶手に頭を下げる。

 

 盗み聞きをするぞと頭を近づけるまえに、内側から扉が開いてしまった。

 頭を押し付けようとしていた扉がなくなり、リコウは前のめりになって転んでしまう。

 部屋に転がり込んだ部下を、長椅子に座ったカンランは辛辣に睨みつける。

 もう一方の椅子に座っていた客人と思しき男は、突然の闖入者に冷めた視線をよこしてくれる。

 

「では、これで、失礼させてもらう。詳細についてはまた後日、それぞれの部下の顔合わせを終わらせてから、詰めていく事としよう」

 

 リコウごとき下っ端には興味もないのか、男は椅子から立ち上がり、カンランに挨拶を交わす。

 退室する男のために、眼で道を開けろとカンランに指図され、リコウは横に退く。

 男は金満なカンランとは違った品のある出で立ちであった。

 どうにもそれが余計にリコウの鼻についた。

 もちろん、リコウがそれを態度に出すことはないが、心中で舌を出す位は構わないだろう。

 胸の内で馬鹿にしていると、リコウを無視したはずの男がこちらに視線を戻していた。

 なぜか顔色を青くし、唇を震わせている男を不審に思い、よく観察すると、彼の眼をはリコウを飛び越えその後ろを凝視していたことに気づく。

 

 己の背に何があったかと振り返るリコウを突き飛ばし、叫声をあげ、男は逃げるように扉の外に走っていった。

 リコウは呆然と眺めていた。

 

「――ありゃあ、どうなってんだ、おい。おお、凶手様、突然呼びつけて申し訳ありません。って凶手様!」

 

 カンランが呆れたように男の背中を見送り、首を傾げ髭をいじる。

 と、今度は凶手が走りだす。

 凶手は外套の内ポケットに手を突っ込んだまま、音もなくだが、確実に男に迫る速度で後を追った。

 

「っち、不味い! リコウ! 早く、凶手様を追って止めてこい! 理由はわからんが、せっかくこっちの有利に進んでいる交渉を潰されてはかなわん、行け!」

 

 呆気にとられ、口を開けっ放しで見送っていたリコウに、カンランの指示が飛ぶ。

 

 ここに来て初めて見る衝動的に思える凶手の行動。

 

 このままあの鼻持ちならない男を放っておけば、血なまぐさい事になるだろうとは、想像に難くない。

 だが、素手での喧嘩に多少、自信がある程度のリコウが、追いついたとしても犠牲者が増えるだけではないかと、躊躇ってしまう。

 せめて、もう数人、助勢するのが当たり前では、と恨みがましく、カンランと壁に待機している二人の同僚を見る。

 

「だめだ、こいつらはこのワシの警護という大事な仕事がある。それに突然の訪問のせいで、手下が皆、出払っておって手薄なんじゃ、アジトを無人にするわけにはいかんじゃろうて。つまり、今、酒場にい中で自由に動けるのはリコウ、お前だけなんじゃ、わかるな!」

 

 カンランの無情な命令を受けるも、命がかかっているのだ、リコウも引けない。

 ならば、リコウがここに残り、護衛の二人が凶手を追いかけるのはどうだろう。

 これならば、アジトにはカンランとリコウがいるので無人ならずにすむ。

 そのうえ、頭領の護衛である二人のほう荒事に長け、凶手への対処がしやすいはずだ。

 リコウの妙案に、カンランの反応を伺うと、それもありかといった顔で護衛の二人に指示を出そうと手を挙げる。

 誰もが避けるであろう厄介事を、回避できそうだと、リコウはほっと一息をつく。

 

 ――カンランが言葉を紡ぐより早く動く者がいた。リコウはその同僚に、腹を殴られ、尻を蹴り上げられ、扉の外に放り出された。

 

 こうしてリコウは、護衛の二人も避けたいはずの厄介事を、無理やり押し付けられた。

 

 ●

 

 不承不承ではあったが、命令されてはしようがない。

 

 リコウは痛む臀部をさすりながら階下へ降りていく。

 カウンターに座っていた傭兵風の男に、今走ってきた者がどこに行ったのか尋ねる。

 

「んんっ、そんな奴いたかな。そういや、どたどた走ってく音がしたか。悪い、ちょうどツマミをカウンターの下で物色している際中で見ていなかったよ。ところでうちの旦那の話し合いはまだかかりそうですかい? いや、かかるようなら、もう一本あけちまおうとおもうんですが、暇なら、あんたも一緒にどうだい?」

 

 だが、しこたま酒が入りできあがっているらしい男は、そんなことには興味が無いとリコウを酒に誘ってきた。

 転がっている空き瓶の数は、先ほどよりも増えている。

 今、暗殺者に追い立てられている者と、この男が言った旦那は、おそらく同一人物なのだろう。

 だが、それを教えるとまたややこしい事になると思ったリコウは、礼を言い酒場の入り口へ。

 

「私が悪かった! いや、何が悪いのかはわからんが――ううん、違う理解しているぞ、本当だ! あ、あれなのだろう、金か! 違うな、女か! それも、ちがうのか! ならば、一体何が望みなんだ! まさか男! 私の体――ではないな! ああ、怒らないでくれ! そんな懐から何を取り出そうと言うんだ! この通りだ、頼む、命だけは勘弁してくれ」

 

 外からは男の命乞いの叫びが響いてきた。

 これを聞いたリコウは、まだ男の命が残っていることに安堵する。

 そして、これから外に広がるであろう惨劇の現場に、己の足を踏み出さねばならないことに肩を落とす。

 

 出世のために、覚悟を決め、扉を開けたその瞬間、リコウは首をかしげる。

 眼前に広がる光景は想像していたものと幾分か、いや、大幅に異なっていたのだ。

 

 まず、酒場を出てすぐの通りで、頭を地面に擦り付け、結んだ両手を天に掲げ、許しを請う男がいた。

 これは想像通り。

 

 次に、彼の前に立ち、懐から出したのであろう凶器をちらつかせ、凶手が凄絶な笑みを浮かべているはずだったのだが。

 

 日が差し込む陽気のいい時間帯、酒場の前を歩く一組の親子がいる。

 母親に手を引かれた少女が凶手達を指さした。

 

「お母さん、あのおじちゃん、お手伝いをさぼって怒られているの? お手伝いをしなかったら、お母さんもあんな風に私を叱るの?」

 

 娘は不安を瞳に映し、母に問う。

 娘の心配を察した母親は、慈しみに満ちた笑顔で我が子の頭をなでた。

 

「大丈夫よ、大切なケイトにあんなひどいことをお母さんは絶対しない。それにケイトは家の手伝いを自分から進んでやる良い子でしょう。だから変な心配はしないでちょうだい」

 

 母の言葉に安心したのか、笑顔で頷き、娘はくっつくように肩を母親に押し付ける。

 母親は少し窮屈そうであったが、娘にされるがまま。

 親子は楽しそうに酒場の前を通り過ぎて行く。

 

「じゃあ、叱られているあのおじちゃんは悪い子なんだね。きっと掃除をサボったんだ。けど、早く許してもらえるといいね! 頑張っておじちゃん!」

 

 少女は去り際に、面識のない大人に対して励ましの言葉を残す。

 リコウは、己とは違い、親の躾が行き届いている少女を羨ましく思い、空を見上げる。

 青空を眺め、自分の少年時代のことを懐かしむ。 

 

 それはただの目の前にある理解できない光景からの逃避だった。

 

 確かに掃除をサボり、叱られているようにみえる構図だった。

 だがそんなはずがない。

 

 故にリコウは悩む。

 まずはどちらに声をかけるべきか。

 

 必死に許しを求む男にか。

 

『間違イ、持ッテキタ。コレ、返ス』

 

 

 はたまた、凶器ではなく、掃除用のはたき棒を男に向かって突き出している凶手にか。

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