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38話


 神威が宿った、己の武器。

 それに貫かれ、倒れ伏した狂人共の屍。

 ガダフは血の滴る斧を携え、満足気であった。


 神官兵は、正式な神職ではない者が多い。

 そのため数も多く、神殿の中で最も地位が低い。

 高度な知識を必要とする神官になれぬものが、その信心深さを肉体を鍛えることに捧げ、神官に仕えることで成り立っている。

 故に、このような状況は、己の武威を神に示す絶好の機会であり、皆が意気込んでいた。


 神殿内に潜んでいた賊は、早々に排除。

 神官兵の目から逃げおおせた者たちを追って、再び遺跡に入っていく。

 事前にリオネル達から聞き出した、フェタン外の丘にあるという出入り口にも、兵を派遣している。

 これで、奴らは袋の鼠。

 追い立てるように、逃げ遅れた狂信者共を後ろから串刺しに。

 ガダフの後ろ、血で彩られた道を、潔白の兵士が連なっている。

その顔にはガダフと同じ、清廉さと達成感を滲ませていた。


 残りの的が三人にまで減った時、彼らはあの広間に辿り着いた。

 三人の内、一人は手練。

 振り返り、剣を構えてこちらを制止する。


 遺跡の出入り口は潰してあるが、彼らはそれを知らぬはず。

 故に投降には応じないだろう。

 それが嬉しい。

 


「残念じゃったな。ここにあった遺物は既に運びだされた後じゃ。なにが目的だったのかは知らんが、無念を抱いてこの場で、死んで行け!」


 部屋の中央、逃げずに留まった三人に向け、ガダフは足を踏み出す。


――広間に、高く不快な音が響き渡る。


 気でも狂ったのか、追い詰められた三人が笑い出したではないか。

 いや、あの忌まわしき神を信仰する人間だ。まともであるはずがない。

 

――一矢が、狂信者の胸を貫く。

 

 その振る舞いに我慢ができなくなったのか、ガダフの指示もなく若い神官兵が、構えた弦を放したのだ。

 

 射抜かれ、もうすぐ死体に変わる仲間を横に、それでも、彼らの笑いが止まることはない。

 無事に済んだ二人は怪我人に配慮することなく、矢を受けた一人は、口から血液を吐き出しながら、それでも笑い声を絶やさない。

 人の命を維持するだけの赤い血が足りなくなり、男はその場に崩れ落ちた。

 その屍の懐を仲間があさる。


 いまさら、起死回生の一手があるはずもないと高を括り、ガダフはそれを見過ごしていた。

 

 予想通り、出てきたのは、何の役にも立たないであろう一本の杖。

 

「――それを、神殿から盗みだしたのか? いや、もはや今となっては」


 マウリから解呪の力を秘めた杖だと、説明されている。

 それに攻撃的な力があるとは聞いていない。

 敵は、それを目的の物と間違えたのだろう。

 この状況をひっくり返すような武器ではないのだと、彼らの勘違いをガダフは鼻で笑う。


『――ああ、この場所に辿り着き、使命は果たした』


 杖を持った男の満足そうな言葉に、意味を理解できない。

 言葉をそのまま受け取るなら、この場所が奴らの目的地だというのか。

 

「おぬしは何を言っている!? 説明しろ!」


 別に焦る必要などない。

 襲撃犯の内、残っているのはこの場の三人。

 死体を含めないとなると、たったの二人。


 彼らが開き直って立ち向かってきたとしても、武器を構えた、誇り高く精強な部下の一人でも道連れにすることは不可能。


 案じるような要素は一つもない。

 だが、得も言われぬ背筋を走る冷たさ。

 本能に働きかけるそれを、ガダフは無視し、腕を上げる。


「――もうよい。捕縛の必要はない。殺して構わん」


 そして下ろすと同時に、捕縛ではなく、殺害の号令をかけようとする。


――それを中断させたのは、子供の甲高い声。


『早く、急いで! じゃないと間に合わない!』


 が、それは攻撃を止めようとしたわけではない。

 ここまで走ってきたのだろう。 

 入り口に立っているマウリの顔は上気している。

 その周りには、先ほど追い払ったはずのファンとリオネル。そしてラーナとセラフィマの顔まであった。


――彼らにそんな意図はなかったとしても、結果として状況を止めてしまった。


『ああ、神なき人々に救済を!』


 だから、ローブの男が、その手にある杖を行使することを許してしまう。

 杖にあふれる奇蹟の光彩が、辺りを一瞬だけ照らす。


――ただそれだけ。

 呪いを打ち砕く光に、もちろん神官兵を退ける力はない。

 虚仮威しかと、皆が息を吐き、ガダフの不安も取り越し苦労だった。

 そう思っていた。


――ガダフより一歩分前に出ていた部下の、首から上が無くなるまでは。


「はっ?」


 その声は、首がなくなった兵士の代わりに、横にいた彼の同僚が発した。

 神官兵としては同期であり、フェタンで同じように育った幼馴染。

 彼が死んだことを嘆いているのではない。

 あまりにも唐突過ぎる光景に、ただ疑問を投げかけただけだった。

 誰か説明をと、振り返った彼。


――その彼の瞳もまた、頭ごと無慈悲に宙に跳ね上がり、それを追うガダフの視線と交差する。


「さ、下がれ!」


 部下の死を目の当たりにして、怒声を上げる。

 呆気に取られていた者は我に返り、いち早く理解した。

 腰を抜かしている者は無理矢理ガダフが引きずる。


 皆、距離をとって『それ』を見た。


――そして知る。

 己たちが何一つ、彼らの目的を阻止できていなかったことを。



 ●


「あ、あれは?!」


「――ふう、間に合わなかったか。ここまでしてやられるとは、神殿の無能さを笑うべきか。それとも、このために全員の命を犠牲にできた彼らを称えるべきか」


 いつの間にか、リオネルが横に立っていた。


――あの杖の役割は、呪いを解くことだった。


 それはそうだ。

 それ以外に役に立ちようがないと目録に記されていた。

 だから、はじめにその杖を持っていたセラフィマが狙われた。

 そして『だから』ラーナも人質に取られたのだ。

 一体どのような呪いを解いたのか。

 そして、対象は何だったのか。

 それも自ずと答えが導かれる。


 この部屋にいるのは、リオネルたちに、神官兵、狂信者。


――そして彼らの後ろにずっとあった昨日まで大剣が刺さっていた、狂信者の血が乾いた『台座』。


 台座の石像に罅が入り、内側に赤銅色の肌を覗かせている。

 人間二人分の首を千切った長い尾で、地面を押して、反動でゆっくりと体を起こした。


――杖が解く呪いは、おそらく石化。


 体に比べ、短めの四肢を動かせば、古い樹皮が捲れるように外皮がこぼれ落ちる。

 それは甲羅のない二足歩行の亀。


――そんな可愛らしい表現とは別に、獣より低く、歯車が削れるように、それ――『骨喰鬼ハトナック』は唸り声を上げた。

 



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