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34話

 ●


「ビフが吐いた隠れ家、その言葉通り、奴の盗品の中にありました。こちらですよね。ラーナさん、確認の方をお願いします」


 深夜の神殿の応接室。

 二人の体調を気遣った言葉の後に、マウリが差し出した筒をセラフィマが確かめる。

 広げた羊皮紙に、複数の印。

 隅々まで目を通し、頷く。


「――間違いありません」

 

 セラフィマはそれを筒に入れなおし、大事に懐に仕舞った。


「で、リオネルたちの姿がありませんが、まだ終わらないのですか?」

 

 セラフィマが顔をしかめると、困ったようにマウリは身を竦める。

 セラフィマの語調が強くなった。


「なぜ、こんなに時間がかかるんですか?! 身元は私が保証すると言いましたよね。『我ら』は王国同盟と対等なはずです。これ以上、彼が不当に扱われるようなら、上を通して、抗議させてもらってもいいんですよ」


 ラーナの立場を笠にきた物言い。

 だが、これは国家間で氏族が舐められないように必要な処置だ。

 権力を使うことも、使われることにも慣れていない、子供には少々酷かもしれないが、しかたのないこと。 


――そしてこれは、昨日セラフィマを悪趣味扱いした事とは全く関係はない。 


「そんな、草原の民を下に見ているとかではなく」


「なら!」


「ですけど、その、ファンさんは取り調べに非協力的で」


「それは当然でしょう。彼には何の疚しい事もないんです。たまたま遺跡と神殿がつながっていただけで、取り調べを受けなければならない、謂われなどなどないんですよ!」


「武器を隠し持っていたことは事実ですし」


 マウリの言葉を遮るため、セラフィマはテーブルを叩く。


「彼はラーナさまの護衛です。いざというときのために、剣の一つや二つ隠しているのは当然のことです! 他には?」


 テーブルの音にビクリとしたが、それでも己の責務を全うするため、マウリは立ち向かってくる。


「それに、モリスさんでしたっけ。彼の鎧は隣国の戦士団の紋章が彫り込まれています。他国の戦士が、連絡もなしに派遣されるなど、ましてそれが遺跡の内部になるなど」


 マウリのまっとうな疑問。

 セラフィマはもう一度、テーブルを叩く。


「彼は知らない人です! 次!」


「ええ!? でも、モリスさんはあなた達の護衛だって言って」


「つーぎー!」


 女性しかいないので、己一人で十分だと、部下を外に置いてきたのが運の尽き。

 もしかしたら、ラーナに良いところでも見せようとしたのか。

 

 マウリは、どんどん追いつめられていく。

 幼さの残る少年をいたぶることが楽しいのだろうか、セラフィマの鼻息も強くなる。


「その、一番の問題はリオネルさんの身元が」


「なんですか、私の婚約者に何の問題があるでんすか!?」


 タイミング良く、テーブルが鳴る。

 今度は隣のラーナが、真似をして叩いていた。


「いえ、本当に婚約者だというのなら、問題ないんですが」


――そこを否定されるのが、一番腹が立つ。


 たしかに、セラフィマには勿体ない男前かもしれない。

 でも、そこを怪しまれると、女としての自尊心が傷ついてしまう。

 まして、女性経験もなさそうな、お子様になど。

 どんな些細な疑いであろうと、絶対に言い包めてやる。

 二人の愛は決して誰にも否定させやしない。

 

絆は何よりも堅いものなのだ。


「――でも、肝心のリオネルさんに確認をとったところ、そんな事実は一欠片も存在しないと」


――肝心の本人に否定されてしまった。

 

 絆に結構簡単に罅がはいる。

 

「――夫婦、ですよ。間違いなく、はい」


「あの、なんでいきなり顔を背けるんですか、あと婚約者では?」


 マウリが回りこむ。


「やめてください、私は慎み深いんです。夫以外の男性と目を合わせるなど――恥ずかしいのです」


 先程まで睨みつけんばかりだった女が使うには、少々苦しい。

 それでもなんとかしないと。

 このままでは、


――セラフィマが、一方的に男に付き纏い、勝手に夫婦宣言している痛い女だと『勘違い』されてしまう。


 助けはないのか。

 周りを見ると、いるのはセラフィマとリオネルの仲を信じきっているラーナのみ。 

 根拠もなしに盲目的に信じてくれる存在は、一転して敵にもなりかねない。


 ラーナにばれないよう、そしてマウリを納得させる方法。

 

――そんな都合の良い方法が思いつくなら、もっと早くに恋人を見つけ、行き遅れてなどいない。


「マウリ助祭。賊が侵入しました!」


 だから無礼な神官兵が、ノックもなしに入室し、その場を有耶無耶にしてくれたことに心から感謝した。




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