34話
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「ビフが吐いた隠れ家、その言葉通り、奴の盗品の中にありました。こちらですよね。ラーナさん、確認の方をお願いします」
深夜の神殿の応接室。
二人の体調を気遣った言葉の後に、マウリが差し出した筒をセラフィマが確かめる。
広げた羊皮紙に、複数の印。
隅々まで目を通し、頷く。
「――間違いありません」
セラフィマはそれを筒に入れなおし、大事に懐に仕舞った。
「で、リオネルたちの姿がありませんが、まだ終わらないのですか?」
セラフィマが顔をしかめると、困ったようにマウリは身を竦める。
セラフィマの語調が強くなった。
「なぜ、こんなに時間がかかるんですか?! 身元は私が保証すると言いましたよね。『我ら』は王国同盟と対等なはずです。これ以上、彼が不当に扱われるようなら、上を通して、抗議させてもらってもいいんですよ」
ラーナの立場を笠にきた物言い。
だが、これは国家間で氏族が舐められないように必要な処置だ。
権力を使うことも、使われることにも慣れていない、子供には少々酷かもしれないが、しかたのないこと。
――そしてこれは、昨日セラフィマを悪趣味扱いした事とは全く関係はない。
「そんな、草原の民を下に見ているとかではなく」
「なら!」
「ですけど、その、ファンさんは取り調べに非協力的で」
「それは当然でしょう。彼には何の疚しい事もないんです。たまたま遺跡と神殿がつながっていただけで、取り調べを受けなければならない、謂われなどなどないんですよ!」
「武器を隠し持っていたことは事実ですし」
マウリの言葉を遮るため、セラフィマはテーブルを叩く。
「彼はラーナさまの護衛です。いざというときのために、剣の一つや二つ隠しているのは当然のことです! 他には?」
テーブルの音にビクリとしたが、それでも己の責務を全うするため、マウリは立ち向かってくる。
「それに、モリスさんでしたっけ。彼の鎧は隣国の戦士団の紋章が彫り込まれています。他国の戦士が、連絡もなしに派遣されるなど、ましてそれが遺跡の内部になるなど」
マウリのまっとうな疑問。
セラフィマはもう一度、テーブルを叩く。
「彼は知らない人です! 次!」
「ええ!? でも、モリスさんはあなた達の護衛だって言って」
「つーぎー!」
女性しかいないので、己一人で十分だと、部下を外に置いてきたのが運の尽き。
もしかしたら、ラーナに良いところでも見せようとしたのか。
マウリは、どんどん追いつめられていく。
幼さの残る少年をいたぶることが楽しいのだろうか、セラフィマの鼻息も強くなる。
「その、一番の問題はリオネルさんの身元が」
「なんですか、私の婚約者に何の問題があるでんすか!?」
タイミング良く、テーブルが鳴る。
今度は隣のラーナが、真似をして叩いていた。
「いえ、本当に婚約者だというのなら、問題ないんですが」
――そこを否定されるのが、一番腹が立つ。
たしかに、セラフィマには勿体ない男前かもしれない。
でも、そこを怪しまれると、女としての自尊心が傷ついてしまう。
まして、女性経験もなさそうな、お子様になど。
どんな些細な疑いであろうと、絶対に言い包めてやる。
二人の愛は決して誰にも否定させやしない。
絆は何よりも堅いものなのだ。
「――でも、肝心のリオネルさんに確認をとったところ、そんな事実は一欠片も存在しないと」
――肝心の本人に否定されてしまった。
絆に結構簡単に罅がはいる。
「――夫婦、ですよ。間違いなく、はい」
「あの、なんでいきなり顔を背けるんですか、あと婚約者では?」
マウリが回りこむ。
「やめてください、私は慎み深いんです。夫以外の男性と目を合わせるなど――恥ずかしいのです」
先程まで睨みつけんばかりだった女が使うには、少々苦しい。
それでもなんとかしないと。
このままでは、
――セラフィマが、一方的に男に付き纏い、勝手に夫婦宣言している痛い女だと『勘違い』されてしまう。
助けはないのか。
周りを見ると、いるのはセラフィマとリオネルの仲を信じきっているラーナのみ。
根拠もなしに盲目的に信じてくれる存在は、一転して敵にもなりかねない。
ラーナにばれないよう、そしてマウリを納得させる方法。
――そんな都合の良い方法が思いつくなら、もっと早くに恋人を見つけ、行き遅れてなどいない。
「マウリ助祭。賊が侵入しました!」
だから無礼な神官兵が、ノックもなしに入室し、その場を有耶無耶にしてくれたことに心から感謝した。




