31話
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やはり常人とはスタミナが違うのか、聴取を終えたファンが戻ってくるまでに、リオネルは息を整えていた。
その顔はまだ赤い。
だが、意地になったのか、ファンと協力し、柄を引っこ抜くよう片足を像に押し付ける。
二人がかりでも、大剣が抜けることはなかった。
なにか役に立つ道具はないかとリオネルが探す。
腕力で駄目なら脚力だと、ファンは先程から柄に向かって何度も蹴りをくれていた。
「あの、これは貴重なものなのですから、そう乱暴に扱わないで、下さると――」
感情を見せず、無言で蹴りを入れるファンが恐ろしいのか、マウリの注意も控えめだ。
「よし、これならば。ファン、ちょっとどいてくれるか。この槌なら、今度こそ」
「いえ、ですからリオネルさん。そんなもので叩いたら、抜けるどころか、砕けてしまいます!」
マウリが必死に抗議するもそれを無視し、リオネルは手近にある金属槌を振り上げる。
それも遺産の一つなのかと思ったが、マウリの許可無く取り押さえて良いものかと、右往左往していた神官兵から借りたものだった。
試しにと柄に手を当てていたラーナ。
そのさらに下側、柄の頭を思い切り叩く。
「ふえ?」
ラーナが驚き手を引っ込めるより早く、柄が下がり、そのまま反動で刃部分から宙に舞い上がった。
大剣は縦に回転しながら、尋問中の神官兵長ガダフの目前、髭の一部を刈り取るほど近くに突き刺さる。
頭一つ分ずれていれば、天に召されていたことだろう。
――ガダフは自慢の髭が失くなった辺りを撫でた後、平坦で感情を抑えた顔で手招きをしている。
「あー、その、何だね、不幸な事故だが、怪我がなくてなにより――すまない」
リオネルはそこから一歩も動かず、むしろ少し下がり、上手い言い訳を探したが、見つからないようで。
ガダフは、その最中も手招きを止めることはない。
だからそこにいた一同、ファンやセラフィマ、そして神官兵達も、成り行きを見守っていた。
次はリオネルが逃げ出すのか、それとも反対の手を拳に変えているガダフが走りだすのか、そのどちらかだと皆が思っていた。
だが、予想は裏切られる。
――走りだしたのはローブに顔を隠した二人の男。
皆の注目がリオネル達の阿呆な行動に注がれた、その隙をついて、尋問中の兵士を躱し動きだした。
「っく、取り押さえ、違う?! 助祭殿を守れ!」
初め二人組が逃げ出したのかと思ったのだろうが、その向かう先が入り口ではない事に気づき指示をかえる。
狙われたのがマウリであるならば、当然近くにいるラーナやセラフィマも危ない。
ラーナは大剣から伝わった金属槌の衝撃せいで、まだ呆然として動けないし、セラフィマも事態について行けず、先ほどの遺産の杖を持ったまま。
男達は別れ、片方はセラフィマに、もう一人は無防備なラーナに。
「止めるんだ、ファン!」
二者の間にいて、迅速に動けるのはリオネルとファンのみ。
ファンに指示を出し、セラフィマとローブの男の間を身体で遮る。
邪魔だと伸ばすその腕を、リオネルは逆に引き寄せる。
――そして、その男の脇腹にファンの爪先がめり込んでいた。
「へ?」
ローブの男の苦痛の呻き。
それと並行でリオネルの間の抜けた息。
暗殺者の虚ろな瞳と見つめ合い、そのまま二人一緒に首を回してみる。
――一人に対して二人で対処すると、当然、逃げ出した一人が余ってしまう。
「まあ、十年来の友人というわけでなし、呼吸が揃わぬこともある」
言い訳したところで、失敗が取り戻せるわけでもない。
セラフィマの顔が青くなり、神官兵に喧騒が広まり始める。
「あー、うん。状況は理解したのじゃ――が、納得はできぬ。こちらが無手なのに、それはちと卑怯ではないか?」
抜けた大剣の台座を背に、少女は顎に刃を突きつけられていた。
言葉通り、現状を理解できているなら、もっと泣き喚いた方がそれらしいのだが。
ラーナは少女らしからぬ胆力で 困ったように首を傾げて、男の手にある短剣と、己の小さな拳を見比べた。




