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28話

 ●

 

 遺跡は数人の靴音と、それ以上に荒々しい獣の鳴き声で騒々しい。


 先頭を走るのは、後方にいる者達と違って、涼しい顔のリオネルとセラフィマ。

 人一人抱えているのに、その走りは揺れることがない。

 

 そのすぐ後ろを、これまたファンとラーナが。

 モリスが剣を突き立てた直後、青豚の気配の変化を察し、ファンとリオネルは走りだした。

 その際、足の遅いであろう女性陣をしっかりと担いで。

 荒れ狂う青豚の大群に飲み込まれれば、人間などひとたまりもない。

 その流れに逆らうものは、たとえ青豚自身であろうと、肉塊に変わってしまった。

 血を吹き出し、折れた骨が飛び出している骸が死屍累々。


 そんな凄惨な光景が振り返ればあるというのに、特に動揺もせず、セラフィマはなにやら考え込んでいる。


「どうしたんだい。先程までは、ラーナと一緒になってはしゃいでいたのに?」


――初めての男の人の腕の中。はしゃいでいたのは事実なのだが、それを年下の少女と一緒にされてしまうと素直に認めにくい。

 

 少し赤みの差した頬をごまかすために咳払いした。

 

「いえ、先程から何かを忘れているような気がしまして」

 

 気を取り直し、己を抱くリオネルに尋ねる。


「忘れているって、逃げ遅れたモリスのことかい?」


「いいえ、そうじゃなくて――もっと重要な、というか目的だったはずの」


 ――そこまで言葉にしてようやく思い出す。


「そうです! さっきすれ違った人達に、私達が探している盗人がいませんでしたか?」



「ああ! そうじゃそうじゃ。わらわたちは呑気に遺跡探検などしている場合などではなかった」


 セラフィマの主やリオネルも同意を返してくれる。


――しばし四人は沈黙し、それぞれ先程あった集団の顔を思い浮かべた。それも走りながらで。


「ふむ。いたような』


『イナカッタ?』


「――わらわはいなかったと思う」


 いたが一人に、いないが二人、いやセラフィマの分を含めれば、ちょうど半々か。


「こういうとき、頭数が偶数というのは不便だ。モリスの意見も聞いてみるかい?」


 会話しながらの行進。幾分速度が落ちていのだろう。

 ようやく、最後の一人が追いつてきた。


「おお、ちょうどよいところに。で、モリスはどう思うのじゃ?」

 

 わきに抱えられたラーナが問うのだが、モリスは答えない。

 先ほどの多数決で投票権が与えられていなかったことに怒っていたからではなく、喋れないほどに息切れを起こしていたからだ。


「まったく、大口を叩いておいてそのざまとは。君の国で戦士というのは、臆病で体力のない人間に贈られる蔑称か何かなのか?」


 リオネルの蔑みに、反応らしい反応がない。

 かろうじて息を整え出た言葉は、反発ではなく純粋な疑問。



「うぇ、だから、なんで。ファンはわかるが、なんでお前みたいな食い逃げ風情が、そんな重い荷物を担いだままで、そんなに早く走れるんだ? って、ふご!」


 疑問の最後はただの悲鳴。


「だ、誰が、重い荷物ですか! 失礼な!」


 抱かれたまま、横の姿勢で、器用に靴先をモリスの顔面にめり込ませた。


「あー、セラフィマ、君は羽のように軽いから安心してくれ。君が個人として重いというわけではなく、人間自体が持って走るには、重いとモリスは言いたかったのでは?」


 ――つい反射的にかっとなってやった。

 謝ろうかと思ったのだが、一撃に倒れ、青豚に飲み込まれそうなっているモリスにその機会が残されているだろうか。

 

 ――モリスは飲み込まれる直前、手をついて、四足で這いずり回り、なんとかまた走りだす。

 ここまで戻ってこれたら謝ろう。


「なあ、ファン。わらわも軽かろう? それとも重いのか?」


 別に色気づいたわけではないのだろう。

 ただ、セラフィマの真似をしただけのラーナの問い。

 それに、このいまいち感情が見えない外套の男は、どう答えるのか興味があった。

 つい注目してしまい、ファンと目が合った。


『――軽イ』


「おお、そうか!」


『セラフィマ、程度、ニハ』


「ふむ、うーん?」


 ――なぜか素直に喜ばない主。そしてファンに軽く馬鹿にされた気がする。


「って、リオネル! 今笑ってませんでした?」


「いや、別に――そんなことより、今は盗人がいたかどうかの方が、重要だ。しかしどうしたものか」


 顔を一瞬そむけてから、表情を整えてリオネル。


「わかった。わらわが直接確かめてくる!」


 一行は長い直線の通路に入った。

 後ろから追っかけてくる青豚や、そのすぐ前を走る集団の姿も視界に入ってくる。

 ラーナが戻るのならば、当然、ファンが付いて行く――というか、戻るのはファンで、ラーナは運ばれるだけなのだが。

 前を向いたまま徐々に速度を落とし、後ろの集団の真横まで移動する。


 しばらく彼らの顔を凝視して、次に懐からだした人相書きと見比べてみる。

 そして、また速度を感じさせない軽い足取りで、挟んだラーナごと戻って来た。


 ――そしてラーナとファンは仲良く一緒に首を傾げた。


「やはり直接、顔を合わせてないと、似顔絵だけでは本人かどうか――」


『ワカラナイ』


 ――本当に何をしに行ったのだろうか。


「リオネル、こうなったら私達が」


「いや、セラフィマ。さすがに、君を抱えたまま減速して、その後ここまで戻ってくるのは」


 ――どうやらセラフィマは羽ではないらしい、悲しいが知っていた。


「皆の者! 門があるのじゃ! あの中に逃げ込めば!」


 少女の指先には、大きく頑丈そうな門がある。


「ファン! 私は左、君は」


『右』


 二人は更に速度を上げ、門の前に。

 女性陣二人をその場に降ろし、左右に別れ、外開きの扉に手をかける。

 重く地面を引きずる音が響き、徐々に門が開いていく。


「ラナさま、早く中へ!」

 

 セラフィマはラーナの背を押しながら、部屋の中に。

 四人が部屋の内側にいることを確かめ、リオネルが頷く。


「ファン、青豚の群が来る前に――」


『閉』


『閉めるな! 薄情者ー!』


 遠くから恨みの篭った叫び声が聞こえてきた。


「――ここで、少し考えてみてくれ。ファンと私の旅に、彼がほんとうに必要なのか。青豚が入り込む危険を犯してまで助ける命なのか」


 リオネルの問いかけ。

 

 それは軽くもなく、決して重くもない響きだった。

 リオネルはファンの瞳を覗き込む。


『必要?』


 首を傾げたファンの答えを聞いて、リオネルは頷く。

 まあ、この状況だ。しかたがない。

 それに、彼らの絆がそこまで固いように思えない。

 それはセラフィマも同じこと。

 大切な主を危険にさらしてまで、出会ったばかりのモリスを助ける気にはなれない。

 

 ――ならば次に取る行動は決まっている。


 セラフィマは両手を胸の前で合わせ祈った。

 リオネルは笑顔で、ファンは無表情で、モリスに手を振ってお別れを告げる。


 ――それを見たモリスの速度が少し上がった。


「のう、今ここで閉めたら、あの中にいるかもしれない盗人まで死んでしまうのではないか?」


 ――ラーナの呟きに、三人が手を叩いて納得する。

 それでは旅券の在り処がわからなくなる。


 結局、走っている全員が部屋に飛び込んでくるまで待った。


 紛れ込んだ一匹の青豚はリオネルが蹴り飛ばし、せーの!で閉めた扉に、挟まった一匹が断末魔の醜い鳴き声を響かせる。


 金属の扉の外側、青豚が激突し、肉の潰れていく音がした。

 そして、消耗しきり、うつ伏せに倒れているモリスの肩を叩き。


「ふむ、これは貸しだからな」


『恩人』


 それでも恩を着せる二人に、ラーナとセラフィマは感心していた。


「おい、お前らは何者だ! 一体どこから忍び込んだ」


 安心もつかの間、一行を囲むように剣が向けられている。

 そこにいたのは、統一された鎧を身に着けた兵士たちだった。



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