24話
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――何が目的だ。
そう問われたファンは、少し考えこんだ。
特に用らしい用などない。
そもそも、あの館で来いと言われたから、素直に従っただけなのだ。
それで迷惑そうに睨まれても納得がいかない。
今日は朝一番から、人探しに忙しい。
同じ宿に泊った縁で、ラーナとセラフィマを助け、彼女たちの大事なものを奪った男を探し歩きまわる。
リオネルの人相書きを頼りに、ラーナと二人での探索。
くれぐれもラーナをよろしくと、セラフィマに頼まれた。
セラフィマの強い希望らしく、リオネルは彼女に引きずられていった。
人で賑わう街並みは、観光ならそれなりに楽しめたのだろうが、人探しをするには難しい。
それにラーナは興味を持ったものに、すぐに引き寄せられるため、ファンの手間が増えた。
人相書きを片手に、昼時まで街を回っても収穫はなし。
けれども、二人は特に悲嘆にくれることもない。
そういえばと、昨夜の一方的な約束を思い出し、ファンは教わっていた名前を頼りにこの酒場にやってきたのだ。
手荒い歓迎をしてきたアミル、そしてその後ろに隠れているカルに目をやる。
この二人もじっとこちらを窺っている。
ファンは先ほど飛んできた短刀を、そのまま相手に差し出す。
――やはり無表情で。
これは感情が顔に現れにくいからではなく、命を奪われかけた事自体、別になんとも思っていないからだ。
それが相手を警戒させる要因になっているのだから、改善すれば良いのに。
ファンはそのことを理解していないし、この場合は無表情だろうが、笑顔だろうが、相手に与える圧に変わりはない。
そんな大人たちのやりとりに興味が無いのか、ラーナは店主が出した琥珀色の液体をじっと眺めている。
鼻を近づけ匂いを確かめるが、顔をしかめ、ファンの方に寄せてきた。
「なあ、店主。牛の乳はないのか? わらわは酒精が入ったものは好かん」
厚意で出されたものを断るのは失礼だが、飲めないものは飲めない。
記憶はなくとも、体に刻み込まれているのか、ファンもあまり酒は好まない。
ラーナに便乗して、杯を店主の方に寄せた。
店主は舌打ちなど露骨なことはしなかったが、少し表情が固くなったように思う。
「で、もう一度聞こう。この馬鹿を出汁にして、あんた一体何を望む?」
しつこい問いかけ。
いつでも襲撃をしかけられるようにか、店主とアミルの腰が低くなる。
それを無視しても良かったのだが、ファンの袖が引かれた。
「なあ、ファン、せっかくだ。この者達にも尋ねてみてはどうか」
ラーナの提案。
それを断る理由も、特にない。
ファンは懐に手を入れ、リオネル作の人相書きを取り出す。
――ファンが懐に手を入れると同時に、店主とアミルが後ろに飛び退いた。
『コイツ、ヲ、探シテイル』
力のない枯れた声。
後ろに下がった二人のうち、アミルが引っ手繰るように人相書きを奪った。
自分で目を通し、店主にも確認を頼む。
カルが己もと挙手していたが、彼女は無視されていた。
「――こいつは、『ちり拾いのビフ』だな」
店主の言葉のあとに、再度、アミルも目を通し頷く。
「あーあー、そうね。どこかで見たことがあると思った。年寄りや女子供専門のこすっからいスリの!」
大物狙いのその反対。
弱者から小銭を奪っていく小悪党。
小悪党というのも大仰過ぎる。
噂では、羽振りの良い冒険者の懐に手を伸ばした過去があり、見事に返り討ち。
制裁で死にかけて以降、役人も動かないような少額専門の臆病者になったそうな。
「え! あなた、やられたの?」
アミルがそれはないだろうと、目を丸くしてこちらを見てくる。
『――連レ、ガ』
「違う、セラが盗られた」
ファンとラーナの否定。
ラーナの声が大きく、ファンの声は聞き取りにくい。
「名を知っているのなら、居場所も分かるな? 頼む、教えてくれまいか」
「そりゃ街の裏側の情報は把握しているし、居場所くらいすぐわかるけど、うーん」
アミルは、喜色を浮かべるラーナを躱し、店主の顔を見る。
店主は苛立っているのか、食器を磨く布の音が小刻みになる。
「おい、酒場に来たんだ。まずは酒を飲め。話はそれからだ」
――客が来たのに注文の一つもしない。
そういえば失礼なことだなと、思い直した。
『酒、ハ、好マナイ』
「だから、牛の乳はないのか? ないなら山羊でも構わんぞ」
ならばとっとと出て行けといえず、店主の眉間が深くなるだけ。
「なんだよあんたら、この酒いらないのか? じゃあ、あたしがもらう!」
話に入れずにいたカルが、横からひったくり飲み干す。
要らぬものなので、ラーナとファンに文句はない。
だが、店主は溜息を吐いて、アミルは呆れたように手を額に。
「え、え? なんだよ。誰も飲まなかったらもったいないだろ!」
カルは視線を感じ、言い訳する。
だが、それに聞く耳持たぬと店主は店の奥を指差した。
「おまえは邪魔だ。奥で汚れた皿でも洗っていろ」
店主の有無を言わさぬ態度。
カルは二つの杯を両手に持って、そのまま奥の部屋へ。
――客もいないのに、洗い物ものなにもないだろう。
小声の文句は、位置的にラーナとファンにのみ届いた。
仕切りなおすように、店主が咳払いをした。
視線を集めてから、隣のアミルに発言を許す。
「金額にもよるけど。そうね、交換条件があるわ。この場所の秘密を誰にも喋らないこと。役人だけじゃなくて、あんたの身内にも。出来――」
アミルの交渉は、大きな音で遮られる。
――間に合わなかったか。
今度は老店主の呟き。
振り返ってみれば、奥の部屋の入り口に辿り着く前にぶっ倒れているカルの姿が。
手に持っていた杯が溢れて、床に琥珀の液体が流れてしまう。
「さ、酒に弱いやつだ」
「――も、もう、だらしないわね」
舌がしまわれておらず、白目を剥き、痙攣し倒れる少女はとても酔っぱらいに見えない。
「で、交換条件なんだけど――」
何事もなかったように、アミルは話を戻す。
床にぶちまけられた杯と、震えるカルを交互に眺め、説明を待っていたのだが、そこは無視される。
それでも無言になったラーナと、元々無口なファンの視線に耐えられなくなったのか、アミルが店主に助けを求めた。
「――こういった場で相手の出したものに無警戒で口をつけるような思慮なしの輩とするには、取引は難しい。試したことは謝ろう。が、これであんたらが取引相手として十分なことがわかった。さあ、何が欲しい?」
店主は、相好を崩し手を広げて歓迎を示す。
『思慮ナシ』
ファンは床に転がっているカルを指差した。
「そうじゃな、おぬしらの身内に、無警戒で口をつけるような思慮なしの輩がおるわけなんじゃが、わらわ達は、取引をしても、問題ないのじゃろうか?」
相手に皮肉を言っているわけではなく、ただ疑問なのだとラーナは首を傾げている。
「そりゃ子供だってごまかされないか。そうよね。こんな苦しい言い訳でごまかせるのなんて、言葉のわからぬ赤子か、こいつくらいなもんよねー」
焦り転がっていたカルを抱き起こし、何やら薬を飲ませているアミルが嘯いた。




