22話
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『ふむ、まずは情報収集だ。旅券、それも国賓扱いのそれは、通常の取引場では無理がある。盗品が扱われる泥棒市を探そう』
そういって、リオネルは、そこいらにいるガラの悪そうな人間に尋ねて廻った。
相手が素直に答えてくれない時には、強引に肩を組み、路地裏に消えていく。
許しを請う悲鳴がこちらにまで届く。
それを三度繰り返して、ようやく泥棒市を取り仕切る、デールなる人物の情報を得た。
そして表向きは商工ギルドの幹部の、デールの館を訪問することに。
『それに相手が商人ならば、金で解決できる。幸い持ち合わせは十分過ぎるくらいだ。安心してくれ』
その持ち合わせはファンの懐なのだが、リオネルが安く請け合った。
『なに、ほんの少し、館の主人と話がしたいだけだ。大切な用事があるから無理? こちらも大切な用事でね。久方ぶりにデールの顔を見にきたんだ。客人を追い払って、後で主人にどう言い訳するつもりだい。――ああもう、君達では話にならない。そこの小さい小間使い、館の主人に伝えてくれないか、旧友が会いに来たと』
デールの館の前にて、門番とのやり取り後、戻ってきて、リオネルはファンの肩を叩いた。
「――どうやら、さっきの小男がこの屋敷の主人だったらしい。小さいだけでなく、心も貧しい男だよ。憤慨していて、正攻法が駄目になった。顔さえ合わせれば、いくらでも丸め込むつもりだったんだが。――つまり君に頼るしかなくなったわけだ」
大して反省も後悔もしていないようで、今回は活躍を譲るとでもいった風。
やれと言われれば、大抵を引き受けるファン。
腕に自信があるからなのか、それとも、ただ何も考えていないのか。
そして夜の帳に紛れ、暗殺者は屋敷の壁をカツカツと登っていく。
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『ドーゾ、オ構イナク』
女が短刀をデールの喉に突き刺した一部始終を、ファンは観察していた。
忙しなく取り込み中だったために、己の用事を後回しにしていたのだ。
だが、目的の相手が死んでしまうとは。
ほとんど変化のない表情で、ファンは静かに困っていた。
「――あんたは一体何者なんだい!」
先ほどまで嬉しそうに踊りを披露していた少女は、後ろに飛び退く。
どこかまごつき洗練されてはいないが、俊敏ではあった。
少し大きめな警告の後、慌て口を抑え、入り口を窺った。
どうやら、控えているデールの手下には気付かれなかったようだ。
ファンは少女を無視し、デールの死体に近づく。
音なく近寄っていくさまは、質量のない影の揺らぎ。
少女はファンが動いた過程を目で追ったが、どうも視線が遅れてしまう。
気がつくと、死体の前に立っているファンに、不気味さを覚える。
ファンは、リオネルが描いた人相書を死体の顔に翳してみた。
大分、顔色が悪いが、本人に間違いはない。
情報を引き出してこいとのことだが、死体からの反応がないのは当然のこと。
それでも、これで与えられた仕事はこなした。
紙切れを懐にしまい、窓から壁伝いに帰ろうとする。
そこに、今まで無視されていた少女が立ちはだかる。
「な、なあ、もしかして――いや、アンタ、同業だな? 絶対そうだろう! こんな夜遅く、脂ぎった醜男の部屋を訊ねるなんて殺し屋か、泥棒以外に思いつかないしね!」
得心がいったと、少女は嬉しそうに両手を広げ、ファンの行く手を遮った。
「まあ、こいつはその汚いやり口や、趣味のせいでほうぼうから恨みを買っていたらしいからな。同時に二箇所から殺しの依頼も不思議じゃない。――だけど、わかるよね? 悪いけど、こいつを殺したのはアタシだ。残念なことにアンタの依頼は失敗ってこと」
少女は同業ということで気を許したのか、小声ではあるが、それなりに気やすい口調でファンの肩を叩いた。
ファンとしては小男が動いていようが死体だろうが、別段価値はかわらない。
話がそれだけならばと、少女を躱し、窓に足をかける。
だが、少女は逃がすまいとその腰に抱きつく。
「だーっ! ちょっと待ちな。わかるよ、アンタが仕事に失敗して塞ぎこむのも! でも、落ち込むことはない。殺しってのは流動的なものだ。アタシ程の腕になっても対象を逃しちまうことは少なくない。だけどこいつが殺されるところを指を加えてみているだけなんてのは論外だ」
別に落ち込んではいないのだが。
少女は熟練者が行う手解きのように、ファンを諭す。
どうやら、ファンは目下と判断されたようだ。
――少女の首根を掴み、腰から引っぺがす。
「だから、アタシの話を聞きな! いいかい、今回の仕事、アンタも依頼人に成功したって報告して構わない、よ――ってだから話を聞け!」
ベッドに放り捨てられても、少女はなお喰い下がる。
「意味がわからないって顔を、している、のかい? だからね、別に対象が死んでいれば、誰が殺そうが依頼人にとって問題はないはずだ。なら、アンタもアタシも成功ってことにすれば、八方丸く収まるんじゃないかい?」
依頼人達の目的は果たされ、殺し屋も失敗を報告せずにすむ。
依頼者は、わざわざ己が殺し屋を雇ったのだと吹聴することもないので、二人の嘘がばれることはない。
得意げな少女は、ファンに向けてここからが重要だと指を立てた。
「だけど、ただって訳にはいかない。アンタもこの生業に関わっているんだからわかるだろう? そうさね、依頼料の半分を――四割――いや三割でいいからアタシに! 回しな!」
抱きついてきた少女から離れるため、振り回すたびに、少女の要求額が少なくなっていく。
「――じゃないと、ここで大声を上げるよ! いいのかい?」
顔を真赤にし、最後の手段と脅しをかけた。
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少女の気迫に負けたのか、ようやく枯れ木のような守銭奴が首を縦に振る。
駄々を捏ねた甲斐があった。
これで初仕事の依頼料だけではなく、彼からの徴収分が上乗せされる。
姉貴分が自慢していた憧れの首飾りに、思いを馳せた。
呆けていた少女は気を取り直し、おそらく新米なのだろう殺し屋に念を押す。
「いいかい、明日の昼に必ず『黄金の麦踏み亭』に来るんだよ? 逃げたら、アタシの組織に報告してそれ相応の罰を受けさせるよ」
裏稼業にも繋がりはある。
殺しを依頼する窓口は、いくつも仲介を入れる。
その人数が少ないと、殺し屋の仕事に影響が出てしまうからだ。
それだけではなく、対象の情報を仕入れるもの、道具の調達。
それらを全て一人でこなせる殺し屋など極小数。
まず最初の段階、依頼人への売り込みで躓く。
看板を持って宣伝する馬鹿が居るわけがないし、いたとしても誰が依頼するのか。
だからこういった稼業は、それなりに人数が必要となり、少数組織同士に暗黙の縄張りも存在するらしい。
目の前の男も忠告の意味が解っているはずだ。
『――帰ル』
理解しているにしては、不安になる言葉少なさ。
それだけでは頼りなく、少女はもう一手ないかと悩む。
だが男の姿は目の前から消え、探せば既に外壁の中間に降りてしまっている。
平らな壁のどこに掴む場所があるのかは暗くてわからない。
だが、影はそのまま館の二階から外柵を飛び越えていった。
その身軽さに見とれている場合ではないと気付き、少女はすぐにかつらをかぶり直し、悲鳴を上げ、デールの部下を呼んだ。
部屋の惨状、デールの死体を見つけ、問い詰めてくる部下達。
それに、動揺したふりで窓から闇へと消えていく暗殺者の背中を指さした。
暗殺者の追跡をしろと、館が喧騒に包まれる中、生贄の小娘に注意を払うものなど誰もいない。
少女はほくそ笑み、堂々と正門から屋敷を出た。




