14話
髭と外套と半裸の三人は、裏門を抜け街に入った。
夜も遅く、通りに人影は全くない。
男の手にあるモリスの大事な剣は、気のせいだといいのだが、心なしか歪んでいる。
十字型の鍔の片方が折れ、左右非対称になっていて、それがまたモリスの涙腺を刺激した。
犠牲になったの物は大きい。
だが、この極悪人二人は、そんな事を屁とも思わずに話し合いを始めていた。
「――で、城を脱出したわけだが、次はどこを目指す予定だったのかな?」
しばらく考えた後に、思い出したように暗殺者は手を叩く。
『――西門、ニ、待ッ、テイル』
男は頷く。
「ならば、東門を目指そうか!」
暗殺者は腕を組み首を傾げたが、それ以外、特に何もなく首肯する。
そして男はモリスの方にやってくる。
「いやあ、助かった。ここまでどうもありがとう。君はお役御免だ。もう二度と会うこともないだろうが、達者で暮らしてくれたまえ」
朗らかな笑顔は、モリスの神経を逆なでする。
男は拘束してある後ろ手に、モリスの両足首も一緒に固定するよう縄を結び直す。
「君はここに置いていくが、なに朝になれば誰か気付いて助けてくれるだろう。その親切な御仁と命を奪わなかった私の慈悲に感謝を忘れてはいけないよ」
夜気はまだ寒い。
ここに裸で置き去りにされても凍え死ぬようなことはないが、それでも相当な苦痛である。
まして、裸でいるところを誰かに助けてもらうなど、そんな情けないことは許されない。
国の守りの要たる戦士団の一員が牢屋から脱走を許したばかりか、その囚人にこてんぱんにのされる。
そのうえ、裸にされ、置き去りにされたという醜聞が広まっては、モリスのこの先の人生は真っ暗闇だ。
絶対に彼らを逃してはいけない。
幸いモリスの裸を目撃したものはいない。
事態が戦士団や領兵団に知られる前に、二人を拘束し鎧を取り返せば、何とかごまかせるかもしれない。
最悪、服さえ何とか出来れば、助けを呼ぶことをためらう理由が少なくなる。
モリスは言いたいことがあると、精一杯、目で訴え身体をくねらせる。
不憫に思ったわけではないだろうが、男は口布をずらしてくれた。
「ど、どうか、どうかその剣だけは置いていってもらえないでしょうか。決してあなた方を追い掛けたりはしません。そ、それは、我が家に代々伝わる大切なものなのです。国王から賜ったもので家督の証明になるのです。それを失ったとなればどんなお咎めを受けるか。最悪、家が取り潰されて、路頭に迷うことになるかもしれません。そうなったら、私の家族は、ううぅ」
モリスはすすり泣きの真似をする。
先程の牢屋では油断していて負けたが、二度はない。
剣さえ取り戻せば、暗殺者はともかく、この食い逃げの捕縛など容易いことだ。
すすり泣きを徐々に大きな物へと変える。
「ふむ、それはさぞかし困ることだろう、承知した。剣はここに置いていこうではないか」
男が間抜けなのではなく、モリスの演技力が飛び抜けているに違いない。
案外、簡単にことがなり、内心、ほくそ笑んでいたのだが、それは面に出さない。
「ああ、なんと慈悲深い方だ。感謝の証に、その名を剣に彫り、伝えていくことにしたい。ぜひ、御尊名をお聞かせ願えないだろうか?」
万が一逃した時のため、手配書にいれる名を尋ねる。
「いや、ここで名を教えるのは少々恩着せがましい。なに、そんなことをしなくても君の感謝はいつまでもこの胸に刻んでおこう」
胸を叩く男に、モリスは舌打ちをした。
「残念ですが、それでは仕方がない。では、早速剣を返してもらえませんか?」
男の愚鈍さに感謝し、モリスは剣を受け取ろうと器用に拘束された後ろ手を向ける。
それを無視し、男はモリスから二十歩ほど、足を進めた。
「ふむ、それではここに置いていく。では、嘘のつけない正直な人よ、頑張ってくれ」
そしてその場に鞘から抜いた剣を突き立てると、背を向けて笑いながら走っていった。
取り残されたモリスは呆然としていた。
次に剣の方を見る。
歩いて行くには問題ないが、四肢を拘束されたモリスにはとてつもない距離だった。
だが、人気が戻る前に辿り着き、縄を切らなければ人生が終わる。
――モリスは顔を真赤にし、虫のように体を伸ばしたり縮めたり高速で地面を這っていく。
人には自慢できないが、とてつもない速さだった。
あの男への怒りが、モリスに奇蹟を起こしたのだ。
剣に辿り着き、肩で息をする。
後は剣を擦り合わせて縄を切るだけだ。
復讐を誓い、さあやるぞと、モリスが息を吸った。
――次の瞬間、なぜかまだ残っていた暗殺者が剣を引き抜き、三十歩ほど、モリスが来た道を戻り、そこに突き立てた。
言葉を失くしたモリスを尻目に、髭の男が走っていった方に歩いていく。
――領民に聞こえるほどの奇声を発し、モリスはもう一度奇蹟を起こした。




