12話
「らら~、私は~山賊。今日も奪うの~。若き~男の鎧を~」
良く通る低音なのに、妙に調子の外れた歌声が聞こえる。
「上着も頂く~、私のはなんか酸っぱい臭いがするから~」
石畳に直接触れた皮膚から、熱が溶け出していく気がした。
「ズボン丈が短いのは~仕方がない~。私の足が長いから~」
状況に気づいた時には、モリスの上半身を隠すものはなく、下半身も下着一枚のみの半裸だった。
先ほどの一撃で脳震盪になったのか、四肢に力が入らない。
モリスがかろうじて動かせたのは、頭のみ。
見上げた視界にはいったのは、モリスの軽鎧と篭手をつけた髭の男。
その場でくるりと回り、右手を胸の前にし優雅に一礼する。
「どうだね、様になっているだろう。まるで物語の騎士そのものだ! ――ふむ、少しは感動するか賞賛するとかしてもらわないと私が馬鹿みたいではないかね」
口で言うほどに、期待はしていなかったのだろう。
無口な殺し屋から視線を外し、モリスを見た。
二人の眼が合う。
モリスは肺に空気を送り込み、仲間の助けを呼ぼうとした。
だがそれよりも一手早く、男が口に布切れを放り込こんだ。
モリスの意識がまたも遠ざかる。
「ああ、すまない。咄嗟の事で手近にあったのが脱いだズボンしかなかった。牢屋に入れられる前から余裕のある生活をしていなくてね。最後に洗濯したのはいつの事だったか」
謝罪の言葉は、猛烈な悪臭のせいで耳に入ることなく掻き消される。
吐き気をこらえるのに精一杯で、抗議することもままならない。
モリスは布を剥ぎ取ろうとするのだが、肝心の腕は男の上着を縄代わりに後ろ手に縛られていた。
「さて、これで準備はできた。そろそろお暇させてもらおう。で、脱出経路は確保できているんだろう――いやまて、そもそも君はどうやってこの場所に来たんだ?」
地下牢への入口は一つ。
今夜はモリスと領兵が陣取っていたはずだ。
だが、暗殺者の姿を見た覚えがない。
いくら身を隠す術に長けていようと、二人分の眼をごまかせるとは思えない
「どこか抜け道でもあるのかい? だったら早く案内してくれ。久し振りに外の空気が吸いたいんだ、私は。そこに転がっている君もついて来い。いざという時の人質になってもらうよ」
急かす男に、暗殺者は先行して歩き出す。
その後を髭の男と首根っこを掴まれたモリスが追う。
牢屋を出て、鍵束が置いてあった部屋を抜け、地上に上がる階段の前に来る。
月明かりが差し込んでいる外を覗けば、一人でぼんやりと突っ立っている領兵の姿があった。
「え、ええと、ここを通るのかい? しかし彼をどうにかしない、と――」
『――静カ、ニ』
か細い声が消えるように、暗殺者の姿がぼやけていく錯覚をした。
鍵部屋の松明に照らされ出来た影に同化していくように、印象が薄くなっていく。
目の前から移動したわけでも、透明になったわけでもない。
色が変わったという表現がしっくりと来る。
濃く太い線で描かれていた輪郭が、境界の分かりにくい淡さに変わる。
――面食らっているモリスと男を無視し、音もなく階段を上がり、領兵の後ろを通り抜けていった。
冷や汗を流しながら、男が言う。
「ふむ、自分で見たものを信じられないというのは初めての経験だ」
モリスも同意し、頭を縦に振ってしまった。
――そして男は問う。
「――もしかしてなんだが、彼は一人で先に行ってしまったのだろうか。そうなると取り残された私達は一体どうすればいいのかね?」
少し経って、後ろに誰もついて来いないことに気付いた暗殺者が、上った階段を降りてくる羽目になった。




