11話
「まさかこんな場所で、英雄に救われる姫の心境を味わえるとは思ってもいなかったよ。うん? まあ、こんな薄汚い場所でそれは無理があるかね。もっとも牢屋という場所柄を考えると君のような裏稼業の人間が相応しいんだがね。それに誰にも気付かれずにここまで来るとは、なかなかの技量。君は腕の立つ殺し屋か盗っ人といったところかな?」
どうだ当たっただろうと、髭の男が指をさす。
外套の男は、首を傾げた後に左右に振った。
『――違ウ。掃除、夫』
髭の男は眼を丸くした。
しかし冗談だと受け取り、すぐに破顔する。
「ハハッ、なら、君の背中にあるそれは掃除用の箒か何かなのかな?」
それは外套の男の背に十字に担がれ、二本の柄だけが顔を出し、あとは布で包まれている。
外套の男は、布を結びつけている帯を外し、それを抜いた。
見せつけるように前に差し出す。
――そして髭の男よりも真剣にそれをじっと見つめる。
それは片手剣。
だが刀身の半ばと少しから垂直に曲がり、鎌状になっている。
簡素な鍔、内側にのみ刃がついており、およそ機能的とはいえない。
蟷螂の腕に酷似したそれは、凶悪で、たしかに殺し屋が持つに相応しい武器だった。
『――コレデ、草ヲ、刈ル?』
なぜか語尾が上がった疑問形。
伸びた雑草を刈るには長過ぎる得物である。
「ふむ、それで『首』を刈るというのかい? つまり君が暗殺者であるという私の読みは外れてはいなかったということだね。とするとその野暮ったい外套の中も物騒なものであふれていると見た!」
『――ソレハ、ナイ』
髭の男は、得意気に顎を上げる。
その言葉を彼は否定する。
外套の男は、己の袖口に手を入れて、ごそごそと探り動かす。
――袖口から二本の短剣が床にすべり落ちた。
外套の男は、装飾のない短剣を拾い上げ、凝視するとまた動かなくなる。
男の反応が理解できず、髭の男も動かない。
――だから次に動いたのは三人目。
柱の裏、機をじっと伺っていたモリスだった。
●
二人の会話から、外套の男がカンランの手の者であること、そして脱獄を目的としていることがわかった。
許可のない領城への侵入だけでも、拘束の理由には十分。
まして、外套の男はカンランに雇われた殺し屋。野放しにしていいはずがない。
彼の目的である肝心のゴンズが生きているのかどうかすら判断出来ない状態だが、それはそれとして、モリスは国の治安を守る国兵の使命を遂行する。
柱から飛び出し、振り上げた片手剣を外套の男に打ち下ろす。
カンランとの関係を調べなければいけないので、殺すことはしない。
剣は鞘に収めたまま、だが全力の一撃。
刃はなくとも鉄の塊。
肩にあたれば骨は砕ける。
――だが響いたのは骨の折れる音ではなく、剣先が石畳を鳴らす鈍いもの。
背後からの一撃は、暗殺者が軽く一歩ずれるだけで空を切る。
焦り、追撃のための胴体を狙った突きは、脇腹の横を抜けるだけで、かすりもしない。
『誰? ――鉄頭?』
「いや、鉄頭は私だと言っているだろうに。――ふむ、言葉もなく背後から襲いかかる。こういった人間を通り魔というのだろう。見たところまだ若い。彼のように活力と希望に満ち溢れた人間が通り魔など、この国の行く末が心配だな。――幸いここは牢屋だ。どうだね、君。今から私の部屋が丁度空く。そこに転がっている禿頭と一緒なのを我慢して一泊していきたまへ。己を見つめなおす良い機会になるはずだ」
髭の男が喋っている間も、モリスの剣が届くことはない。
外套の男は余裕のつもりなのか、一度も手に持つ鎌剣を振るうことはなかった。
だがそれが命取りになった。
「俺を甘く見たな、暗殺者! 腕は立つようだが、頭が回るわけではないらしい。――その場所では、次の一撃を躱すことは不可能。喰らえ、渾身の一撃を!」
モリスは部屋の角、壁を背にし逃げ場のない暗殺者に、渾身の薙ぎ払いを仕掛ける。
先程からの連撃を躱させることによって、暗殺者の逃げ場を誘導したのだ。
腰に貯めた力を開放する。
たとえ鎌剣で防がれても、暗殺者の細い体躯など力で押し潰すつもりだ。
モリスは勝利を確信した。
だがモリスの剣が届くことはまたもなく。
「――悲しい事実を忠告しよう。君の頭はかなり悪いらしい。戦いの最中に敵から目を離してはいけないと心に刻んでおきたまえ」
――暗殺者に集中したモリスは、振り返ることも出来ず、横顎に髭の男の拳を貰うことになった。
別にニ対一という状況を忘れていたのではない。
だが、ゴンズを倒したとはいえ、食い逃げと殺し屋。
後者に警戒の比重を重くするのは当然のこと。
そんな言い訳が実戦で通じるはずもなく、モリスの躰が崩れ落ちていく。
意識が沈む最中、髭の男がモリスに手を伸ばすのがわかった。




