1話
◇
日も落ち、月明かりがぼんやりと射し込む刻限。
明かりがともされた薄暗い部屋で、男たちが下卑た笑みを浮かべる。
男たちは、女を囲むように立っていた。
照らす光源の数は、この部屋の主がわざと減らしていた。
もちろんランプが消費する油を、節約するためではない。
ここに連れて来られた訳を考えれば、女にとって、この薄暗さは不安を掻き立てるに十分なものであろう。
部屋の主――商工ギルドの幹部の一人であるデールは、悪趣味な性癖を隠そうともしない。
白い服の隙間から見える女の肢体に、無遠慮な視線を突き刺す。
肥満体で薄い髪の小男が放つ中年特有のねっとりした視線。
晒された女は逃げるように身をすくめた。
己を守るためさらにしゃがみ縮こまろうとしたのだが、デールの横にいる部下がそれを許さない。
両脇にいた部下は女の腕を取り伸ばし、無理矢理に彼女の体を開く。
「――や、やめて、ください」
か細い声で女は懇願する。
その要求を断るのが、何よりの楽しみだと言わんばかりの笑顔でデールは首を振った。
女の胸は膨らみに乏しく、ようやく少女から大人への過程にはいったくらいの歳に見える。
娼婦にはない、若さゆえの恥じらいや抵抗は、デールを興奮させるだけ。
女の身を守るのには何の役にも立ちはしない。★
デールにとってのささやかな贅沢。
それは無抵抗の女を殴り、相手の自尊心をへし折り、思うままに体を穢すことだった。
準備にかかる金額や人手を考えると、そう頻繁に楽しめるものではない。
だからこそ女は厳選する。
まず、デールよりも年上の女性は選ばない。
デールは己の容姿に引け目をもっており、女性との交流が得意でない。
だから、たとえ立場が下の人間でも、年齢を笠に着なければ落ち着かない。
それに商売女のこなれている姿勢も、彼の劣等感を刺激する。
もてないデールを、さらに惨めな気持ちにさせるので選ばない。
加えて、無抵抗で気弱な人間が好ましい。
デールの非力な腕でも床に押し倒せ、ほんの少しの暴力で従順になる女。
そういった意味では、今夜の獲物は理想的だった。
ここに連れてこられる理由はそれぞれ異なる。
親の借金のかたや、口減らしのために娼館に入れられる所を引っ張って来られた者。
ギルドの幹部に対する親愛の贈り物としてなど様々だ。
そしてそうした彼女達はこの館まで、一人自らの足で来るように指示を出されている。
デールの楽しみにために、自らの足で一歩一歩、彼の口元に近づいてくるのだ。
部屋の椅子に背を預けながら、それを待つのは至福の一時だった。
金の長髪を肩まで下ろしたやけた肌の弱者が、絶望を瞳にたたえ、すすり泣く。
その様はデールのどす黒い欲望を、心地よく刺激してくれた。
まずは目で楽しむことに決めたデールは、少女の服に手をかけ、無理やり引きちぎろうとする。
だが、思いのほか丈夫で、彼女の上衣は破けない。
力がそれた反動でデールは姿勢を崩すのだが、少女はその場に直立のまま、ふらつきもしない。
これでは、デールの腕力が少女よりも劣るように見えてしまうでないか。
忍び笑いが聞こえ、きっと睨みつける。
両横の部下は、笑いをうまく隠したのだろう。
真面目な顔を貼り付けている。
視線で問うても、首を傾げるだけで素知らぬ顔だ。
苛立ちを収め、部下に女の上衣を剥ぐように命令する。
破らせたほうがっ手っ取り早いのだが、部下に劣る己の腕力を目にすることになる
それではデールの小さな矜持を、傷つけてしまう。
指示に従い手を伸ばす部下に、少女は体を揺らし脱がされまいと抵抗する。
「これ、大人しくしろ。最近は他の幹部とも険悪でな、色々物騒だ。お前が武器を隠し持っているとも限らない。だから私は仕方なく、お前の裸を検査してやるんだ、ありがたく思え」
デールの言葉に納得したわけではないだろうが、少女の抵抗が止む。
諦めたのだろう。
デールが少女を刺客だなどと疑っている。
まさかそんな戯言を信じたわけではあるまい。
剥ぎ取られた上衣の下から、若く健康的な肌が眩しく光る。
気丈にも少女は悲鳴を抑えていた。
この年頃の娘が、大人三人に囲まれてなお見せる強さ。
それは褒められるべきものかもしれない。
だが弱く強者に媚びへつらってきたデールは、その強さが気に入らない。
「どれ、どこに凶器を隠してることやら。ほれ、腕をどけろ」
デールの手のひらが少女の素肌の上を滑る。
一見すれば小さな胸だ。
凶器の隠しようがない事などすぐに分かる。
しかしデールは少女の誇りをへし折るために、丹念に何度も、何度も弄る。
デールが触れるたびに発せられる小さな声。
嬌声などではなく、嫌悪の悲鳴だ。
耳朶に心地よいそれに反して、少女の瞳から光が消えない。
ならばと下衣も剥ぐように命令するのだが、さすがに耐え切れないのだろう。
少女は胸を露わにしたままデールに縋りつく。
「――お願いします、これだけは許して下さい。こんなに沢山の男の人に見られるなんて、耐えられません。せめて、あなただけで……何でもいうことを聞きますから、お願い」
ついに少女の心が折れた。デールは胸中、喝采をあげた。
何度やっても、女を服従させるこの瞬間は堪らない。
女の懇願を聞いてやる義理はないのだが、己と同じように好色な顔付きの部下が目に入る。
期待するような彼等の視線に、デールが応える気はない。
大金をはたいたのはデールなのだ。
これ以上彼等まで愉しませるのは、惜しく思う。
「いいだろう、隣の寝室に移るぞ、付いて来い。おい、何をしている、早くしろ!」
部下の物欲しそうな羨望の眼差しを振り切り、少女を急かす。
少女は床に落ちて乱れた上衣を拾い、それで胸元を隠しいそいそとデールの後ろについてきた。
これから己の身に起きることが、想像以上に最悪なことを彼女は知らない。
彼女の決意を翻らせる楽しみを思い、デールは寝室の扉を大きな音を立てて閉めた。
●
寝室の真ん中には男性が三人乗っても余る広さのベッドがある。
ベッドの上には拷問用の鞭が転がっていた。
少女はデールを追い越し、この部屋に一つだけある窓に小走りで近づいていく。
「ははっ、馬鹿め。この部屋は三階だ。そこから降りるには、ロープでもなければどうしようもない。何だ、もう諦めたのか? それではつまらん、部屋は広い、もっと走り回ったらどうだ」
窓の外を確認し、落胆しているであろう少女に残酷な言葉を投げかける。
最近は運動不足なので、愉しい追いかけっこも悪くはない。
デールはベッドの鞭を手に取った。
「――明かりを消してください」
観念したのか、逃げることを諦めた少女はベッドに腰掛ける。
明かりを消すことは許さない。
それでは少女の体の隅々が、赤く美しく腫れ上がるのを確認できないではないか。
デールは願いを聞き入れずに、少女をベッドに押し倒す。
「――お、お願い、せめて、明かりを」
今宵は、少女の希望を一つ一つ潰していくのだ。
小さな要望を求め、抵抗する少女の隙を突いて、デールは下衣を剥ぎとった。
――部屋に金属が叩きつけられた音が響く。
何事かと思い、デールは少女の裸体から目を外す。
取り去った下衣を放り投げたベッドの脇を、注視した。
そこには下衣から零れた、確かな鈍い輝きを放つ刺突用の短刀があった。
混乱するデールをよそに、少女はゆっくりとした動作でそれを拾い、彼に向けた。
それが何を目的としたものなのか。
理解したデールが大声を上げ部下を呼ぼうとする。
『いやぁぁ! 許して! これ以上、ひどいことはしないで!!』
ただより早く発せられた少女の大きな悲鳴。
助けの言葉をかき消し、デールの喉元に短刀が突き立てられた。
デールが出会ってから初めて見る極上の笑みを浮かべ。
少女は声を上げながら、残酷に突き立てた短刀をゆっくりと押し込んでくる。
喉の激痛に思考が奪われていく。
少女の笑みを何処かで見たことがあるとデールはぼんやりと考えていた。
そして思い出す。
あれは、デールが最も憧れ、忌み嫌う、強者が彼のような弱者に向ける愉悦だったと。
●
少女は、ベッドに崩れ、醜い苦悶の顔を浮かべた男を観察する。
小男の命が尽きたことをしっかりと確認すると、忍び足で扉に近づき耳をそばだてた。
中で起こった惨劇に気づかず、デールの部下たちは談笑をしている。
部屋の中央に戻り、額の上、髪の生え際に指を入れ引っぺがす。
鮮やかな金糸のしたから、少女の肌の色によく映える赤茶色の髪が現れた。
偽髪を床に落とし、蒸れていた頭を左右にふる。
空気が通る心地よさと、初仕事を無事に成功させた達成感が少女の胸中に喜びを与えた。
少女に技術を仕込んだ、厳しく意地悪な姉貴分を見返せる。
少女の発育の悪い胸と、自分の豊満なそれを見比べ、『たしかにあんたは身軽だけどさ。大体、あんたに女の武器が使えるの? それに、私と違ってそんな小さな胸じゃナイフを隠す場所もないじゃない? ほら、ナイフを挟んでみなさい、ハハッ、落ちたわ、何の抵抗もなく落ちたわよ!』と楽しそうに、少女の胸をポンポン叩いてくれた。
その屈辱を絶対に忘れない。
少女は年齢を考慮され、面倒くさい雑用しかさせてもらえなかった。
だが、漏らした不満が上の人間の耳に偶然入り、今回の仕事を任される運びになった。
去り際、見送ってくれた姉貴分の悔しがる顔を確かめようとする。
だが、彼女が心配そうにこちらを見ていたことに気付き、いくらか溜飲は下がったのだ。
かといってすべてを忘れることは出来ない。
仕事を成功させた少女は今日から一人前なのだ。
雑用は仲良く、姉貴分と半分になる。
今回の己の素晴らしき仕事ぶりを、雑用ついでに語って聞かせてやろう。
今からそれが楽しみで仕方がない。
外に聞こえないように小さな鼻歌を唄いながら、丈夫に出来た己の衣服を分解し、縄状にする。
これと少女の身体能力があれば、三階程度、降りることは造作も無い。
後は外で待機している本物の娘を拉致した仲間と合流し、服を受け取れば少女の仕事は全て終わりだ。
これからの楽しい日々を想像し、腰を振りながら死体の前で小躍りをする少女は、とても言葉では言い表せない異様さであった。
それでも誰も見ていないなら問題はなかった。
――窓際に縄を固定しようとして、そこで初めて終始ご機嫌で注意力の散漫だった少女と『彼』の瞳が交わった。
『ドーゾ、オ構イナク』
窓際に腰掛け、腰振り踊りを観察していた黒塗りの青年は。
彼は少女を気遣った優しい言葉をかけてくれた。
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少女の痴態を余すことなく鑑賞したこの男が何者なのか。
それ語るには、少しばかり時を遡る。
それはあるチンピラが、彼を訪ねたところから始まる。