moon light
空を見上げると満面の星空だった。
歯科助手と現場監督は、並んで歩きながらその景色を眺めた。
歯科助手は女性にしては比較的背が高くて色黒。それとは対照的に男性である現場監督は小柄で、つば広の帽子をかぶっている。
外見から二人がどんな職業に就いているのか推察することは難しい。しかし紛れもなく、彼らは歯科助手と現場監督なのだ。
それは雲のない夜空に、三日月が浮かんでいるのと同じくらい自然なことだった。
彼らは「バケツをひっくり返したような大雨」という比喩が嫌いだった。他の数多くの世俗的な比喩表現は違和感なく受け入れることができるのに、「バケツをひっくり返したような」だけがどうしても許せなかった。
二人はお互いが同じ考えであることを知り、急速に惹かれあった。
他人には到底理解されがたい不満を、二人はお互いにぶつけ合った。それはある種の求愛行動だった。
もうどれくらい歩いただろうか。ふと足を止めて空を見上げると、数時間前と全く変わらない光景。
歯科助手が隣に目をやると、現場監督も同じように星空を見つめていた。
その横顔は歯科助手が今までみたこともない、どこか虚構を見つめているようで、それでいて少しだけ満足そうに口元をほころばせているようだった。
現場監督も歯科助手の方をちらりと見る。
二人の視線が一瞬だけ宙で混じりあった。
その瞬間。
月明かり以外に光はない、真っ暗だった周囲の様子が変わった。巨大な蛍光灯のスイッチを入れたかのように、辺り一面が眩しいくらいに明るくなった。
思わず二人は目を閉じた。
それでもまぶたの裏に強い光を感じる。
※ ※ ※
その時歯科助手の脳裏に浮かんだのは、子どもの頃に田圃のあぜ道で拾ったペンダントのことだった。
三日月の形をしたペンダントは、子どもの手にもちょこんと乗るほど小さかった。だけど妙にうれしくて、持って帰って机の引き出しに入れておいた。
しかしいつの間にかすっかり忘れて、結局その後ペンダントがどうなったのかは分からない。今はどこにあるのだろうか……
現場監督はこの強い光の正体を知っていた。
これは月の光だ。
おまもり代わりに、いつも上着のポケットに入れている三日月型のペンダントに指を触れると、それは火傷しそうなほど熱くなっていた。
ふいに歯科助手と初めて出会った日のことを思い出した。
あれはどしゃ降りの雨の日だった。
初対面にもかかわらず会話は途切れることなく続いた。確かあの時は、雨に関する比喩の話で盛り上がったのだ。
現場監督はペンダントをぎゅっと握りしめた。
※ ※ ※
二人は眩しくて目を開けることができなかったが、まぶたの間からはとめどなく涙が流れていた。
歯科助手も、それが月の光だということを理解していた。
懐かしくて、柔らかくて、遠い光。
今夜は星も、空も、そして月も、彼ら二人だけのものだった。




