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Links / Revolutionized Warfare  作者: やたか
第一章「Unreal」
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「跳んだ」


 ノーマッドの言葉にネームドは、ため息をつくしかなかった。


 ノーマッドに投げろと命じたのは、他ならぬネームドだが、いや、だからこそ気が咎めた。良くないことだと、解っている。それでも、同情してしまう。


 制御センターの東門。聳え立つ緑色の壁の上方には、その裏から立ち昇る黄土色の煙が微かに揺らめいていた。ネームドの位置から、爆心を覗き視ることは叶わない。だが、そこには数秒前まで、確かにスナイパーがいて、現在は、機動装甲歩兵だった残骸が転がっている。


 時間差をつけて、立て続けに投擲されたグレネードは、反撃の芽を容赦なく摘みとった。スナイパーは、為す術もなく爆撃に踊り、呆気なく終わった。適当に、そう、適当に投げ込まれたグレネードが終わらせた。


 ハックザワールドの残機は1機。試合に負ける可能性は限りなくゼロに近い。


 ヘッドショットを決めれば、一瞬で敵を撃ち倒すことができるタイトルもあるが、"ExFrame Tactical"はそうではない。シールドの存在がそれを許さない。


 プレイヤーキャラクターの耐久力が高く、撃ち合いの時間が長い。そういうゲームデザインになっている。


 そのため、完全に不意を突き、先制に成功したとしても、一瞬で行動不能までは追い込めない。故に、一対多の状況では、多が圧倒的に優位となる。


「連絡通路前広場に集まれ、孤立するな」


 "試合"に負ける可能性は限りなくゼロに近い。それでも、ネームドは、徹底する。"戦い"に勝ちにいく。


「了解」

「了解」

「了解」

「了解」


 ネームドは走りだしていた。流れていく光景を茫と流しながら考える。対策を講じる。


「生き残っている"キルスティール"は、前のウェーブではアサルトだったな」

「アームセレクトは、アサルトカービンとショットガン。ロードアウトは恐らく万能型。何かに特化させているという印象はない」


 ネームドの言葉をスリープが補足する。スリープは試合中に幾度も、キルスティールと撃ち合っている。


「ロードアウトはともかく、兵科をアサルトから変更している可能性は低い。中近距離での撃ち合いを想定しろ」


 言われるでもなく、解っているであろうことをネームドは言葉にする。声を掛け合うことに意味がある。


 戦域残機数は、1機対5機。警戒することなど何もない。他のタイトルであるなら、そうだ。


 "Exframe Tactical"に革新的な要素はない。盛り込まれているのは、全て既存のアイデアに過ぎない。だが、既存のアイデアを研磨し、調整し、整合させ、ゲームデザインを構築したことで、獲得されたオリジナリティがあった。


 優れた競技性、そして、新たな競技制。それを成立させる完成された新しいデフォルトがあった。


 試合を明確に区切るのではなく、流れのままに試合を展開させるウェーブ制。復帰地点を固定せず、状況に応じ降下地点の選択を迫ることで戦略性を高めた空中降下復帰。防衛拠点の設置によって、リスクリターンを天秤にかけるターミナル。


 早すぎた。荒かった。知られなかった。時代の中に埋もれた革新の芽が、このタイトルでは、芽吹いている。


 その革新の一つが、猛威を振るわんとしていた。


<<特異なエネルギー収束を感知しました>>


 システムが警告を放った。ネームドが合流し、集合地点に五機の機動装甲歩兵が揃った。その瞬間だった。


<<エネルギーの解放を確認しました>>


 "エクス・ファクター"。


 それは圧倒的劣勢を覆す最後のカード。


 人数に差がついた時点で、ラウンドの勝敗は決する。それが常識だった。例外がないわけではない。だがそれは、あまりに愚かだったり、あまりに実力に差があったり、そういった例外的な状況でしか起こりえない。要所に集まり、拠点防衛に専念されれば、それで詰みとなる。


 耐久力が高く設定されたタイトルにおいては、一対多という状況を覆すことは、より困難を極める。先制したとして、削りきれず、数倍の撃ち返しに襲われる。一方的な状況となり、終わるまで予定調和な時間が繰り返される。


 エクス・ファクターは、そんな退屈を覆す暴力的な要素だった。起動すれば僚機の戦域残機数とセットされたロードアウトに対応して機体性能が強化される。全機が健在の場合、強化効果、及び、効果時間は、共にそれなりでしかない。


 だが、戦域残機数が失われるにつれ、エクス・ファクターの起動によって得られる強化効果、効果時間は幾何級数的に上昇していく。


 僚機戦域残機数"ゼロ"。


 圧倒的劣勢の状況で発動した時、エクス・ファクターは、真の力を顕現する。


 "暴力"という言葉に相応しい力の行使を約束する。


「近いぞ、集中しろ」


 ネームドは、ヘッドアップディスプレイの右下方に展開しておいたミニマップに視線をやり、警戒を促す。


 エクス・ファクターの起動はノーリスクではない。システムの起動時に存在していた位置がミニマップに表示される。さらに起動中は機体から威圧的な駆動音が軋み続ける。


 リスクは小さくない。位置を予測されるというのは大きい。だが、それはエクス・ファクターの脅威を証明するものでしかない。それなりのリスクを与えなければ吊り合いが取れない。そう暗に示していた。


 僚機が戦域に存在しないという現状における、エクス・ファクターの効果時間は概ね180秒。ロードアウトによっては、最大で60秒加算できる。何れにしても、1秒たりとも遊ばせることはできない。時間が限界に達すれば、10秒間システムがダウンし、歩く以外に何もできなくなる。


 ならば、どうするか?


 答えは、単純だ。接近してから発動し、強襲する。


「尾けられたか」

「反省するのは誰かな?」


 スリープの言葉に、ノーマッドがおどけた瞬間だった。


 低い空を影が過ぎった。


「スモーク!」


 パスティックが叫んだ。


 長くもなく短くもないロングと広くもなく狭くもない長方形のスペースによって構成されたL字型の空間。それがアヴァロンがキャンプする連絡通路前広場の構造だった。


 アヴァロンは、L字の折れたポイントで布陣を組み、左右に視える地下と地上を繋ぐ通路、東と西を繋ぐ通路を、それぞれ監視しつつ、待ち構えていた。


 盤石であった。


 その瞬間までは、


 銀色に輝く円筒が連絡通路前広場へ投げ込まれた。


 1つではない。2つ、3つ、高く乾いた音が転がり、1拍、2拍、そして、起爆した。


 一瞬だった。


 空間は、視界は、灰色の煙に覆われた。投げ込まれたスモークグレネードは、それぞれ、連絡通路前広場に繋がる3つの侵入経路のうち2つを隠し、最後の一つは、ネームドの足元、4機の機動装甲歩兵が待機するポイントの中心で起爆し、それぞれの存在を隔てた。


 攻め込む前に、スモークで撹乱を行うのは、ありふれた戦術であり、かつ有効な戦術だ。驚くにはあたらない。だが、このスモークのはり方では、攻める側も有利にはならない。


「ここにきて、これか」


 スリープは気に入らない。煙に覆われた侵入経路の一つ、ロングの向こうに制圧射撃を行いながら吐き捨てる。スリープは理路整然としていない戦術を好まない。するのも、されるのも、忌避する。


「パスティックは、地下を警戒」


 ネームドが命じる。この煙では、高倍率スコープは役に立たないどころではなく、マイナスに働く。スモークが焚かれていない侵入経路を任せる以外に選択肢はない。


 何も視えない。だが、響いた。カコフォニー。軋むような、叫ぶような、威を伴う音。


 近づいてくる。近づいている。いる。


「武器庫から来る! 撒け!」


 ネームドの言葉に、ノーマッドが反応した。腰だめに構えたオートマチックショットガンを煙の中にばら撒く。左から右へ、射線をずらしながら、トリガを引く。


 距離がある上に、エクス・ファクターで、シールドも強化されている。散弾を撒いたところでダメージは全く期待できない。だが意味はある。位置を掴める。


「ヒット! 左壁伝い!」


 ノーマッドが告げた瞬間、微かに褪せ始めた煙の彼方から、幾条かの閃光が応えた。


 撃ち返し。


 削り砕くような音の衝突。ノーマッドの視界が激しく振れ、白くぼやける。アーマーの表面に形成された電磁力場は紙のように裂かれ、霧散した。


 一瞬だった。数発の流れ弾で、シールドがキャンセルされた。


「シールドダウン! カバー! 瞬間火力がおかしい。攻撃力特化だ!」


 まだ、ショットガンのドラムマガジンに弾は残っている。だが、ノーマッドは、引くしかなかった。射線から引くノーマッドを庇うように、スリープが動き、制圧射撃を続ける。


「手応えがない」


 スリープは、前方に制圧射撃を続けているが、ヒットサウンドがでない。


「スリープ、右だ!」


 ネームドが影を捉え叫ぶが、間に合わない。スリープは反応できない。既に、懐に入られていた。


 灰色が烟る視界の中、影は這うような低い姿勢で、スリープの機体を掠めるように、右を走り抜ける。


 ネームドはトリガを引く。


 アサルトカービンの銃口から撃ち出された高速貫通弾は、赤い機動装甲歩兵の頭部に収束する。


 だが、止まらない。火力が足らない。


 ストッピングパワーを重視したロードアウトではないので、その速度を鈍らせることもできない。弾丸はことごとくシールドに逸らされ後方へ抜けていく。


 削ってはいる。だが、倒しきれない。倒しきれなければ、意味がない。


 ネームドは、既に狙いを読めていたが、対応できない。


 キルスティールが狙うのは、黒い機動装甲歩兵の撃破ではなく、ターミナルの破壊であった。端から撃ち合うつもりなどない。包囲を突破し、連絡通路前広場から連絡通路へと抜け、そこから中央管理室へと侵入する。走り抜けることに全てを賭けていた。


 手応えのない空の音が鳴り、残弾がないことを伝えた。まだ、煙は残っている。距離もない。ノーマッドの狙撃で対応するのも難しい。


「狙いはターミナルだ」


 ネームドは、ため息をつくように告げた。既にやることはない。抜かれてしまった。


「了解」


 誰かが応えた。愉しそうな声色だった。


 そこには何かがいた。深紅の機動装甲歩兵の視線、その先に佇んでいた。


 そこだけが透んでいた。煙にまかれ、ぼやけて視えるはずの後方のオブジェクトが、はっきりと描かれていた。スモークの残滓に霞む空間に透明な輪郭が揺れていた。


 ぬらりと、輪郭が動く。ふと、光が灯る。一対の青い刃が突如として現れ、そして、輪郭は姿を為す。


 頭があった。腕があった、脚があった。逆手にナイフを構えた人型の姿が連想された。


 光学迷彩にダブルナイフ。それは近接戦闘に特化したロードアウトの証明に他ならない。


 想定外だった。ありえない光景だった。キルスティールは、惑うしかなかった。


 自殺行為、挑発行為。それがキルスティールの頭の中に過った言葉だった。感情に心が揺れ、怒りに変わる。


 これは真剣勝負ではなかったのか?


 通称"ブラッドダンサー"。攻撃性能、防御性能、機動性能。主要構成要素、全てを高いレベルで実現するロードアウトだが、その対価として、中遠距離戦闘能力の一切を失う。


 近接戦闘特化。接近できれば、一方的に殺せる。接近できなければ、一方的に殺される。分は悪くないようではあるが、現実は違う。対象に気づかれることなく接近し、先制することなど、そう上手くはいかない。連携などあってないようなオープンルームでの遊びならばともかく、上位クラン同士の試合では、ありえない。常に警戒し、互いを監視し、光と音の変化に敏感に反応する。接近する前に、一方的に撃たれて終わる。そうならないわけがない。


 ブラッドダンサーの存在が、戦略的優位、或いは、戦術的優位をもたらす状況が全くないとは言わない。だが、そのような状況は、極めて稀であり、その一瞬に対応するために、限られた戦力を削るなど、合理的ではない。


 だが、縛られない者がいる。


 如何なる競技においても、定石を無視しているにも関わらず、他を圧倒してしまう例外がいる。稀に現れる。


 理に叶っていない。だが、どうしようもなく、強い。例外という言葉以外では、定義できない不条理な存在がいる。此処には、それがいた。


 キルスティールは、遭遇してしまった。


 深紅の機動装甲歩兵は、足を止め射撃姿勢に入ろうとする。


 キルスティールの判断は素早く、そして、的確だった。だが、それでも、遅い。


 透明な人型は、ゆらりと左に揺れ、急激に右へと大きく振れた。フェイントからのステップイン。それは見惚れるほどに流麗な動きだった。


 数瞬前まで、輪郭が在った場所を、壮絶な威力を誇る赤い弾丸が貫くが、そこには、既に何もいない。


 一瞬で、二機の距離は失われていた。


 透明な人型は、懐へと潜り込み、その流れのままに、低い姿勢から右手の刃を抉り込んだ。刃と力場が衝突する。強烈な反発。だが弾かれない。ブレードの先端がシールドに咬みつき、食い込む。数瞬の拮抗。

そして、抵抗が失われる。


 刃は振り抜かれる。切り裂き、剥ぎとる。超高振動ナイフの"オルトファイア"は、エクス・ファクターによって強化されたシールドでさえ、問題にしない。


 キルスティールは距離を離そうと、後方に下がりながらスプレーする。だが、中らない。距離が近すぎて狙えない。離せない。


 透明な人型は、地を這うような前傾姿勢で、まとわりつき、そして、放つ。


 返す刀。


 踏み込むと共に後ろにためた左手の刃を大きく振り抜いた。


 少し遠い。近接武器は相対距離、それに伴って変動する攻撃持続時間によって、威力が変動する。


 だが、それでも、


 視線は、視点は、ただ、頭部と胴を繋ぐウィークポイント。そこだけを凝視していた。


 首。


 殺しきれる。


 一閃した。刃が振り抜かれ、青い軌跡が描かれる。


 鳴り響いていた威圧的な音が収束していく。アイカメラから、光が失われ、同時に、腕がだらりと下がった。指先からアサルトライフルが零れ落ち、重い金属音を響かせる。一瞬の間があり、そして、深紅の機動装甲歩兵は力なく膝から崩れ落ちた。


「ナイスキル」


 ベルは誰よりも速く自身を称えた。

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