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Links / Revolutionized Warfare  作者: やたか
幕間「Halo」
68/69

「この地球上における最強の戦力とは?」


 世界の軍事バランスに明るい者も、明るくない者も、問われれば、共に同じ答えを返す。


 その答えとは、すなわち、アメリカ合衆国軍である。


 それは自明であり、事実である。


 アメリカ合衆国軍の戦力は比類なき絶対のものである。


 だが、その威が、最も大きな力となるのは、戦いの場ではなく、政治の場である。


 戦場において、既に戦端が開かれた状況にあっては、絶対にそうであるとは限らない。そも、そうであるのならば、戦いが起きることなどない。


 最強の軍隊は、不死の軍隊ではない。


 人は死ぬ。軍隊を構成する兵士が人である限り、完全な勝利などありえない。必ず、犠牲がでる。


 国家としての勝利が揺らぐことはなくとも、その過程、偶発する局地的な戦闘全てにおいて、勝利が約束されているわけではない。


 ◇


「敵の襲撃を受け孤立している! 援護を要請する!」


 荒涼とした砂漠に舞う一筋の砂塵。一両の軽装甲機動車が、怯えるようにその巨躯を揺らしながら走っていく。


「ダメだ! 通じない」

「くそったれ! 俺たち以外は、全員やられちまったのか?」


 ヘルメットの下から流れる金色の髪、サングラスの奥に揺れる青い瞳、迷彩の戦闘服から覗く白い肌。

そして、英語。


 彼らの身体は、彼らがこの砂漠に生きてきた者ではないことを示していた。彼らの言葉は、彼らがこの国で生まれた者ではないことを示していた。彼らの姿は、彼らがアメリカ合衆国軍の兵士であることを示していた。彼らの肩に掲げられた紋章は、彼らが海兵隊であることを示していた。


 最強の軍隊の殴り込み部隊。その彼らが逃げていた。振り返ることなく、ただ、ひたすらに、自らの命を守るために逃げていた。


 追う者の姿は、目視できない。だが、彼らは追われていることを知っていた。そして、それは事実だった。彼らの後方には、彼らを追う三両の武装車両の姿があった。


「曹長、悪い報せがあります」

「なんだ?」


 軽装甲機動車の運転席に座る兵士に呼ばれ、後部座席に座っていた壮年の兵士が身を乗り出す。


「前を観て下さい。丘陵の向こうです」

「くそっ、砂嵐か」

「どうしますか? 走り抜けるか、止まってやり過ごすか」

「走り抜けろ。危険だが、砂嵐を抜ければ逃げ切れる」

「解りました」


 曹長と呼ばれた壮年の兵士は、身体を戻すと、自身の横に視線をやる。そこには、一人の若い兵士の姿があった。呼吸は荒く乱れている。迷彩服は赤黒く汚れ、捲られた腹部には、巨大な止血シートが張られていた。出血は抑えられている。だが、銃創の奥にはまだ弾丸が残っている。


 重傷者を抱えながら、狙撃手を擁する武装勢力の部隊との交戦を選ぶほどに、壮年の兵士は愚かではなかった。


 砂嵐が止むのを待っても、砂嵐を迂回しても、何れにしても、追いつかれる。追いつかれれば、ここにいる全員が殺される。その分析は正しく、故に、砂嵐の中を走り抜けるという判断は間違ってはいなかった。


 ただ、彼らは運がなかった。


 巨大な岩に左前輪を乗り上げ、軽装甲機動車はあっけなく、横転した。


「全員、無事か?」


 上下が反転した空間に壮年の兵士の声が響いた。


「まだ、生きているようです」

「どうにか」

「怪我はありません。それより、ニュービーは?」

「問題ない」


 しわがれた声がはっきりと応える。壮年の兵士は、負傷した若い兵士の身体をしっかりと抱いていた。ため息が微かに漏れ聞こえ、空気が和らぐ。だが、誰の表情にも笑みはない。


「曹長、指示を」


 状況が好転したわけではない。その逆であることを理解していた。


「全員、戦闘に備えろ」


 一同は頷き、それぞれ支給された銃に異常がないか改めて確認する。車内は窮屈で姿勢は滅茶苦茶だが、車外に出ることはしない。彼らが携えるアサルトカービン"M4E2"は、人間以上に砂に弱い。


 声はなく、擦れる音、噛む音、そんな金属音が鳴り続け、それから、間もなく、強い風の音と、ガラスを叩く砂の音だげが響くようになった。人を殺すための道具を縋るように抱きながら、彼らは、砂嵐が過ぎ去る、その時を静かに待った。


 ふと、


 嵐の中、爆撃を彷彿とさせる重く低い音が二つ響いた。遠い音だった。


「何の音でしょうか?」

「さぁな」

「交通事故だろう。車が縁石に乗り上げて横転したんだ」

「ドローンが武装勢力を爆撃してくれたとか?」

「そう、思いたいが、無人攻撃機は技術的な欠陥が原因で、しばらく戦場には出てこれないそうだ」

「ハッキングですか」

「連中の中にも賢い奴がいるってことだ」


 彼らは、微かな声で言葉を交わしながらも、外に耳を傾けていた。だが、次いで音が響くことはなく、やがて、風と砂の音も掠れていった。


 やがて、嵐は去り、風は凪いだ。瞬く間に視界はひらけ、広大な世界が現れる。遮るものは何もない。身を隠すものも、盾にするものも、何もなかった。


「最悪だな」


 ドアの隙間から這い出した壮年の兵士が呟く。稜線の下、砂漠を颯爽と走る武装車両の姿が視えた。まだ小さい。まだ距離があった。だが、時間はない。


 武装車両は、こちらへと近づいてきている。一方、軽装甲機動車の四輪は天を仰いでいる。逃げることはできない。そして、できることもない。


 曹長と呼ばれた壮年の兵士は、胸ポケットから潰れたソフトケースをとりだし、煙草に火をつけると、煙を深くくゆらせた。

 

 武装車両の姿は少しづつ大きくなり、やがて車列は、軽装甲機動車を囲むようにして別れた。


 軽装甲機動車から六〇〇メートルほど離れた場所にまず一両が停車し、狙撃手が外に出て射撃体勢に入る。次いで、五〇メートルほど離れた場所に二両が停車する。間もなく、アラブスカーフで顔を隠した兵士が武装車両から威声と共に次々と飛び出し、軽装甲機動車の前で立ち尽くす四人の海兵に銃を向けた。


「よく動くな」

「狙撃手に安全を確認させてから接近、展開。連中も訓練されているんですね」

「投稿動画だと、素人ばかりなのにな」

「動画でやらかしてるのは海兵隊も同じだろう」

「違いない」


 兵士たちの声が収まると、武装勢力の指揮官が車から降り、姿を晒した。


「こんにちは、勇敢なるアメリカ合衆国軍海兵隊の諸君」


 指揮官は英語で高らかに告げ、そして、問いた。


「最期に言い残したい言葉はあるかね?」


 壮年の兵士が視線をやると、三人の兵士は頷いた。足は震えていた。それでも、憂いなく頷いた。


「ああ、ある」


 壮年の兵士が強く放つ。


「言ってみたまえ」


 指揮官は口元を歪めながら促し、そして、壮年の兵士は、臆することなく、怯むことなく、告げた。


「クソ野郎」


 指揮官はお約束の応えに愉しそうに頷くと手を上げ、そして、


「さようなら」


 別れを告げた。


 壮年の兵士は、天を仰ぎ、祈りを捧げた。


 車内に残したニュービーだけは、生き残って欲しい。


 そう願った。だが、それが叶わないことは、解っている。武装勢力は、軽装甲機動車を鹵獲するだろう。車内のニュービーが見逃される可能性は、極めて低い。


 五人は、ここで死ぬ。逃れ得ないはずだった。


 だが、そうはならなかった。それは現れた。


 壮年の兵士は、凝視した。


 蒼く広い空の彼方に、何かがいた。墜ちてくる存在に、視線を、意識を奪われた。


「あ、」


 声を上げようとした。


 だが、全てを、衝撃と爆音が吹き飛ばした。砂塵が舞い上がり。全身に打ち付ける。眼を開いていられない。海兵たちは身を屈め風が収まるのを待った。その間、遠く、近く、音は三つ響いた。


 海兵たちが、瞳を開くと、状況は転じていた。


 そこには、何かがいた。武装車両と軽装甲機動車、指揮官と壮年の兵士、その間に、黒い何かが片膝をついていた。そう、片膝をついていた。そう、それは人のカタチをしていた。


 武装勢力の指揮官は、人型の何かの姿を認めると、瞳を剥き、叫んだ。


 英語ではない。アラビア語だった。声は荒く、速く、そこには、数秒前まで演じられていた悠然さはなかった。


 声に応え、兵士の一人が対戦車擲弾発射器"RPG-7"を武装車両から、持ち出し構えた。


 指揮官は間髪入れず、手を振り上げ、声を上げようとした。攻撃を命じようとした。神に祈ろうとした。


 だが、指揮官の声が響くことはなかった。祈りが響くことはなかった。指揮官の身体は、前触れもなく千切れながら、吹き飛び、絶命した。


 数瞬の後、重く低い銃声が轟然と、終末の鐘の音の如く響いた。


 音よりも速く、到達した弾頭が指揮官の中枢を破砕した。


 空から飛来した人型の何かが、何かをしたわけではない。人型は、まだ、そこにいる。まだ、動いていない。ただ、ゆっくりと立ち上がろうとしている。


 次いで、"RPG-7"を持った兵士が破壊され、また数瞬遅れて、銃声が響く。


 兵士の一人が後方に待機していた武装車両に向かって叫んだ。狙撃手を呼んだ。だが、応える者はない。そこに狙撃手はない。そこには、武装車両にもたれかかる骸が、数秒前まで狙撃手として生きていた者の半身だけがあった。


 そこにいた兵士たちは、声を上げることさえ、襲撃者の存在に気づくことさえできず、斬殺されていた。


 人型が、ついに、その面を上げる。だが、立ったまま、動かない。そうすることが、求められているかのように傲然と、そこに在り、威圧する。


 兵士の一人が、甲高い声で神への祈りを捧げながら、携えた武器を構え、自失していた周りの兵士もそれに倣う。


 だが、許されたのは、そこまでだった。彼らがトリガを引くよりも前に、彼らが銃を構えようとした時、既にそれは動いていた。


 砂が跳ねた。何も視えない。いや、微かには、視える。


 陽炎の如く、空気が歪んでいた。そこには、何かがいた。


 透明な何かは、その両の手にある切り裂くための凶器を振るい、仇為す者、その悉くを屠っていった。腕を断ち、首を裂き、胸を突き、殺していった。流れるように、斬殺していった。叫ぶことさえさせず、前方の武装車両の周りにいた兵士たちの命を一息で奪い去った。


 音もなく殺されていく仲間、音もなく殺していく何か。


 後方の武装車両の傍にいた一人の兵士が、狂った状況、何かの存在に気づき、祈りを叫ぶ。銃を向ける。だが、トリガを引くことは、許されない。瞬間、彼方から放たれた銃弾が兵士の胸を貫いていた。


 かけられていた指がトリガを引き、銃弾が撒かれ、それを躱すように、透明な何かは跳び、砂塵が抉れ、跳ねる。乾いた砂が、その軌跡を、微かに描く。


 後方の武装車両のルーフが、不快な音を放ち、一瞬で、圧し軋み歪む。後方の武装車両の周りにいた兵士は仰ぐように、振り返ると、祈りを叫びながら、トリガを引いた。視えない。だが、そこに何かがいると察していた。だが、中たらない。既に、跳んでいる。


 虚空を撃ち続ける兵士たちの後方で、何かは、ゆっくりと、その面を上げる。ゆっくりと、構える。赤く黒く穢れた刃だけが、軌跡を描く。そして、跳ねる。


 姿はない。黒い刃の軌跡と赤い血だけが舞う。

 姿はない。だが、想像させられる。


 その姿は、殺陣を演じているかのように、淀みなく、完璧だった。

 その姿は、殺陣を演じさせているかのように、圧倒し、支配していた。


 そして、間もなく、全てが終わった。


「なにが、どうなってやがる」

「マスターチーフだ」

「助かったんですか?」

「どうかな」


 海兵たちは、ただ傍観していた。そうすることしかできなかった。そして、まだ動けない。わけがわからなかった。


 ふと、ただ、そこに立っていただけの、黒い人型が、ようやく、動いた。海兵たちへと向き直り、歩み寄ると、伏していた壮年の兵士へと、ゆっくりと手を差し伸べた。


 壮年の兵士は、躊躇いの後、はっとし、その手を繋いだ。


 壮年の兵士は、助け起こされ、立ち上がると、背筋を正し、誇らしげに、力強く敬礼した。瞳は輝いていた。まるで、憧れた英雄と向き合っているかのように、


 黒い人型の肩には、勇気と真実と正義を表す超大国の国旗が掲げられていた。

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