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正義とは何か?
答えはない。
だが、ネームドは、知っている。
正義のために戦おうとしているわけではないことを、自身が正義の者ではないことを知っている。
反政府組織が正義と称されるべき存在か、その真偽は定かではない。興味さえない。何れも、ネームドにとって、アヴァロンにとって、どうでもいいことだ。
独裁者、虐殺者に対する反旗を掲げる存在が正義であるかは解らない。世界はそれほど単純ではない。この国を統べる軍事政権が倒れても、この国は何も変わらないかもしれない。或いは、さらなる混沌の中に沈むだけかもしれない。独裁からの解放が必ずしも平和の訪れを意味するわけではない。そも、独裁から解放されるか、それさえも解らない。反政府組織が独裁者に取って代わるだけかもしれない。
それをネームドは解っている。
アヴァロンは、それでも、戦おうとしている。
だが、矛盾はない。この国の未来など、どうでもいいと、そうやって逃げている。だから、矛盾はない。
悪を倒すために戦ってはいない。だが、殺す相手が悪であると思えることには意味があった。
独裁者だから悪か?
いや、そうではない。
だが、虐殺者は悪である。それが救いだった。
ただ、戦った。ただ、殺した。それだけだった。それが事実だった。だが、それだけであっては、ならなかった。
正義ではない。
救うために戦ってはいない。そうであったとしても、そう解っていても、諦めていても、それでも、自身を責め苛む倫理から、逃れるための理が必要だった。
正義ではない。だが、悪と戦った。
救うために戦ってはいない。それでも、救った。
どれだけ、稚拙であろうと、一方的であろうと構いはしない。ただ、あればいい。
肯定する視点。
それこそが、なくてはならないものであり、ネームドが、求めたものだった。
それさえあれば、きっと、
「ネームド」
微かな声が、ベルの声が、縋るように、囁くように、名を呼び、そして、言葉を接ぐ。
「命じなくていい。いや、命じるな」
ネームドは、応えなかった。答えなどなかった。
「傍観さえしなくていい。此処に、ネームドはいなかった。それでいい。いや、そうでなくてはならない」
静寂の中に声だけが響く。銃声も、爆音も、叫びも、何もありはしない。
ない。
ただ、闇だけがある。
戦いは、まだ始まっていない。始まろうとはしている。だが、それは、戦いではなかった。
「この戦いは命じられたものではない」
「だが、必要だった」
「そうだ。必要だった。そう考え、そして、求めた。この戦いはアヴァロンが望んだ。命じられたものではない。だから、」
ベルは、ため息をつくように言葉を接いだ。
「だからこそ、アヴァロンがアヴァロンであるために、」
ベルの機体が、揺らめき、そして、這うように跳ねた。ネームドは反応していた。だが対応できない。ベルの機動は、あまりに、尖すぎた。
ベルが抜き放ったナイフは、ネームドの機体の左脚靭帯、装甲の隙間を撫でた。
「何を!?」
視界が縦に揺れる。膝が笑い、崩れる。ヘッドアップディスプレイに現れたアラートは、左脚の制御が失われたことを報せていた。
「アヴァロンのネームドがその手を穢してはならない」
膝をつくネームドのストラティクスを瞰視しながら、ベルは告げた。
「終わらせてくる」
言葉を返す間もなく、ベルは闇の中へと去っていった。やがて、一方的に告げられた言葉の残滓さえも失われ、そこにあった静寂が現れる。
ネームドは、天を仰ぎ、そして、ため息をついた。光のない世界には、ただ彼方まで続いていく星の空があり、そして、少女の幻があった。




