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「ネームドより、各機へ。ベルは基地へ侵入し、ダミーの設置を完了させた。予定の時刻まで待機後、行動を開始する」
「ノーマッドより、ネームドへ。ノーマッドは、ダミーの設置を完了した。スリープ、ムーンキャットは、攻撃ポイントから、基地を監視中。政府軍に大きな動きはない。想定より数が多いが、問題にはならない」
ネームド、ノーマッドは、共に政府軍の軍事拠点を覗いていた。だが、光景は異なっている。二機のストラティクスは、遠く離れた場所にいた。
ネームド、ベルが一分隊。ノーマッド、スリープ、ムーンキャットが一分隊。部隊を分け、首都の近隣に存在する二つの基地に対して、同時に襲撃行う。それがネームドが提示した作戦計画だった。
「ネームドより、各機へ、これより、ネームド機、ベル機は眼の解像度を下げる」
常ならば、必要のないころだが、この作戦に限っては、そうしなければならない事情があった。また、そうすることを求められていた。
機動装甲歩兵の運用において、克服しがたいウィークポイントは、遠隔操作という特性上、絶対にスタンドアローンでは行動できないことにある。
機体の制御に限れば、ストラティクスが自発的に情報を送信することは基本的にはない。ダイアグノーシスが機体の深刻な破損を検知した時に、警告情報を送信するが、それを除けば、ターミナルから中継された制御情報を受信し、それに対応した返答を送信することしかしない。つまり、機体を動かそうとしなければ、ストラティクスは情報の送信を行わない。
だが、それは機体の制御に限った話であり、ストラティクスは常に情報の送信を行っている。それは、オペレーターが機体を操縦するために、絶対に不可欠な情報、映像の送信に他ならない。
ストラティクスは、映像と音声、光と音という構造化されていない連続データを絶えずエンコードし、ターミナルへと送信し続けている。人型の機体の姿勢制御するような高度な情報処理とは比べるべくもない、単純な情報送信にすぎない。だが、それ故に、最適化のしようがなく、ストレスが掛かる。
ターミナルとの距離が近ければ、或いは、支配を確立したエリアであれば、大きな問題にはならない。だが、敵対勢力の支配領域下においては、問題となる。送信装置の出力を上げることで、映像と音の品質を維持することは可能だが、無限に出力を上げられるわけではない。また、出力の高さに比例して、敵に電波を探知されるリスクは高くなる。暗号圧縮された映像データ、音声データを複合される可能性は極めて低いが、一方で、電波の発信源を探られる、危険は生まれる。
機動装甲歩兵は、送信する電波に極めて高い指向性を持たせて送信することによって、探知のリスクを軽減させている。だが、指向性を持たせるにも限界がある。機体とターミナル、二点間の距離が開けば、それだけ電波は拡散する。
機動装甲歩兵が、ターミナルから離れた場所で、一定の行動機密性を確保するには、アイカメラが写し撮る現実の解像度、色数を下げ、映像データのサイズを圧縮し、データレートを上げることで、送信出力を抑制する他に現実的な対処法が存在しない。
「視覚共有は使えないものと考えろ」
ネームドが、とりあえず、言葉にしておくが、現実的な問題にならないことは解っていた。
視覚共有は、主として偵察時の情報共有に、その功利を発揮する。あればあるで、他にも、使いどころがないわけではない。だが、戦闘がはじまってしまえば、他人の視覚を覗くことを優先する場面は、多くない。なければないで、どうにかなる。
問題は、解像度、色数の低下が、オペレーターの眼に強いる負荷にこそあった。訓練での経験はあるが、経験で克服できるものではない。
アヴァロンは、この国で、数限りない戦闘を行なってきた。だが、これほどまでに、ターミナルから離れた場所で、ストラティクスを動かしたことはない。不確定要素は数限りなくある。だが、だからこそ、作戦は認められた。
ターミナルの有効半径外に於ける機動装甲歩兵の戦闘データを集積する機会は、機体を失うリスクがリスクではなくなる、稀少な現在を置いて他にない。
ネームドの提案に、フェブラリーは興味を示し、上はその合理から行動することを許した。フェブラリー、そして、組織にとって、ストラティクスの実戦データの収拾以上に、優先されることはない。
「了解」
応えて間もなく、ノーマッドの視界の右上、ヘッドアップディスプレイに展開しておいた、ネームドの視覚共有ウインドウの精彩さが失われた。それは解像度の低い監視カメラの映像を連想させた。ありのままに映されていた彼方の現実は、そこにはない。
「圧縮レベルのせいか、そこそこ酷いね。でも、こんなものかな?」
「ラグだけは絶対に避けたい」
ネームドは、呟くように答え、そして、接ぐ。
「ネームドより各機へ、これより通信を独立させる」
ネームド、ベル間、ノーマッド、スリープ、ムーンキャット間の音声共有を班毎に独立させる。つまり、戦闘時の混乱を避けるため、班毎に再生される音声を選別するだけである。相互の通信を遮断するわけではない。
「現状で待機し、時間と共に、各班の判断で行動を開始せよ。では、通信を終わる」
言葉は失われ、森の静寂、草木の囀り、虫の声、自然が奏でる響きだけが世界に充ちた。
漆黒の影が、戦いの始まりを告げる鐘を鳴らすべく、動き始める。
厳かに刃は闇に舞い、それから、程なくして、轟音が赤い光とともに夜を裂いた。




