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それから、一月、アヴァロンは戦い続け、戦果を上げ続けた。
ターミナルから、半径三〇キロメートル圏内に存在した政府軍の拠点をことごとく強襲、殲滅せしめ、野戦におけるあらゆる局面において、機動装甲歩兵の機動力、攻撃力、圧倒的な戦術優位性を繰り返し証明した。
情報があったからこそ、ではある。だが、それは、情報さえあれば、ということに他ならない。
政府軍も捨て置けなくなったのか、重要な拠点への兵員を増強していたが、それが問題となることはなかった。歩兵は歩兵であり、機動装甲歩兵は密林で行動できる戦車に他ならない。
戦闘規模が大きく、戦闘時間が長くなれば、浪費される弾薬は比例して増える。物資の補給を受けられないアヴァロンにとっては、それだけが問題であったが、それも問題となる以前に対応がなされた。
弾薬は戦場に限りなくあった。
この世界は人の為につくられている。道具は人が使うためにつくられている。機動装甲歩兵ストラティクスは人ではない。だが人型であった。人型であることの意義。それは、戦場の限られた資源、人の為に製造された兵器を奪い、使うことができることに他ならない。
ここ一月の戦闘において、アヴァロンは、機動装甲歩兵の携行兵装として開発された"AR-762X"ではなく、施設、或いは、兵士から鹵獲した"AK-47"を主兵装として戦っていた。
最新鋭の人型機動兵器が一九四七年に開発された途上国の民兵が愛用するアサルトライフルを肩から下げている。その姿は、奇妙であり、一方で調和していた。
「撤退が決まったわ」
その言葉が告げられたのは、ターミナルの周辺地域から、主だった政府軍施設が姿を消しはじめていた折のことだった。
遠くなく、その時が来ることは解っていた。望んていたことでもある。いつまでも、この国で戦い続けたいと考えている者は、アヴァロンにはいなかった。
だが、
「あら、嬉しくないの? これで暫く、堕落した生活に戻れるのよ?」
どこか釈然としない気持ちを透かすように、顔を覗き込みながらジェーンが問いかけ、ネームドは視線をやる。吐息が触れ合うほどの距離にあっても、破綻がみつからない美しい相貌がそこにはあった。
堕落した生活。それは魅力的な言葉だった。
半年の間、規則的な不規則な生活を続けていた。休日など、あるはずもない。機動装甲歩兵の特性を持ってすれば、戦場に休息日を設けることも可能ではあるが、だが、それは交代要員となるオペレーターがいればこその話だ。
ストラティクスは五機、オペレーターは五人。そして、五人のオペレーターの内の一人、ジェーンは、特に作戦行動がある時以外は、戦場におらず、ターミナルの防衛ローテーションにも加わっていない。
これでは、休日など望むべくもない。そもそも、戦場と自室のベッドを行き来できる時点で、それ以上を望むべきではないのかもしれない。贅沢な要求である。
シャワー、清潔なベッド、そして、美女。戦場で兵士が望み、描くであろう夢想を、ネームドはその手に抱いていた。そう、美しい白い肌に触れている。
だが、どうでもよかった。考えなければならないことがあった。
ネームドは瞳を瞑り、ため息をつき、自問する。戻れるのだろうかと、どうしたいのかと、自答する。
考えるまでもなく、答えは、決まっていた。
その答えを為すためにどうするかを考えていた。
「撤退の日時は?」
「五日後の一四時よ」
「五日後か」
明日と言われなかったことは、救いであった。
「何か問題でも?」
「いや、問題はない。あったとしても問題になるにようにはしない」
「懸命ね」
「他に何かあるか?」
「いえ、それだけよ」
「そうか」
言葉が途切れる。会話が終わる。
「戻らないのか?」
回り続ける空調の羽を茫と視ながら、ネームドが問う。
既に、ことは終わっていた。常ならば、ジェーンは、微睡む間もなく、シャワーを浴び、妖しい笑みを残して去っていく。
「中々、最低な台詞ね」
ジェーンは、そう告げると、ネームドの上に跨った。瞳が瞳を覗く。
「解っている。だが、それでも、拒めるほど、強くはない」
「忠告しておくわ」
ネームドの瞳の中には、知らない女がいた。憶えのある妖しい笑みだった。だが、何かが違っていた。それは、ネームドが知らない表情だった。
「これ以上、何もしないほうがいいわ」
一瞬、はっとした。
だが、それだけだ。解っていた。感じていたことだ。その言葉を想定していなかったわけではない。
「何故、撤退が決まったのか、解るでしょう?」
「過ぎたるは及ばざるが如し」
「そう、アヴァロンはやりすぎた。あの国の情勢を歪めてしまった」
ネームドは、何も言わない。反論はない。
「何か言いたげ、でもないわね。つまらないわ」
ジェーンは、瞳を眇める。ネームドは言葉にしない。ジェーンは解っている。それを解っていた。
「アヴァロンの暴走を咎めようとする動きはない。政府軍が悪という情報を与えたのは、此方だから」
「私が義憤にかられていたと?」
「あら、違うのかしら?」
ジェーンは、蔑むように微笑んだ。
そう考えてくれるのならば、都合がいい。だから、ネームドは、何も言わない。
「とにかく、何もせず、大人しくしていなさい。そうすれば、」
「そうすれば?」
ネームドは、言葉を遮るように問いかけ、ムーンキャットを抱き寄せ、唇を奪った。
ムーンキャットは、もがき、拒み、そして、頬を叩く音としか、形容しがたい音が暗い部屋に響いた。




