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「煩わしいな」
ノーマッドとスリープが持ち帰った数枚のクリアファイル、その中に入れられていた手紙を読み流すとネームドはため息をつくように呟いた。
人員交代の時間に行われるブリーフィングが形骸化して久しい。だが、この時に限っては、違っていた。
夜の闇の中、四機のストラティクスは輪をつくっていた。向かい合っていても表情が視えるわけではない。近くにいなければ声が届かないわけではない。ただ、四人はなんとなく、そうしていた。
「読んだか?」
ネームドに答えを求められると、ノーマッドとスリープは肯定した。
「この文書をどう考える?」
ネームドが問い、議論は始まった。
「有効な手立てを失った政府軍による奇策、罠ということも考えられなくもない、かな?」
「情報提供であるとしか考えられません。手の中にある全ての情報をとにかく伝えようとする意志を感じざるを得ない」
「政府軍の拠点についての情報があるから、そこに誘導するつもりとか?」
「数が多すぎます。誘導であれば迎撃を考えて情報を絞ってくるはずです」
ノーマッドが問い、スリープが答える。反対論証によって、考えを交換し、分析していく。
「政府軍の罠ではないとすると、この手紙の差出人は記されている通り、反政府組織ということになる。異論はあるか?」
ネームドがさらりと話を転換する。判断をするには情報が少なすぎる。答えなど期待していない。提示された仮定の中からそれらしいものを暫定的に選ぶしかない。それが現状の限界であることが解っている。論点の一つ一つを深く掘り下げていくことに意味はない。
「仮に、まだ反政府組織というものがこの国に残っていたとして、その規模がどれほどのものか、それが問題ですね」
「それ以前に実体があるのかという話だ。たった数人の執念が成し得た偉業である可能性も考えられないわけじゃない」
「これだけの情報を集めるには、人の手がそれなりに要る。そう考えれば、それなりの規模の反政府組織が存在すると仮定せざるを得ないかな」
スリープ、ベルに続いて、ノーマッドが考えを示す。
ノーマッドのストラティクスは、その巨躯に似合わない繊細な指先で、クリアファイルの中に入れられていた冊子をパラパラと撫ぜる。質の悪い紙、かすれた印刷、みすぼらしく、くたびれた紙束には、貴重な情報が記されていた。
現在に至るまでの国家情勢の変遷、軍事政権幹部の顔写真つきリスト、各地域に点在する大小の拠点の位置情報、部隊の配備状況、物資の輸送日程、仮に、政府軍と対抗しうる戦力をもった勢力がこれを手にすれば、この国の狂った安定は揺らぐことになるだろう。
「では、この情報は真実か?」
ネームドは、あっけなく、言葉にする。それは議論を終わらせる問いだった。
「結局、そこだよね」
ノーマッドが、ため息をつくように呟いた。
「それについては、議論するまでもありません」
「行って確かめればいい。それで、どこに行く?」
スリープの言葉を接ぐようにして、ベルがネームドに質した。
「考えている。考えている間に考えろ。まだ、話は終わってない。考えるべきことはある。ストラティクスの姿を視られたと考えるべきか? それとも、この地域で政府軍への襲撃が続いているという話が伝わっただけか?」
「前者だと考えます。話だけでは、確信がなければ、命を賭けて集めたであろう情報をこのように晒すことはできないでしょう」
「視られたとするなら、一月前の戦闘かな? それ以降は少数部隊を相手にした夜間戦闘が主だったし」
ネームドの問いに、スリープ、ノーマッドが答えた。
「一月前の戦闘以降、政府軍が全く姿を現さなくなったことと、関連性があると考えるか?」
「反政府勢力の動きが強くなったせいで、この地域に投入する戦力がなくなったと?」
ネームドの疑問に、ベルが疑問を返す。
「考えられなくはないですね。あくまで空論ですが」
「僕らは山奥のヒキコモリ、この国の情勢を知る術がない。つまるところ、情報弱者だからね。ただ、仮に、そうであるなら、」
言葉はあった。
「選ばなければならない」
そう、接ごうとした。だが、ネームドは、そうは言わなかった。
「何れにしても、まずは調べることにしよう」
「で、どこに行く?」
「此処だ」
ベルの求めに改めて答えるように、ネームドは文書に挟まれていた地図の一点を指し示した。ターミナルから、約十五キロメートル西にその場所はあった。
「麻薬工場か」
ベルはため息をつくように呟く。
「一〇時間後、二十一時から、行動を開始する。以上だ」
ネームドが告げ、ブリーフィングは終わった。ノーマッドとスリープは、ターミナル内に設置されたスリープベッドと称される蓋のない棺桶に機体を寝かせ、ログアウトした。
オペレーターだけではなく、ストラティクスにも休息が求められる。稼働電力の充填は現実的に不可欠なことだが、それだけではない。データの収集こそが、この任務において、最も優先される事項に他ならない。人が眠りの中で記憶を整理するように、ストラティクスは、スリープベッドの上で経験を最適化していく。機体毎に個体差はあるが、作戦開始前と比較して、ストラティクスの同調精度、反応速度は飛躍的に向上していることに例外はない。
戦うことによって、殺すことによって、成長する機械。ネームドは、ふと、掌に視線をやる。そこには、あるはずの人の掌はなく、彼方にある機械の掌があった。指先を動かせば、違和感なく動く。かつてあった、微かなぎこちなささえも、そこにはない。だが、そこまでの精度が戦闘で必要とされることはない。この指はナイフを握り、トリガを引く、それだけのためのものだ。
「どうするつもりだ?」
ベルの声が、ネームドを忘我から帰す。
「どうもしないさ。どうするつもりもない。考えるまでもない。アヴァロンは戦うことを求められている。そのために此処にいる」
選ぶまでもなかった。
「あの女には、どう話をする?」
「ありのままに話すさ。戦闘を行うために行動範囲を広げると」




