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Links / Revolutionized Warfare  作者: やたか
第六章「Battlefield」
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 空気を震わせるけたたましい足音が近づいてくる。


「ガンシップ、何処から」


 攻撃ヘリコプターの姿をスコープに捉えるとジェーンは呟いた。その声は、どこか嬉しそうでさえあった。


「やれるか?」

「時速二五〇キロメートルで飛行する九トンの鉄の塊を一〇〇〇メートル遠方から、二五ミリの弾丸で撃ち墜とせなんて、面白いことを言うわね」


 声は、嗤っていた。怪しく歪む美しい相貌を想像させる。そんな声だった。


「できるわ」


 高速で移動する標的に対しての狙撃は、プログラムによる自動制御だけでは成し得ない。だが、ジェーンは躊躇いなく、疑うことなく、応えた。


「でも、いつでも、中てられるわけじゃない。タイミングは計る必要がある」

「戦域に到達する前には墜とせないか」

「一度は切り返してくれないと急所が狙えない」

「解った」


 ネームドは頷くと前線の三機に音声を繋ぐ。


「敵の"ハインド"が一八〇秒後に戦場に到達する。推定武装は、"12.7mmガトリング重機関銃"、"32連装ロケットランチャーポッド"、"対戦車ミサイル"。スリープは、身を隠せ。ベル、ノーマッドは上空を警戒しつつ、攻撃を継続」


「ハインド? ボスの登場ってわけですか」


 スリープが戯けるが、声は笑っていない。攻撃ヘリコプターは、侮ることができる相手ではなかった。対地制圧、対戦車戦を想定した圧倒的火力の前では、機動装甲歩兵も人も、等しく無力だ。正面から対峙することは、自殺と同義でしかない。


「俺がやろうか?」


 ベルが問う。戯けてはいない。声は笑っていなかった。


「必要ない。ムーンキャットが狙撃する」

「了解した」


 ベルは、つまらなそうに応え、そして、沈黙した。どうするつもりだったかは、解らない。ただ、そのつもりだったことを声の色から察し、ネームドは、苦く笑うしかなかった。


 ハインドは、ネームドの視界を西から東へと過ぎ去り、それから、間もなく、戦闘領域へと接近した。


 熊蜂を連想させるずんぐりとした機影は、高度を上げながら減速し、そして、獲物を睥睨するように機首を下げた。攻撃がはじまる。


 ロケットランチャーポッドが軽やかなリズムを奏で、鋼鉄の雨が降り注ぐ。掃射された高爆発威力弾頭によって車列の後方が蹂躙される。道に横たわる兵員輸送車、そして、軽装甲車は、引き裂かれ、瞬く間に無惨な鉄塊に姿を変えた。


「思い切りの良い指揮官だ」


 生存者の存在を考慮しない躊躇いのない面制圧。ハインドに出されたであろう、的確かつ容赦のない指示は認めざるを得ない。


「先に殺しておく?」

「いや、後でいい。狙撃に集中しろ」

「了解」


 ジェーンは、スコープ越しにハインドを凝視する。機体に命中させるだけなら、難しくはない。標的の進行方向と射線軸は一致しているからだ。だが、命中させるだけではなく、墜とさなければならない。だから、ジェーンはまだトリガを引かない。致命的な損害を与えるために衝動を抑え、息を殺し、その時を待つ。ゆらゆらと揺れるテールローターの動きがいとわしい。


 ハインドは、眼下の戦場に沈黙をもたらし、それから、緩やかに加速をはじめた。だが、去るわけではない。機体を大きく傾け、力強く旋回する。車列の上空で大きな輪が描かれる。


 ジェーンは、瞳を放ち、ハインドの軌道に照準を同期させる。機体の側面が覗く。だが、まだ撃たない。ゆっくりと慣性が失われ、傾いていた機体の軸が立ち上がる。


 一つ、二つ。鼓動を数え、そして、狙撃手はトリガを引いた。身体が反動を感じることはない。ただ、視界が振れた。


 砲身から撃ち出されたのは、機動装甲歩兵の膂力を持ってしても、抑えきれない威力だった。


 ジェーンの機体が携える長大な獲物は、対物狙撃ライフル"XS-01 Barrett XM999 Payday"。大口径対物ライフル"Barrett XM109 Payload"から、人が扱う兵器としての遠慮を葬り去った機動装甲歩兵のための兵装である。重量、全長、携行性を引き換えにしたロングバレル化によって、対物狙撃の名を冠するに相応しい精度を獲得している。


 装填されていた弾薬は、強装薬仕様の装甲貫徹弾。高い装甲防御力を有する現代の主力戦車に対して効果が期待できるような、人智を超えた兵器ではない。だが、攻撃ヘリコプターが纏えるレベルの装甲が相手であれば話は違う。空を舞う蝶を裂くが如く、易しく貫くことに疑いはない。


 触れれば、そう、命中すれば、


「初弾操縦席上部に命中。損傷を与えたが、機体は死んでいない」

「上に逸れたわ」


 声に焦りはない。ジェーンは、初弾の軌道から、推定される誤差を修正し、


「機首が上向いた。高度が上がる」


 そして、ネームドの言葉にも対応し、トリガを引いた。次いで、放たれた弾は、導かれるように機体の中心へと走った。遮るものはない。重力に逆らい空の高くへと逃れようとしていた機体は、一瞬、揺らぎ、そして、視線を彷徨わせるように漂う。


「次弾操縦席中心に命中」


 軌道は完璧だった。遮るものもない。銃弾は、強化ガラスを破り、パイロットの胸を抉っていた。だが、殺しただけでは止まらない。シートを貫き、その後方にあった機械類を破砕すると、ようやく、その威力を失った。


 操縦席前面の風防は、怯れと惑いに歪む最期の表情を映していた。痛みを感じる間もなく、パイロットは絶命している。だから、その表情は初弾が銃創を穿ち、パイロットの頭上をかすめた時にもたらされたものに他ならない。


 操縦者の死。それは攻撃ヘリコプターという戦闘システムにとって、致命的な損傷に他ならない。間もなく、均衡は崩れ、重力に屈し、そして、ハインドは、踊るように自壊する。そのはずだった。


 だが、墜ちなかった。


「おかしい! 墜ちない! どうして?」


 ジェーンの声には、惑いに揺れていた。確かに、ありえない状況だった。パイロットを失ったヘリコプターが安定した姿勢を取り続けることなど考えられない。


 一方で、ネームドは冷静だった。それは、その答えを知っていたからに他ならない。視えていた。だから、ジェーンの表情を想像し、口元を歪めていた。


 とはいえ、このまま黙っているわけにもいかない。しばらく、愉しんでいたくはあったが、ジェーンがトリガを引いてからでは遅い。フレンドリーファイアなど、笑い話にもならない。


「撃つな。ベルが飛び移る姿が視えた」

「なんですって?」


 ネームドの言葉に、ジェーンは惑いを深くするしかなかった。信じられるわけがない。だが、それは事実でしかなかった。


 ストラティクスの脚力は人の比ではない。だが、一方で、機体の重量もまた人の比ではない。そのため、跳躍力はそれほど高くない。攻撃ヘリコプターが飛んでいた高度はおろか、樹の上まで跳ぶこともできない。


 だが、ベルは跳んだ。機体が特別なのではない。ベルが特別だった。


 ベルは、まず、樹と樹の間を蹴り上がり樹上へと至った。そして、樹上から樹上へと飛び移り、機体の質量を利用して樹をしならせ、それによって生じる反動に強靭な脚力を加え、攻撃ヘリコプターへと跳んだ。正に、滅茶苦茶だった。


 だが、それは事実でしかなかった。ネームドも、スリープも、ノーマッドも、既に、ストラティクスを自身の手足の如く、人の如く動かしていた。だが、ベルは、その上をいっていた。人の遥か高みにあった。


「ベルよりネームドへ、ベルは攻撃ヘリコプターを奪った。これより空から支援を行う」

「ありえないわ」


 ジェーンは、ため息をつくように、そう呟いた。


「墜ちるなよ」


 ネームドは苦く笑うように、応えた。


「努力する」


 ベルは告げ、操縦桿を引いた。ヘリコプターの操縦は訓練で経験している。やや、覚束なさはあった。

だが、それもすぐに失せた。


 ベルは、車列へと機首を向ける。兵員輸送車、軽装甲車、そして、武装した兵士。敵の戦力が一望できた。既に、混乱は収拾され、兵士たちは統制の取れた動きで、攻撃に備えている。そこに隙はない。先制され、多くの兵を失っているにも関わらず、部隊は部隊として機能していた。指揮官も、兵も、共に殺戮者として優秀だった。


 だが、彼らは生存できない。最悪の状況に立たされていることに気づいている者はいない。それは仕方のないことだ。攻撃ヘリコプターが飛行中に奪われるなどありえない。だから、そのようなことを想定するはずがない。


「敵を確認した。攻撃を開始する」


 ベルは、操縦席の無線装置に向かって残酷に告げた。


 機体下部に装備されたチェーンガンの砲身がなめらかに躍動し、そして、薬莢が撒かれ始めた。


 弱かったから、彼らは敗北したわけではない。彼らは強かった。ただ相対した敵は彼らより強かった。それ故に、彼らは敗北した。ただ、それだけだった。


 彼らは、彼らが殺してきた者たちのように、あっけなく、殺された。

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